第2話 暴発少年ズーク3. 6歳
ふつう、風ってさ――
スースーって流れるもんじゃない?
春風とか、そよ風とか。髪をなびかせたり、洗濯物を揺らしたり、ね。
……でもね。
ズークの場合はちがったの。あれはもう、風っていうより――爆弾だった。
◇◇◇
その日、ズークは草むらとにらめっこしていた。
目の前の茂み。モシャモシャの雑草たち。そこに混じるは――蚊。ブヨ。謎の羽虫。
まさに、ズーク的「天敵オールスターズ」。
「よし……追い払おう。風で……!」
ふくれたほっぺに、決意をぎゅっと込める。
ズークは両手を前に出した。
意識するのは、“方向”と“圧力”。
空気を流すイメージ。ちょっとだけ。優しく。そっと。
が――
「……うっ、重っ……!」
身体の内側から、じわじわせり上がってくる魔力圧。
“ちょっとだけ”で済むはずがない。
ズークの体内魔力量は、既にこの年齢で\*\*「桁外れ級」\*\*。
なのに、本人の魔力量制御スキルは……当然、まだ初級級。
暴走フラグは、最初から立っていた。
「ちょ、まってまってまって……うわっ――」
ボフッ!!!
空気がズーンと震えた。
小さな地鳴り。
地面が一瞬、浮き上がるように揺れる。
小規模爆風。
圧縮された空気が一点から一気に解放され、風というより――完全に衝撃波だった。
草むらはごっそり薙ぎ倒され、虫どころか小石まで吹っ飛んだ。
……そして、その風圧の先には――リリアがいた。
パァン!!!!!
「ぎゃっっ!!」
リリアの金髪が、真上に向かってボワァッと逆立った。
まるで、爆発現場帰りのヤマアラシ。
天に向かって伸びきった金色の毛先が、風に揺れて……いや、むしろ完全固定だった。
ズークは膝をつき、小さくつぶやく。
「……うわぁぁ……やった……」
リリアは、じっとこちらを見ていた。
動かない。
ただ、髪だけが空に向かって全力疾走中。
やがて――肩をぷるぷる震わせながら、かすれた声で、
「……ひ、ひどい……」
「ごめんなさい!! 本当に!! 本当にごめんなさい!!」
ズークはその場でぺたりと正座。
何も言い訳できない。完全敗北。
そんなふたりの間に、遠くから妙にのんきな声が響いた。
「おお〜、派手だったな。……風車まわすほうが安全かもなぁ、ズーク」
父だった。
つづいて、台所から駆けつけた母が――
「はいはい、まず冷やしてね」と、ずぶぬれの布巾をズークの頭にぺたり。
「いやこれ僕が冷やすんじゃないよね!? リリアにでしょ!? 被害者はあっち!!」
「両方冷やしなさーい」
そのあと、ズークは素直にバケツの水をくみ、
リリアの後頭部に、そーっと冷水をかけた。
ひたひた……と水が髪を伝い、
ぺたんこになった金髪が、ぐったりと肩に垂れる。
それを見たリリアが、ぽつり。
「……明日には戻るかなぁ」
「たぶん……風属性の残留魔力、24時間以内には自然拡散すると思う……」
「なんか専門家っぽく言わないで……!」
◇◇◇
ちなみにこのときの魔力暴発、分類すると――風系魔法の典型的“方向制御失敗型・瞬間解放事故”。
内部圧縮が過剰なまま、出口だけ開いたせいで、
“そよ風”のつもりが――物理攻撃用の一点衝撃波になった。
……つまりズークは、風を流すつもりで、空気で殴ったのだ。
◇◇◇
うん、これも風属性初心者あるある。
「スースーさせたいだけなのに、ズドン」ってやつ。
ズークはこのあとしばらく――
風を見るたびに、ヤマアラシを思い出すようになります。