第2話 暴発少年ズーク2. 5歳
ねえ、野菜ってさ――空を飛ぶと思う?
タマネギとか、芋とか。
あれがふわーっと浮かんで、雲みたいに流れていくの。
……笑っちゃうでしょ?
でも、それは現実だったのよ。ズリング村の朝、あの子の手でね。
◇◇◇
それは、とある春の朝だった。
ズークは畑にいた。
父の手伝い――のつもりだったが、
実際には、土の塊を棒でつついたり、埋めた石を発掘したりと、たいへん自由な農作業を展開中だった。
少し離れたところでは、リリアが麦の束を数えている。
ズークより一年お姉さんで、しっかり者……でも、よく笑う子だった。
その日、ズークはひたすら、タマネギを眺めていた。
地面にずらっと並ぶ、朝露にぬれた丸い球体。
その丸みが、なぜか――気になってしかたなかった。
「とべるかなぁ……?」
声には出さなかった。けれど、意識は……確かに、向いていた。
魔力は、それを聞いていた。
ズークの体内に満ちる“あまりにも過剰な魔力”が、ふわっと動き出す。
方向は――上。
対象は――タマネギ。
おそらく発動したのは、重力緩和系の空間操作魔法。
詠唱なし。
無意識。
完全に感覚任せ。
そして――
ズズズ……ポンッ。
音もなく、最初のタマネギが地面からふわりと浮かび上がった。
それにつられるように、次のタマネギ。次の芋。
ぽん、ぽん、ぽん、と次々に宙へ跳ねる。
「ん? んんん?」
気づけば、畑全体の作物が持ち上がっていた。
春風が、ふわりと吹く。
その風に乗って、無数のタマネギと芋が――村の空を旅しはじめた。
野菜たちは、まるで浮遊船団。
黄金色のタマネギ、まだ泥つきのじゃが芋。
どちらも、気まぐれな風に押されて、ズリング村の空をふわふわと流れていく。
「な……え? ズーク!?」
リリアが叫んだ。
数秒間、ぽかんと口を開けたあと――急に腹を抱えて笑い出す。
「ぶはははっ! なにそれ!? 空飛ぶサラダ爆誕じゃん!!」
ズークは一歩、後ずさった。
でも、タマネギは止まってくれない。
「あ、あれぇ……? とまんない……」
彼のまわりでは、まだ新たなタマネギがぽんぽん浮かびあがってくる。
土の中にいた分まで飛び出し、どこからともなく羽音みたいな音を立てながら、宙を舞い続けた。
村のあちこちから、どよめきがあがる。
「……おい、空にタマネギが……」
「あっちに芋も混ざってるぞ!?」
「なんだこれ、鳥の群れじゃないのか!?」
その混乱の中、ひときわのんきな声が畑の奥から響いた。
「……こりゃ今日はスープ多めだなあ」
ズークの父だった。
顔に土をつけたまま、腕を組んで空を見上げている。
さらに、遠くの納屋から母の声も飛んでくる。
「うちは鳥じゃなくてよかったわね〜!」
――なにがどう「よかった」のか、ズークにはまったくわからない。
でも、みんな――笑っていた。
リリアは地面にしゃがみ込み、笑いすぎて涙をこぼしていた。
父は相変わらずのほほんとしていて、母は慌てるどころか、しっかり網を持って空中野菜の回収を始めている。
ズークは立ち尽くしたまま、小さくつぶやいた。
「……ごめんなさい」
その声は、風に乗ってリリアの耳にも届いたらしい。
「なにそれ、ぜんっぜんオッケーだってば! あたし、今の一生忘れないもん!」
そう言って、彼女はぴょんと跳ねるように立ち上がり――
ズークの頭に、ぽん、と手を置いた。
「次はニンジン飛ばそうぜっ!」
ズークは、はじめて――小さく笑った。
◇◇◇
ふふっ。
このときの魔力操作、けっこー複雑だったんだよ?
重力緩和、対象拡張、方向指定の空間ベクトル操作魔法。
ただし――出力制御はゼロ。
言ってみれば“思いついたまま、ダダ漏れ”。
……まあ、それがズーク5歳。
いちばん素直で、いちばん厄介だった頃ってことね。