スナイパートライアル・・・エアガンによる標的狙撃と交戦で競う初の大会
全国初のスナイパー競技。単なる標的射撃だけでなく地図とコンパスを駆使して山間を走り、他の参加者とも交戦する競技だ。
孤高の戦士、黒木美津子が渡辺未来と初のペアを組み大会に臨む。
第七話<スナイパートライアル>
〈スナイパートライアル前〉
スナイパートライアル大会まで、あと一カ月。
季節はゆっくりと移り変わり、空気の温度もわずかに変わり始めていた。
だが、美津子の中ではそれ以上に、確かな変化が起きていた。
日常と非日常の境界が、少しずつ曖昧になってきている。
仕事、家庭、そしてサバゲ。
どれも別の世界のはずなのに、どこかで繋がり始めている気がした。
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未来から聞いた話では、参加者は十九組ほど。
「思ったより少ないよね」
Ayuzoroyでコーヒーを片手に未来が言った。
「まあ、スナイパー競技だからね」
凛が笑う。
「普通のサバゲと違って、撃ち合いメインじゃないし」
「そうでもないわよ、意外と撃ち合いになるかも・・・それが勝敗を左右するかも・・・」
美津子はルールを読みながらつぶやいた。
「様子見も多いでしょうね」
第一回大会。
未知の競技。
興味はあっても踏み込めない者は多い。
だが――
逆に言えば。
集まるのは「濃い」連中だ。
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トレーニングは、それぞれの場所で続いていた。
美津子は朝のジョギングを日課にし、空いた時間でジムに通う。
未来も同じく、基礎体力の底上げに励んでいた。
だが年齢は誤魔化せない。
美津子四十七歳と未来五十二歳。
若い頃のような回復力はない。
走れば息が上がる。
筋肉痛は翌日ではなく、二日後に来る。
それでも二人は続けた。
やめる理由がなかったからだ。
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月に一度の合同トレーニング。
未来が美津子のエリアへ遠征して行われるアウトドアサバゲ。
そして――
ラペリング訓練の時は、美津子が龍崎の元へ向かう。
互いに距離を越えて行き来する。
それがいつの間にか、当たり前になっていた。
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ラペリング塔の前。
美津子は今日も立ち尽くしていた。
高さは変わらない、ロープも同じ。
手順も理解している。
だが――「……」
足が出ない。
山の斜面では問題ない。
むしろ、自然の中では冷静に動ける。
だが、垂直の壁、人工的な高さ、それは別物だった。
(落ちる)
そのイメージが消えない。
ロープを握る手に力が入る。(自分の手が信じられない、この手で止める?)
途中で滑ったら、制御できなかったら。
その思考が、足を縫い止める。
「また止まってる」
下から未来の声。
すでに軽やかに降下し終えている。
「大丈夫だって」
「わかってるわよ」
美津子は苦笑した。
理屈はわかっている。
だが、感情が追いつかない。
龍崎が横に立つ。
「怖いか、ゆっくりでいいぞ」
「ええ」
即答だった。
龍崎は頷いた。
「いいことだ」
「怖くないやつは死ぬ」
その言葉は軽くない。
美津子は目を閉じた。
息を吐く。
そして――一歩。
壁に足をつける、体重を預ける。
もう一歩、ゆっくりと降りる。
やがて――
小さく跳ねる。
着地。
「……はぁ」息が漏れる。
だが、その顔は以前より穏やかだった。
少しずつ確実に前に進んでいる。
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ロープブリッジは別だった。
高さ、空間、不安定な足場。
それでも――
「これ、楽しいわね」思わず口に出る。
未来が笑う。
「でしょ?」
だが問題は別にあった。
腕。
中盤に差しかかると、握力が削られる。
「っ……」
ロープが重い。
身体が揺れる。
最初はロープの上に腹ばいになり、腕の力を使って手前にロープをたぐり寄せながら進むセーラー渡過をするが、途中でバランスを崩し、ひっくり返る。
そうするとロープにぶら下がり、足と腕を使って手繰り寄せるように進むモンキー渡過になる。
腕に力を入れて進む。
「腕、やばいでしょ」
未来が後ろから声をかける。
「ええ……」
だが止まらない、止まれない。
渡りきるしかない。
渡り終えた時、美津子は大きく息を吐いた。
「これは……鍛えないとね」
龍崎が頷く。
「そうだ」
「体力勝負になる」
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未来は違った、ラペリングもブリッジも最初からスムーズだった。
動きに迷いがない。
「こういうの好きなんだよね」
笑いながら言う。
だが、その未来にも弱点はあった。
「はぁ……っ」トレーニング後。
膝に手をつく。
「きつい……」
体力、持久力。
そこに年齢が出る。
美津子が言う。
「お互い様ね」
二人は笑った。
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ペア。
それぞれに欠点がある。
だが――補い合える。
それが強みでもあった。
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スナイパートライアル。
そのルールは単純ではない。
コース選択、射撃精度、時間管理。
そして――戦闘。
「撃ち合いあり、ってのが厄介だね」
未来が地図を見ながら言う。
龍崎が補足する。
「ヒット一回で十五秒加算」
「二人で撃たれたら累積・・・ね」美津子が言う。
「そうだ」つまり。
撃たれれば撃たれるほど不利になる。
「スポッターの役割が重要になる」
未来が頷く。
「ターゲットだけじゃなく他のペアの位置も見る」
前、後ろ、横。すべてを意識する必要がある。
美津子が地図の一点を指す。
「ここ」
ラペリングポイント「危険ね」
龍崎が頷く。
「目立つからな、撃たれる可能性が高い」
だが、ショートカットは魅力的だ。
だが同時に――リスクでもある。
未来が笑う。
「行く?」
美津子も笑った。
「状況次第ね」
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二人の背中を、店の中から龍崎が見ていた。
窓越しに。
その目は静かだった。
読み終えた本を閉じるような視線。
評価でも否定でもない。
ただ、理解している目。
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似ているようで、違う。
同じように見えて、噛み合ってはいない。
だが――
それはまだ、問題にはなっていない。
今は。
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龍崎はコーヒーを一口飲んだ。
「……さて」
小さく呟く。
誰に聞かせるでもない声。
カップを置く。
その動作は変わらず穏やかだった。
だが、その奥にあるものは――
少しだけ深かった。
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二人はまだ気づいていない。
自分たちの“違い”が、どんな形で現れるのかを。
そして――
それがどれほど重要になるのかを知っているのは。
ただ静かに見ている一人だけだった。
夜、自宅に戻った美津子は一人で地図を見ていた。
ルート、高低差、ラペリングポイント。
そして――「撃ち合い」
ふと、あの噂を思い出す。
消えたゲーマー。
誰も深く追わない。
だが――
(本当にただの噂?)
思考が一瞬だけ止まる。
すぐに首を振る。
「考えすぎね」
だがその違和感は、完全には消えなかった。
〈スナイパートライアル〉
大会当日――。
長野県の山奥に設営された特設フィールドは、朝の冷気をまだ色濃く残していた。
木々の間を抜ける風は鋭く、乾いた土と落ち葉の匂いが混ざり合う。
黒木美津子と渡辺未来は、前日から近隣のホテルに宿を取り、この場所に備えていた。
コンディションは万全。
体調も、装備も、気持ちも整っている。
――あとは、結果だけだ。
受付を済ませたその時、背後から落ち着いた声が届いた。
「早いな」
振り返ると、龍崎が立っていた。
いつもと変わらぬ穏やかな表情。しかしその目は、すでにフィールド全体を見ているようだった。
美津子は軽く会釈する。
未来は小さく笑って応えた。
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ルールは簡潔だった。
三キロのコース。
六つの標的。
時間と得点で順位が決まる。
だが、その単純さの裏に、もう一つの要素が潜んでいる。
――対人戦。
他の参加者にヒットを取られるたび、15秒のペナルティ。
二人が撃たれれば累積加算されていく。
つまり、撃つだけでは勝てない。
“生き残る”ことが、同じだけ重要だった。
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受付でスタート順のクジが引かれる。
これは運だが、極めて重要な要素だった。
最初か、最後か。
どちらも他者と接触するリスクが低いとおもった。
美津子は小さく息を吸い、クジ箱に手を入れた。
――残っているのは、一番と十九番。
「……」
一瞬、指先が迷う。
引いた。
出た数字は――10。
未来が苦笑する。
「真ん中だね」
「一番微妙なところね」
美津子も小さく笑った。
だが内心では、すでに計算が始まっている。
――前後に敵がいる。
――挟まれる可能性。
――回避ルート。
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装備を整える。
美津子はカスタムされたL96スナイパーライフル。
本物であればイギリス軍で採用されているボルトアクション式の狙撃銃である。
サイドアームのハンドガンにはシグP226。
未来はステアAUG電動とハンドガンはいつものグロック17だ。
ステアAUGはオーストリア製のアサルトライフルである。
フルオート射撃が可能な構成。
役割は明確だった。
標的を撃つのは美津子。
守るのは未来。
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その時だった。
「どうもー!」
やたらと明るい声が割り込んできた。
葛城裕太。
「スタート11番、葛城です!」
軽い調子で笑いながら、銃を見せる。
「これ、ドラグノフなんですよ。電動でフルオートもいけるんです」
未来の視線が一瞬だけ鋭くなる。
(……うるさいだけじゃない)
警戒対象。
美津子は何も言わず、軽く頷くだけだった。
ドラグノフ狙撃銃、ソビエト連邦の狙撃銃だ。
電動でフルオートも可能とは厄介な存在になるかもしれない。
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ハーネスを装着する。
周囲がざわつく。
「ラペリングやるんですか?」
「ええ、一応」
美津子の答えは淡々としている。
未来はその横で小さく笑った。
だが、二人とも理解していた。
――これは賭けだ。
使えば速い。
だが、撃たれる。
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スタートは5分間隔。
10番目。
つまり、50分後。
長い待機かと思われた。
その間に、他のペアが次々と消えていく。
最初の標的はスタートしてすぐに見えるらしい。
何組かのペアはスタート直後の道から森へとそれて行くのが見える。
すぐに狙撃するペアもいるが、当たらないようだ。
狙いやすいが実は当たり難い。
距離感の錯覚と風の影響か。
それらが、弾を狂わせる。
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九番目のペアがスタートした直後――
近くで銃撃戦の音がした。
「……早い」未来が呟く。
「想定より接触が早い」
美津子は即座に判断した。
「ルート変更」
未来が頷く。
「三番目標的から行く?」
「ええ」
決断は早かった。
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スタート位置。
静寂。
心臓の鼓動だけが、やけに大きく聞こえる。
「いける?」未来が聞く。
「問題ないわ」短い答え。
だが、その声は落ち着いていた。
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「スタート!」
合図と同時に、二人は走り出した。
土を蹴る音。
息。
装備の揺れ。
全てが一体になる。
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三番目の標的付近で停止。
しゃがむ。
方位磁石を取り出し地図を読む。
未来が周囲を警戒する。
「東、40メートル」
「ここからでは見えないわね」
「詰めるしかない」
二人は低く移動する。
森の中を音を殺しながら。
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銃声が響く。
ヒットコール。
どこかで戦闘が起きている。
――近い。
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視界が開け標的の段ボールが見えた。
わずかに風で揺れている。
美津子が伏せてスコープを覗く。
未来が測距。
「28メートル、風はなし」
完璧な条件。
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息を吐く。
止める。
トリガーに指がかかる。
静寂。
――パシュ。
BB弾が走る。
だが、その瞬間。
風。
わずかに。
軌道がずれる。
――コッ。
60点。
「命中確認!」
無線の声。
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「後ろ!」
未来が小声で告げる。
足音。
そして――
「あー!いたいた!」
葛城の声。
美津子は舌打ちを飲み込む。
「移動」
「了解」
二人は即座にその場を離れた。
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まだ始まったばかりだというのに。
状況はすでに、想定よりも複雑だった。
ルートは交錯し、
他の参加者は散らばり、
安全な場所などどこにもない。
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美津子は走りながら思う。
(……これは)
未来も同じことを感じていた。
(想像より、ずっと戦場だ)
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スナイパートライアル。
それは、狙撃競技ではなかった。
――生き残りの競争だった。
ラペリングというサバゲでは必要ないトレーニングまで受け、初の大会に参加した美津子。
思った以上に戦闘に巻き込まれる緊張感。
かつて筆者が企画した競技だが、予定していたフィールドが閉業してしまいお蔵入りした。
美津子と未来はどう戦っていくのか、後半へ続く。
そしてどこにでも出没する葛城裕太は。




