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第11話 目覚めた朝


瞼の裏に、やわらかな光が差し込む。

小夜は重たい体をゆっくりと起こした。熱はまだ残っているものの、昨夜よりは少し楽になっていた。


ふと視線を横に向けると、ソファに腰掛けたまま眠る春樹の姿が目に入った。


(……ずっと、いてくれたんだ)


ぼんやりした頭で思い返す。

熱にうなされていた自分に、冷たいタオルを替えてくれたこと。

水を飲ませてくれたこと。

「大丈夫だ、俺がそばにいる」と囁いてくれたこと。


そのすべてが夢ではなく、目の前の春樹の姿が証明していた。



スマホの時計は朝六時を指していた。

小夜が身じろぎすると、その気配を感じ取ったのか、春樹がゆっくりと目を開けた。


「……起きたか」

「うん……ごめんね。ソファで寝かせちゃって」

「謝るな。俺が勝手に寝ただけだ」


春樹は目を擦り、伸びをした。

疲れているはずなのに、不思議とその表情は柔らかい。


「熱はどうだ?」

「だいぶ楽になったよ。……小山くんのおかげ」

「ならよかった」


安心したように微笑む顔に、胸がきゅっとなる。


「俺、一度帰ってシャワー浴びて、会社行かないと」

「うん、無理しないでね」

「小夜の方こそ。今日は休め」


そう言って春樹は立ち上がり、玄関へ向かう。

扉の前で振り返り、小さく手を振った。


「また連絡する。何かあったらすぐ言えよ」

「ありがとう。……本当に」


その背中を見送りながら、小夜の胸には温かいものが広がっていた。

一人で治そうとしていた自分を、あっさり見抜いて支えてくれた春樹。


(小山くんがいてくれるから、安心できるんだ……)


布団に戻りながら、頬が熱を帯びていることに気づいた。

それが熱のせいなのか、彼のせいなのかは、もうわからなかった。



午前十一時。

アラームをかけていなかったはずなのに、小夜は自然と目を覚ました。

熱はだいぶ下がっていたが、まだ体のだるさがある。


(……今日は休んでよかった)

今朝のうち、職場に休むと連絡をした。


体調が回復しても、心がまだ春樹との出来事で落ち着いていなかった。


台所でポットに湯を沸かし、紅茶を淹れる。

カップを両手で包みながら、窓の外を見つめると、夏の気配を含んだ明るい光がカーテンを透かしていた。


昨日、春樹が買ってきてくれたゼリーや飲み物がテーブルに並んでいる。

それを見るだけで、胸の奥がじんわり温まった。


仕事で忙しいはずなのに、自分のために駆けつけてくれた。

冷たいタオルを取り替えてくれた大きな手。

額に触れた指先の感触。

思い出すたびに、頬が熱くなってしまう。



ベランダに洗濯物を干してから、ソファに腰を下ろす。

体を休めながら、ついスマホを手に取る。


そこには春樹からのメッセージが届いていた。


「午前の会議が終わった。体調どうだ?」


短い文面なのに、心配が真っ直ぐ伝わってきて、小夜の唇が自然とほころぶ。

指を動かし、返信する。


「熱は下がってきたよ。ありがとう。ちゃんと休んでるから安心して」


送信したあと、しばらくして既読がつく。

すぐに返事が届いた。


「よかった。無理するなよ。帰りにまた電話する」

画面を見つめていると、胸の奥がくすぐったくて、自然に笑みが浮かんだ。



夜、布団に横になりながら、ふと思う。


(私……小山くんにこんなに頼って大丈夫なのかな)


不安と、甘い期待が胸の中で揺れ動く。

それでも最後に思い浮かんだのは、昨夜の「俺がそばにいるから」という言葉だった。


その温もりに包まれるようにして、ゆっくりと眠りに落ちていった。


午後九時過ぎ。

布団の中でうとうとしかけていたとき、枕元のスマホが震えた。

画面に表示された名前を見た瞬間、小夜の胸がふわりと温かくなる。


「……小山くん」


すぐに通話ボタンを押す。

耳に届いたのは、少し疲れているけれど穏やかな声だった。


「小夜? 起きてたか」

「うん。寝そうになってたけど……小山くんの声で目が覚めた」

「それは悪かったな」

「ふふ、嬉しいのに」


自然と笑みがこぼれる。

電話越しでも、春樹の存在がすぐそばにあるように感じられた。


「熱はもう下がった?」

「夕方には三十六度八分まで下がったよ。ほぼ大丈夫」

「よかった……。ほんと、心配したんだからな」


春樹の低い声が耳に落ちるたび、胸の奥が甘く疼く。

彼が本気で気にかけてくれていることが伝わってきて、心がじんわりとほどけていく。


「仕事、忙しかったでしょ?」

「ああ、会議と資料作りでバタバタだった。でも……気になって何度もスマホ見てた」

「……もう、子どもみたい」

「子どもでもなんでもいい。小夜のことは気になるんだよ」


不意打ちのように投げられた言葉に、顔が熱くなる。

熱はもう下がったはずなのに、頬がぽうっと赤くなっていくのを自覚した。


心地よい沈黙だった。お互いに言葉を探し合いながら、ただ相手の気配を感じている。


「……小夜」

「なに?」

「元気になったら、どこ行きたい?」

「えっ?」

「行きたい場所、食べたいもの……なんでもいい。俺が連れてく」


あまりに優しくて真っ直ぐな言葉に、胸が高鳴る。

思わず布団に顔をうずめながら、小さな声で答えた。


「……小山くんと一緒なら、どこでもいい」


電話口の向こうで、ふっと笑う声がした。


「……わかった。その言葉、信じるからな」


そのやり取りだけで、心の中に甘くて安心できる温もりが広がっていった。


通話を終えたあと、スマホを胸に抱えたまま小夜は目を閉じる。

耳の奥にはまだ春樹の声が残っていて、鼓動と重なり合っていた。


(……早く会いたいな)


そんな想いを抱きながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。


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