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第2話 薬局での偶然


同窓会から、2週間が経った

あの夜の余韻は日常の中に薄れていったはずなのに、小夜はふとした瞬間に春樹の笑顔を思い出す。スマホのグループトークの連絡先に並ぶ〈小山春樹〉の文字は、まだ触れられていないまま残っていた。


昼過ぎの薬局。いつものように処方箋を受け取り、会計用のレジに入力していた小夜は、ふと聞き覚えのある声に顔を上げた。


「……すみません、風邪薬の処方なんですけど」


視線の先で、スーツ姿の男性がマスクをずらした。

――小山くん。

その名が、息よりも早く胸に浮かんだ。


「松原?」

驚いたように目を見開く彼に、小夜も自然と笑みがこぼれる。

「やっぱり……小山くん」


受付カウンター越しに交わした一瞬の沈黙。周囲には他の患者がいるのに、小夜には彼の声しか耳に届かない。


「同窓会ぶりだな。まさか、ここで会うとは」

「ほんとに。……体調、大丈夫?」

「ちょっと喉が痛くて。病院で薬もらったから、こっちに寄ってみたんだ」


小夜は処方箋を確認し、パソコンに打ち込んで会計を進める。自分は受付をしながら、胸の鼓動が速まるのを必死に隠していた。


会計を終え、薬袋を受け取った春樹は、少し言いにくそうに口を開いた。

「この前は、あんまり話せなかったからさ。……もしよかったら、今度ご飯行かない?」


小夜の心臓が一度、大きく跳ねた。

「うん……いいよ」


「同窓会のグループトークから友達追加するね」


春樹は軽く会釈をして、マスクをつけ直し、薬局を後にした。自動ドアが閉まった瞬間、小夜は胸の奥に小さな熱を抱えていることに気づく。


しばらくして、スマホが短く震えた。

《今日はありがとな。また連絡する》


その一文を見て、小夜の頬は自然と緩んだ。

――偶然じゃないのかもしれない。そんな予感が、静かに心を満たしていった。



その日以来、小夜のスマホには時折、春樹からのメッセージが届くようになった。

《仕事終わり?》

《今週、出張で大阪なんだ》

《薬局って、土曜もやってるの?》


やり取りは短く、他愛のないものだった。それでも小夜は、通知が鳴るたびに心が弾むのを抑えられない。文字を打つ指先が、少しだけ震える。


(小山くん……昔から、あんな感じだったかな)


高校時代、同じクラスの男子たちと比べると彼は落ち着いていて、大人びて見えた。けれど当時は、視線を交わすだけで精一杯。あれから十二年も経ち、今こうしてやり取りをしているなんて――。


ふと画面を閉じようとしたとき、もう一つの通知が表示された。

 差出人は、〈斎藤栄太〉。


《松原、元気? この前の同窓会、楽しかったな》

《今度ほんとにご飯行こうよ》


文面から伝わる軽快さに、小夜は思わず苦笑した。栄太は昔から明るくて、周囲を盛り上げるタイプだった。同窓会でも、自然な流れで連絡先を交換した。


――でも。

その瞬間、薬局で交わした春樹の視線を思い出す。あのとき、彼が遠くから見ていたのを、小夜は確かに感じていた。


(どう返したらいいんだろう……)


迷いながらも、小夜は春樹に《今日はありがとう。体調、早くよくなるといいね》とだけ送信した。

すぐに返ってきた短い返信。

《気遣いありがとう。松原は変わらないな》


画面の光が、心をじんわりと照らす。

その一方で、未読のまま残された栄太のメッセージが、胸の奥で静かに重みを増していくのだった。



週末の夜。仕事を終えて帰宅した小夜が部屋着に着替え、湯を沸かしていると、スマホが震えた。

画面には「斎藤栄太」の名前。


――電話。


(どうしよう……出たほうがいいよね)


受話器を耳に当てると、元気いっぱいの声が響いてきた。

「おー、松原! 今大丈夫? ちょっと話そうかなと思って」

「うん、大丈夫だけど……どうしたの?」

「いや、この前言ってたご飯。来週あたりどう? ジムの近くに美味しい焼き鳥屋があってさ」


断る理由はない。けれど、返事をためらっている自分に気づく。

「……ちょっと予定見てみるね」

「おっけー! じゃあまた連絡する」


軽快な調子で電話は切れた。元気すぎるその声が耳に残り、少しだけ胸がざわつく。


湯が沸く音に気づき、火を止めた瞬間、再び通知音が鳴った。

今度は「小山春樹」から。


《松原、来週の金曜って空いてる? 飲みに行かない?》


短い一文。それだけで、鼓動が跳ねた。

同じ「誘い」なのに、春樹の文面は余計な飾りがなく、素直に胸へ届く。


(……どうしよう)


頭の中でカレンダーを思い浮かべる。もし両方の予定を受けたら――どうなる?

春樹は昔から気になる存在。でも、栄太の明るさも嫌いじゃない。


結局、小夜は春樹に《空いてるよ。久しぶりに飲もう》とだけ返信した。


画面を閉じると、安堵と同時に妙な罪悪感が胸をかすめる。

来週、二つの誘いの間で揺れる自分がいることを、彼女はまだはっきりと自覚していなかった。


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