第5話 新しい扉6. ナナ
【語り手:シオリ/冒頭メタ視点】
――人の集中力には限界がある。
普通はそう思うでしょ? でも、例外がいるんだよね。
たとえばナナちゃん。
ぽや~っとした顔して、突然、異次元モードに入る子。
集中のスイッチが入った瞬間、もう誰にも止められません。
あ、もちろん物理的には止められるけど、精神的には無理って話ね。
というわけで、今日の主役は――音と光の魔法スロープに夢中なナナちゃんです!
じゃ、どうぞ本編へ♪
* * * * *
「ぽとん」
スロープの頂点から転がされた小さな魔法球が、なめらかな曲線を描いて滑り落ちる。
その途中、球が通過する各ポイントで――
「ポロロン」「ティンッ」「カンカンカン♪」
軽やかに鳴る音階。
スロープに仕込まれた魔導音石が、球の通過と魔力の微細な接触を感知して反応している。
色とりどりのオーブが、まるで舞台を転げる音符みたいに踊る。
その前で、じっと見つめているのがナナだった。
上体をちょこんと前に倒し、指先には次の魔法球。
だけど、すぐには転がさない。
見ている。
見つめている。
まばたきも忘れているみたいに。
「…………ぽとん」
再び、静かに球をスロープへ。
すぐさま――
「ピンッ、カラン、コロン……♪」
「……むう、いまのは三連打失敗」
ぽそりと漏れたその声に、ズークは思わず耳を疑った。
ナナは、いつの間にかスロープに仕込まれた全ルートの音階を記憶している。
しかも、手元に並べた球の種類や重さの違いまで認識して、
「どこをどう転がせば狙ったメロディが鳴るか」を、感覚じゃなく計算しているらしい。
ぽけーっとした顔で。
(……うそだろ)
ズークが思わず顔を引きつらせる。
「集中力だけは異常に高い」とは聞いていたが、これはもう執念の領域だった。
魔力を流して反応を引き出すタイプの玩具ではない。
魔導音石の反応は極めて繊細で、角度と位置、そして球の速度で音階が変わる。
普通は感覚で楽しむ“遊び道具”のはずなのに――
「……ぽとん」
「ティン、カン、ティン、ティンッ」
「……っしゃ、できた……いまの、ドレドドッ」
まさかの四音連打に成功。
ナナの瞳が、わずかにきらっと輝く。
それはきっと、勝利を噛みしめる音楽家の目だ。
いや、たぶん本人は音楽家のつもりじゃないんだけど。
「ナナちゃん、すごいわね」
ふわりと、背後から優しい声。
リリアだった。
手に布巾を持ったまま、さりげなく子どもたちを見回っていた彼女は、
ナナの変化に気づくと、そっとひざをついて目線を合わせた。
「えへ……楽しいの」
「どんなふうに?」
「この子たち、ぜんぶ音がちがうの。ころころするの、ちゃんと見てると、どこで鳴るかわかるよ」
「そっか。じゃあナナちゃんは、魔法球とお話してるんだね」
「うん……なんかね、転がる前から、『つぎ、ぼくティンって鳴るよ』って顔してるの」
どんな顔なのかは謎だったが、ナナの脳内ではきっと明確な基準があるのだろう。
スロープを“聴き取る”ように観察し、魔法球の性格(?)を把握している。
リリアはくすっと笑い、そっとナナの肩をなでた。
「ねえ、もうちょっとしたら、みんなの前で演奏してみる?」
「え……」
ナナがきょとんとする。
「そんな大げさなことじゃないわ。『この音が鳴るよ』ってだけでも、すごく素敵な発表になるから」
「……うん。じゃあ、ドレドドッ、もういっかいやる!」
スロープに向き直るナナの背中は、さっきよりもほんの少しだけ、しゃんと伸びていた。
あいかわらず顔はぽけーっとしているけど。
その様子を、ズークは壁際からそっと見ていた。
(あれは……たぶん、才能ってやつだな)
でも、それを簡単に“才能”で片づけるのは違う気がする。
どこまでも夢中になって、何度もやり直して、失敗しても眉ひとつ動かさずに続けるあの根気。
ぽけっとしてるけど、やってることは、もはや精密機械の調整レベル。
(……あれ、俺でも再現できるか微妙だぞ)
魔法学校は、まだ始まったばかり。
でも、こんなふうに――
ちょっとした光や音の中から、自分だけの何かを見つけていけるなら。
その“発見”こそが、この教室のいちばんの成果かもしれない。
「さあ……いっくよっ、ぽとん!」
「ポロロン、ティンティン、ピン♪」
「やったー! 七音連打ーっ!」
ナナが両手を挙げた。
スロープの上では、七色のオーブが音を響かせながら、踊るように転がっていく。
* * * * *
【語り手:シオリ/ラストメタ視点】
――ぽけーっと見えても、脳内では戦略会議フル稼働。
集中力は才能じゃない。“好き”って気持ちの延長にあるだけ。
……ま、でも、あのナナちゃんの「ゾーン入り」は真似できませんけどね。
さてさて、次回はどの子が登場かな?
お楽しみにー♪




