第12話 週末の夜
週末の土曜日。
すっかり体調が回復した小夜は、少し緊張しながら待ち合わせの駅に向かっていた。
改札を出ると、春樹がスーツではなくラフなシャツ姿で立っているのが見える。
「小夜」
名前を呼ばれただけで、胸が温かくなる。
「待たせちゃった?」
「いや、俺も今来たとこ」
そう言って自然に手を差し伸べてくる。
人通りの多い駅前で、彼の大きな手に自分の手を重ねると、不思議と緊張が和らいだ。
二人はそのまま食事へ向かった。
落ち着いた雰囲気のイタリアンで、パスタやワインをゆっくり楽しむ。
会話の内容は何気ない仕事の話や、次に行きたい場所のこと。
だが、グラスを傾ける春樹の横顔を見ていると、小夜の胸はずっと高鳴りっぱなしだった。
「顔、少し赤いぞ。熱、ぶり返したんじゃないか?」
「ち、違う……お酒のせい」
「……そうか?」
春樹が微笑みながら覗き込む。その視線に心臓が跳ね、思わず目を逸らしてしまう。
食事を終えると、自然な流れで春樹のマンションへ向かうことになった。
夜の街を並んで歩きながら、小夜の心臓はどんどん速くなる。
玄関をくぐると、落ち着いた照明とシンプルな家具に囲まれた空間が広がっていた。
彼の生活がそこにあるというだけで、胸が熱くなる。
「ゆっくりしてて。飲み物取ってくる」
「ありがとう……」
ソファに腰を下ろすと、緊張と期待が入り混じって落ち着かない。
春樹がグラスに水を注いで戻ってきたとき、小夜の手は膝の上でぎゅっと握りしめられていた。
「まだ無理するなよ。体調、完全に治ったとはいえ……」
「もう大丈夫。だから……」
言葉を探すように春樹を見上げる。
視線がぶつかった瞬間、彼がそっと手を伸ばし、頬に触れた。
「……小夜」
名前を呼ばれるだけで、体が熱くなる。
次の瞬間、春樹の唇が重なった。
最初は優しく、確かめるように。
けれど小夜が瞳を閉じて受け入れると、深く甘い熱が流れ込んできた。
夜はゆっくりと更けていった。
彼の腕の中に抱き寄せられながら、小夜は心の奥から実感していた。
(……小山くんと一緒にいたい。ずっと、これからも)
その想いは、もう迷いのない決意となっていた。
唇が重なった瞬間から、小夜の中で何かが変わり始めていた。
今までの自分では抑えきれないような熱が胸の奥で燃え上がり、春樹の温もりを求めずにはいられない。
彼の唇はただ柔らかく触れるだけでは終わらなかった。
少しずつ深く、甘さを増していく。
小夜の背に回された手が、ためらいなく引き寄せてくる。
「……小山くん」
「春樹って呼んで」
「春樹……」
名前を呼ぶ声が震える。
けれどそれは拒絶ではなく、もっと欲しいと願う響きだった。
ソファに座っていたはずが、気づけば春樹の腕に抱き上げられ、寝室へと運ばれていた。
整えられたシンプルな部屋の中で、二人きり。
彼がそっと小夜をベッドに横たえると、胸が高鳴りすぎて声にならない吐息が漏れた。
「怖くないか?」
見下ろしてくる瞳は、真剣さと優しさで満ちている。
「……ううん。春樹だから……」
そう答えた瞬間、春樹の表情が少し揺れて、強く抱きしめられた。
彼の指先が髪を梳き、頬を撫で、やがて首筋や肩へと辿る。
触れられるたびに、小夜の体は熱に包まれていった。
どこに触れられても安心できて、同時に甘く切なくて、声が抑えられない。
「小夜……かわいい」
低く熱を帯びた声が耳元で囁かれる。
その言葉に、体の奥まで震えてしまう。
互いの距離が溶けてなくなっていく。
視線を合わせたまま、再び深い口づけを交わした。
時間がゆっくりと溶けていくようだった。
触れ合うたびに、お互いの気持ちが重なり、確かめ合っていく。
小夜は春樹の名前を何度も呼んだ。
彼はそのたびに優しく唇を重ね、抱き寄せてくれる。
夜は何度も甘く揺れ動いた。
これまで誰にも見せなかった自分の素顔も弱さも、すべて春樹に預けてしまう。
それが怖くなくて、むしろ嬉しくて、涙がにじむほどだった。
やがて落ち着いた静けさが訪れた。
春樹の胸に抱かれながら、まだ早い鼓動を耳で感じる。
「……大丈夫か?」
「うん……。すごく幸せ」
自分でも驚くほど素直な言葉が口から零れた。
春樹は微笑んで小夜の髪に口づけを落とす。
「俺もだ。……小夜を離さない」
その言葉に包まれて、小夜は目を閉じた。
体も心もすべて満たされて、安心に溶け込むように眠りへと落ちていった。




