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スナイパートライアルへ向けて

スナイパートライアルに出場することにした美津子。

孤高の戦士が初めてペアを組む。

その準備段階と初のラペリング訓練を描く話です。

第六話 <トレーニングと続く失踪>

龍崎猛と会ったあの日から、黒木美津子の生活のリズムは少し変わった。

スナイパートライアル。

それはただのイベントではない。

龍崎が企画し、サバゲ界の戦術家たちが注目している大会だ。

美津子は出場する決意を固めていた。

パートナーは、チームRagdollの渡辺未来。

彼女は個人として参加し、美津子とペアを組むことになった。

役割はスポッター――観測員兼サポート。

スナイパーとスポッターは、二人で一つの戦力だ。

距離、風、敵の動き、弾着の修正。

すべてを共有する。

未来の観察力と行動力は、確かに心強い。

そして美津子にはもう一つの準備があった。

愛銃――L96スナイパーライフルのチューンである。

エアガンとはいえ、スナイパーライフルは調整で性能が大きく変わる。

龍崎の紹介で、カスタムに詳しい友人へ依頼することになった。

バレル調整。

ホップパッキン。

トリガーのフィーリング。

ほんの僅かな違いが、狙撃精度を変える。

それがスナイパーというものだった。

そして美津子自身のトレーニングも始まった。

休日の朝。

まだ空気が冷たい時間帯に、美津子はランニングを始める。

森の小道を軽く走る。

足音と呼吸だけが響く。

四十代後半の体には決して楽ではない。

だが、スナイパーには体力が必要だ。

潜伏するだけではない。

走る。

移動する。

射撃する。

息が乱れた状態で、狙撃を成功させる。

それが本当の実戦に近い。

サバゲの日の装備も変えた。

これまで愛用していたギリスーツは使わない。

代わりに軽装備。

動きやすさを優先した装備だ。

走る。

止まる。

撃つ。

そしてまた走る。

その繰り返し。

ある日のフィールド。

美津子は息を整えながら膝をついた。

鼓動が早い。

胸が上下する。

この状態で撃つ。

それがトレーニングだった。

スコープを覗く。

ターゲットは約三十メートル。

トリガーをゆっくり引く。

パシュ。

0.28gのBB弾がまっすぐ飛ぶ。

ヒット。

二十メートルから三十メートル。

この距離なら問題ない。

だが、問題はその先だった。

四十メートル。

五十メートル。

この距離になると、一発で当てる難易度が急に上がる。

原因はいくつもある。

風。

ホップ調整。

弾の個体差。

そして射手の腕。

エアガンには法規制がある。

初速は一ジュール以下。

そのため、どんな銃でも威力差はほとんどない。

つまり――

差が出るのは、射手の技術だけ。

ホップとは、BB弾に回転を与える機構だ。

回転により、弾は浮き上がるように飛ぶ。

これによって遠距離射撃が可能になる。

だが、調整が難しい。

強すぎると浮きすぎる。

弱いと落ちる。

そして風。

軽いBB弾は、風に弱い。

ほんの少しの風でも軌道が変わる。

だからこそ、スナイパーは距離を取る。

美津子は敵と四十から五十メートルの距離を取る戦術を繰り返した。

サバゲにおいて、五十メートルはかなり遠距離だ。

敵がヒットを取られても、撃たれた方向が分からないことも多い。

その結果――

ゾンビ。

ヒットしても申告しないプレイヤー。

そんなことも時々あった。

だが、それもスナイパーの宿命だ。

「どこから撃たれた?」

敵が周囲を見回す。

しかし、見つからない。

森の中に潜む影。

その噂はいつの間にか広がっていた。

ゴーストスナイパー。

黒木美津子。

本人の知らないところで、その名前だけが一人歩きしていた。

ある日のゲーム。

その出来事は起きた。

美津子は山の斜面に伏せていた。

向こう側には谷。

そして対岸の山。

距離は――

八十メートルはある。

普通のサバゲなら、戦闘距離ではない。

だが、スコープ越しに敵が見えた。

敵の銃はドラグノフ。

長いバレル。

スナイパーライフルだ。

敵も美津子を発見したらしい。

躊躇なく撃ってきた。

パシュッ。

BB弾が飛ぶ。

そして――

美津子の横の地面に着弾した。

土が小さく跳ねた。

美津子は思わず呟いた。

「えっ……」

(届くの?)

八十メートル。

普通は届かない距離だ。

だが今、確かに弾は飛んできた。

美津子は少し考えた。

ならば――

撃ってみる。

ライフルを構える。

スコープの十字線を敵に合わせる。

そして仰角を少し高くする。

遠距離では弾は落ちる。

だから上を狙う。

トリガーを引く。

パシュ。

BB弾が空へ弧を描く。

スコープ越しにそれが見えた。

弾は――

敵の背後へ落ちた。

「なるほど」

美津子は小さく笑った。

届く。

だが簡単ではない。

再び撃つ。

敵も撃つ。

弾が交差する。

谷を挟んだ山と山。

まるで映画のようなスナイパー戦だった。

当たらない。

だが、それが楽しい。

美津子の胸は少し高鳴っていた。

敵も同じだったのだろう。

撃ち合いは数分続いた。

しかし――

決着はつかなかった。

どちらの弾も決定打にはならない。

やがてゲーム終了のホーンが鳴った。

二人のスナイパーは、互いの姿を遠くから見た。

そして軽く手を振った。

言葉はない。

だが伝わる。

「いい戦いだった」

美津子は立ち上がった。

スナイパーの戦い。

それは静かで、そして熱かった。

だがその頃、サバゲ界ではもう一つの話が広がり始めていた。

個人参加のゲーマーが――

ある日、来なくなる。

家庭を持った。

飽きた。

仕事が忙しい。

そんな理由なら珍しくない。

サバゲは趣味の遊びだ。

だから誰も深く気にしない。

フィールドの主催者も同じだった。

だが――

最近、その数が少し増えているという噂があった。

そして、もう一つ。

一部の間でささやかれる話。

「傭兵として連れて行かれた」

冗談のような噂。

都市伝説。

誰も本気にはしない。

だが――

その話を聞いたとき。

美津子はなぜか、龍崎の静かな目を思い出していた。

まるで何かを知っているような、あの視線を。








<回想、新たな訓練>

スナイパートライアルでもう一つ訓練をしなければならない。

龍崎はカウンターの下から一枚のラミネートされた地図を取り出した。

「これが今回のスナイパートライアルのコースだ」

テーブルの中央に広げる。

未来と凛が身を乗り出した。

美津子も椅子を少し引き寄せる。

山の等高線と林道、そしていくつものポイントが赤い丸で記されていた。

スタート地点からゴールまで、蛇のように曲がりくねったルートが描かれている。

「三キロコース」

龍崎が言う。

「途中でターゲットポイントが六箇所」

「そこは狙撃ポイントだ」

未来が感心したように息を漏らす。

「結構ハードだね」

凛も指で地図をなぞる。

「しかも山だし」

その時だった。

美津子の視線が、ある場所で止まった。

等高線が急に詰まっている。

そこに小さく記号が描かれていた。

さらにもう一箇所。

谷を跨ぐように線が引かれている。

美津子は眉を上げた。

「……これは?」

指先でその場所を示す。

龍崎はコーヒーを一口飲み、軽く言った。

「あー」

「近道だ」

未来と凛が顔を見合わせる。

「近道?」

龍崎は地図を指で叩いた。

「ここは斜面」

「ロープで降下できる」

次に谷を示す。

「ここはロープブリッジ」

凛が目を丸くした。

「え?」

未来も驚いた。

「ちょっと待って」

「それって……」

美津子が言った。

「ラペリング?」

龍崎は頷いた。

「そう」

そして肩をすくめる。

「まあ、出来るサバゲーマーはそんなにいない」

「だから必須じゃない」

「ただ――」

少し笑う。

「やりたいゲーマー向けの特典だ」

凛が声を上げた。

「特典ってレベルじゃないでしょ!」

未来も笑う。

「これやる人かなり少なそう」

美津子は地図を見ながら腕を組んだ。

斜面の角度。

谷の幅。

ロープブリッジ。

頭の中でコースを想像する。

「私はラペリングなんてやったことないわ」

率直な感想だった。

未来が一瞬黙る。

そして――

ちらりと龍崎を見る。

目で訴えていた。

(師匠)

(言って)

龍崎はそれに気づいたのか、苦笑した。

「どうだ」

「トライしてみるなら」

「降下訓練教えるぞ」

凛が勢いよく顔を上げた。

「えー!?」

「師匠ラペリング出来るんですか?」

龍崎は黙ってカウンターの引き出しを開けた。

一枚の証書を取り出す。

それをテーブルに置く。

未来が手に取る。

「……え」

凛も覗き込む。

そこにははっきりと書かれていた。

降下訓練課程修了証

凛が思わず叫んだ。

「マジじゃん!」

未来が笑う。

「師匠ほんと何者なの」

龍崎は平然としていた。

「昔ちょっとな」

美津子はカードを見つめた。

戦術家。

インドアフィールドの創設者。

サバゲインストラクター。

そして――

降下訓練。

(この人)

(どこまで引き出しがあるの)

美津子は小さく息を吐いた。

すると未来が身を乗り出す。

目がきらきらしていた。

「面白そうじゃない」

「美津子さん」

「やろうよ!」

凛もすぐに乗った。

「絶対楽しい!」

「ロープ降下しながらスナイパーとかカッコよすぎる」

美津子は少し苦笑した。

四十七歳。

今さらロープ降下訓練。

だが――

胸の奥が、少しだけ高鳴る。

スナイパートライアル。

未知のコース。

そして新しい技術。

龍崎が静かに言った。

「スナイパーはな」

「撃つだけじゃない」

「生きて帰る技術も必要だ」

美津子はゆっくり頷いた。

「……わかった」

未来と凛が同時に顔を上げる。

美津子は笑った。

「やってみる」

未来がガッツポーズをする。

「よし!」

凛が机を叩く。

「決まり!」

龍崎は静かにコーヒーを飲んだ。

その目は、どこか楽しそうだった。

________________________________________

未来がふと首をかしげた。

「でもさ、師匠」

「どこで練習するんですか?」

Ayuzoroyは山小屋風の小さな喫茶店だ。

テーブルがいくつか並び、カウンターがあり、奥にはキッチンがあるだけ。

ラペリング訓練が出来るような場所には、とても見えない。

龍崎はあっさり言った。

「基礎ならここで出来るよ」

未来が瞬きをする。

「……ここで?」

凛も店内を見回す。

「ロープ降下って、ここ天井そんな高くないよ?」

だが一番驚いたのは美津子だった。

「ここで!?」

思わず声が出る。

龍崎は何も言わずカウンターから出てきた。

そして店の中央へ歩いていく。

真ん中に置かれている四人掛けのテーブルの前で立ち止まると、両手をかけて横へずらした。

木の床が現れる。

凛が眉をひそめる。

「え?」

龍崎は床の中央にある小さな金具を指で引いた。

ギイ、と鈍い音。

床板が持ち上がる。

大きめの蓋だった。

未来が立ち上がる。

「ちょっと待って」

「なにそれ」

蓋が完全に持ち上がると――

床の下に暗い空間が現れた。

ぽっかりと口を開けた穴。

龍崎がスイッチを押す。

パチン。

地下に灯りがついた。

その瞬間、美津子は思わず前に出た。

「……」

穴の縁に手をかけて、そっと覗き込む。

地下には――

想像していたよりずっと広い空間が広がっていた。

コンクリートの床。

壁には合板のバリケード。

ロープ。

梯子。

簡易的な高低差のある足場。

そしてネット。

まるで――

小型のインドアサバゲフィールドだった。

「……」

美津子はしばらく言葉を失った。

やがて呟く。

「こんな仕掛けが……」

龍崎は肩をすくめた。

「秘密基地だ」

美津子が大きく目を見開く。

「ちょっと待って」

「地下フィールド付き喫茶店なんて!」

「地下があるのは知ってた」

美津子が振り返る。

未来が続ける。

「私たちのサバゲ基礎訓練」

「ここでやってたの」

美津子が驚く。

「え、マジ?」

未来は頷いた。

「射撃姿勢」

「クリアリング」

「連携」

「全部ここ」

そして少し首を傾げる。

「でも」

「降下訓練の仕掛けまであるとは知らなかったわ」

龍崎は笑った。

「いつか役に立つかと思ってな」

地下を指さす。

「基礎はここ」

「ロープの扱い」

「体重の預け方」

「降下姿勢」

「全部ここで覚えられる」

美津子はもう一度地下を見た。

確かに、訓練なら十分できそうだ。

だが本番は違う。

それを見透かしたように龍崎が続ける。

「基礎が出来たら」

「近くに応用のフィールドがある」

未来が興味を示す。

「外?」

「そう」

龍崎は頷く。

「斜面」

「岩場」

「実地で仕上げればいい」

凛が楽しそうに笑う。

「なんか本格的になってきた」

凛はスマートフォンを取り出した。

「僕が動画撮影する」

美津子が顔を上げる。

「動画?」

「そう」

凛が当然のように言った。

「フォーム確認」

「降下姿勢」

「ロープ操作」

「自分で見ると分かる」

未来が頷く。

「それいいね」

「スポーツと同じだ」

龍崎はさらに付け加えた。

「様になってるかチェック出来る」

凛が笑う。

「スナイパー映画みたいになるかも」

美津子は小さく息を吐いた。

喫茶店。

地下訓練場。

ロープ降下。

動画解析。

まるで本格的な訓練チームだ。

だが、不思議と嫌ではなかった。

むしろ――

少しワクワクしている自分に気づいた。

龍崎が静かに言った。

「これで段取りは出来た」

三人の顔を見る。

「後は」

一拍置く。

「美津子と未来の体力作りだ」

未来が笑った。

「そこが一番きついね」

凛が肩をすくめる。

「私はサポートかな」

美津子は地下の訓練場をもう一度見た。

スナイパートライアル。

それはただの大会ではない。

新しい挑戦だ。


都市伝説的なゲーマーの失踪のウワサの真相はどうなのか?

そしてスナイパートライアルが近づくが未来と美津子の訓練の行方は?

筆者がかつて企画したが実行出来ずに終わったスナイパートライアルはどんな物語になるのか?

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