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第17話 幸せな朝


障子の隙間から、柔らかな朝日が差し込んでいた。

小鳥の声と、かすかな川のせせらぎが遠くに聞こえる。


小夜はふと目を覚まし、隣にいる春樹を見つめた。

寝息を立てる横顔は穏やかで、昨夜のことを思い出すたびに胸が熱くなる。

自分の左手には、指輪が光っていた。


そっと指先で触れる。――夢じゃない。


胸の奥がじんわりと温かくなり、小夜は思わず笑みをこぼした。

「……私、ほんとに春樹のお嫁さんになるんだ」

小さく呟いた声に、春樹のまぶたがゆっくり開く。


「ん……おはよう、小夜」

掠れた声が、甘く耳に落ちた。

「おはよう……」

互いに微笑み合うだけで、心が満たされていく。


春樹は小夜の左手を取り、指輪に口づけを落とした。

「こうして見ると……やっぱり似合ってる。すごく綺麗だ」

「やだ、朝からそんなこと言わないで……」

頬を赤らめる小夜に、春樹は愛しげに視線を注ぐ。


布団の中で身体を寄せ合い、まだ眠たげな朝を惜しむように抱きしめ合う。

「この先も、毎朝こうやって目覚めたいな」

「……私も」

小夜は自然と、春樹の胸に顔を埋めていた。


その後、二人で温泉に入り直し、旅館の朝食を楽しむ。

焼き魚や炊き立てのご飯、温泉卵。いつもなら何気ない料理なのに、今日はすべてが格別に感じられる。


「なんだか……全部美味しい」

「だろ?きっと、隣に俺がいるからだよ」

「……春樹って、たまに恥ずかしいこと言うよね」

笑い合いながら、箸を進める二人。


窓の外には青々とした山々。

旅行の一日目を終え、二日目が始まったばかりなのに――

二人の心には、もう永遠の約束が刻まれていた。


温泉旅行から帰って、二週間が過ぎていた。

プロポーズの夜を思い出すたびに、小夜の胸は熱くなる。

左手の薬指で輝く指輪が、確かな未来を約束しているようで――日々の仕事に追われながらも、幸福に満ちた時間を過ごしていた。


だが、その未来を形にするためには避けて通れないものがあった。

両親への挨拶。


日曜日の朝。

小夜は電車に揺られながら、隣に座る春樹の手をぎゅっと握っていた。


「……ねえ、やっぱり緊張する」

「大丈夫。俺がちゃんと話すから」

「お父さん、結構厳しい人だから……」

小夜の言葉に、春樹は落ち着いた笑みを浮かべた。

「だからこそ、きちんと挨拶すれば通じるよ。俺は小夜を幸せにするつもりで来てるんだから」


その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。

それでも心臓は早鐘のように鳴っていた。


玄関の扉が開き、母親が顔を出した。

「あら、いらっしゃい! 春樹くん、よく来てくれたわね」

「本日はお時間いただき、ありがとうございます」

春樹は丁寧に頭を下げた。


リビングには父親が待っていた。

背筋を伸ばして座るその姿は昔から変わらず、小夜は無意識に背筋を伸ばしてしまう。


「まあ、座りなさい」

低い声に促され、二人は正座する。


お茶が出され、一息ついたところで――春樹はまっすぐに前を見た。

「松原さん。今日は、大事なお話をさせていただきたく参りました」

声は落ち着いていて、緊張を押し殺しているのが伝わる。


「私は小夜さんと結婚を前提にお付き合いしています。これからの人生を、彼女と共に歩みたいと思っています。どうか、お許しをいただけないでしょうか」


言葉を聞き、父親の眼差しが鋭く小夜へと移った。

「……小夜、お前の気持ちはどうなんだ?」

「……私も、春樹さんと一緒にいたいです」

小夜は真剣に答えた。声が震えてしまったが、目は逸らさなかった。


しばしの沈黙の後、父親は深く息を吐いた。

「……そうか。なら、春樹くん。小夜を頼む」

その一言に、小夜の胸がじんと熱くなる。


「はい。必ず幸せにします」

春樹は力強く頷いた。


母親はすでに目元を拭っていて、にこにこと二人を見守っていた。

「よかった……小夜にやっと素敵な人ができて……」


帰り際、玄関先で父親は小さく付け加えた。

「……不器用な娘だが、よろしく頼む」

春樹は深く頭を下げた。

「はい。必ず」


その背中を見つめながら、小夜の目は熱く潤んでいた。


数日後。今度は春樹の実家を訪れた。

落ち着いた住宅街にある、庭付きの大きな家。

玄関をくぐると、母親が笑顔で迎えてくれた。


「まあまあ、小夜ちゃんね! 春樹から話は聞いていたの。ようこそ、いらっしゃい」

母親は早速小夜の手を取り、その温かさに小夜の緊張が少し和らぐ。


リビングに通されると、父親が穏やかな表情で待っていた。

春樹が姿勢を正す。

「父さん、母さん。今日は小夜さんを連れてきました。二人でこれからのことを考えています」


小夜も深く頭を下げた。

「まだ未熟ですが……春樹さんを支えていけるように頑張ります。どうぞよろしくお願いします」


父親はゆっくりと頷いた。

「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。春樹を支えてくれることが、何よりありがたい」


母親は目を細めて笑いながら、二人の手をそっと重ねた。

「本当にお似合いの二人ね。いい夫婦になれるわ」


その言葉に、小夜は胸の奥がじんわりと温かくなり、自然と微笑んでいた。


夕暮れの街を並んで歩く。

駅へと続く道で、春樹が小夜の手を握った。


「……どうだった?」

「すごく緊張したけど……でも、両方の親が受け入れてくれて、ほっとした」

「俺も。これで少しは、未来に近づけた気がする」

「うん……もう、ほんとに結婚するんだって実感してきた」


二人は見つめ合い、自然と笑みを交わす。

絡めた指先に宿る温もりは、確かな絆そのものだった。


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