第15話 特別な朝
小夜の誕生日の朝。
窓から差し込む光はやわらかく、心なしかいつもより世界が明るく見えた。
キャリーケースの中には、昨日の夜まで悩んで選んだ洋服やスキンケア用品。
小夜は鏡の前で軽くメイクを整えながら、心臓の高鳴りを抑えきれずにいた。
(旅行なんて、いつぶりだろう……しかも、春樹と……)
頬が自然に熱を帯びる。
いつもより少し可愛く見せたくて、イヤリングを選ぶ手にも気合いが入った。
駅前で待ち合わせると、春樹は既に到着していた。
スーツ姿とは違う、カジュアルなシャツにジャケット。
それだけで印象が新鮮で、小夜は思わず見惚れてしまう。
「おはよう。……誕生日おめでとう、小夜」
笑顔で差し出された言葉に、胸が温かく満ちる。
「ありがとう」
小さな声で返しながら、彼の隣に並ぶ。
「荷物、貸して。俺が持つよ」
「いいよ、そんなに重くないし」
「誕生日くらい、甘やかさせて」
軽やかにキャリーを受け取る春樹の仕草に、小夜はくすっと笑った。
新幹線に乗り込むと、窓際に座った春樹がチケットを差し出してくる。
「ここから一時間ちょっと。あっという間だよ」
「春樹、全部計画してくれたんだね」
「まあな。……小夜の笑顔が見たかったから」
さらりとそんなことを言う彼に、小夜は顔を赤らめ、視線を逸らすしかなかった。
車窓から流れる景色はどんどん都会を離れていく。
並んで座る肩が時折触れるたびに、胸がどきりと高鳴った。
小夜は心の中で強く思う。
――この旅は、ただの旅行じゃない。
春樹との未来を確かめるような、大切な時間になる。
やがてアナウンスが流れ、列車は目的地の駅に近づいていった。
二人の特別な一泊旅行が、いよいよ始まろうとしていた。
新幹線を降りると、澄んだ空気が頬を撫でた。
都心とは違う爽やかな風景に、小夜は思わず深呼吸する。
「空気が美味しい……」
そう呟いた小夜に、春樹は満足そうに笑う。
「だろ? この時期は観光にもぴったりなんだ」
駅前で借りたレンタカーに乗り込み、二人は観光地へ向かった。
窓の外には山々の緑が広がり、道端には小さな花が揺れている。
助手席で景色を眺めながら、小夜は「非日常」に胸を躍らせていた。
最初に訪れたのは、歴史ある神社だった。
参道には屋台が並び、観光客の笑い声が響いている。
「せっかくだから、お参りしようか」
「うん」
二人並んで手を合わせ、それぞれ静かに願い事をした。
小夜は心の中で――「この時間がずっと続きますように」と。
境内を歩いていると、ふいに春樹が足を止めた。
「小夜、ちょっと待ってろ」
数分後、戻ってきた彼の手には小さな木彫りのお守りがあった。
「誕生日プレゼントは別に用意してるけど……これは、今日の記念に」
「え……」
驚きと嬉しさで言葉を失う。
お守りを受け取る手が小さく震えてしまった。
「ありがとう……すごく嬉しい」
顔を赤らめる小夜を見て、春樹もどこか照れくさそうに笑った。
その後は、街道沿いの小さなカフェで休憩した。
窓際の席で地元のスイーツを味わいながら、二人は自然に笑い合う。
「こういう旅行、久しぶりだろ?」
「うん。……春樹と一緒だから余計に楽しい」
素直な言葉に、春樹の表情が柔らかくなる。
テーブルの下で、そっと指先が触れ合った。
小夜が視線を下げると、春樹はいたずらっぽく微笑み、そのまま彼女の手を包み込む。
「……まだ昼なのに、ちょっと甘すぎるか?」
「……もう」
顔を真っ赤にして俯く小夜。
けれど、その手を離そうとはしなかった。
観光地を巡るうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
日が傾き始め、そろそろ宿へと向かう時間。
車に戻ると、小夜は窓の外を眺めながら思う。
(こんなに幸せでいいのかな……)
隣の春樹は、ハンドルを握りながら横目でちらりと彼女を見て、微笑んだ。
「今夜は、もっと特別にしてやるからな」
その言葉に、小夜の心臓は跳ね上がり、胸いっぱいに熱が広がっていった。




