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男の恋文選手権

千夏はコンポの音量ボタンを調節しながら、オープニングテーマ曲に耳を傾けた。


「さー、今週も始まりました。『男の恋文選手権』の時間です。私、相川涼がお届けします。今日も、暑いですね。暑い時にこそ、男達の暑苦しい恋文、聞きたくありませんか。好きな人に直接愛を伝えられない、そんな全国のウブな男達による切なる愛の言霊、今日も聞きたいですよねえええ。そこのあなたとあなた。ほら、そこで知らん顔してる、あなたも」


相川涼の威勢のいい声を聞きながら、千夏は巨峰サワーの缶を傾ける。一方、沙耶香は焼酎をストレートで飲み始めている。

「まず一投目。ラジオネーム、バナナミルク大好きさん、二十歳。『Mさん、俺は君が好きです。俺の好きなバナナミルクよりも甘い笑顔に、メロメロです。メロメロメロンで、このままいくとメロンミルクになっちゃうかもしれません』 プハーッ。なんですかこれ。バナナミルクより甘い笑顔って存在するんですか。あと何? メロンミルクになっちゃうの? 知らねーし。意味不明だし。バナナミルク大好きさん、そのノリ、本当にハタチー? なんか俺と同世代の匂いすんぞ。でもまあ、いーよもう、メロンミルクになっちゃいな。番組オリジナルステッカー、プレゼント!」


「これ、ただメロンミルクって言いたいだけのやつ」

すっかりできあがり、笑いの沸点が下がった沙耶香のくすくす笑いに、千夏もつられて笑う。


「二投目。ラジオネーム、コンニャク男さん、三十七歳。『僕のミチコ ミチコは僕の ミチコは未来 ミチコは希望 愛だよ愛 分かるね愛 振り向いてくれ 微笑んでくれ アイラブミチコ 僕の全て 一緒の墓に 入りませんか』 うおーーーー。ゾッとする! 寒気が止まりません! スタジオの冷房、消しません? なんすかコレ。ストーカーのポエム? 一緒の墓に入れって、夏の怪談かよ。怖すぎ。ミチコさん逃げて。コンニャク男さん、逮捕だけはされんなよー。こちらもステッカー、プレゼント!」


「マジ怖」

「ホラーだね。ヤバいね」

沙耶香と千夏は怯えて笑いつつ、柿の種をつまみ合う。


「三投目。ラジオネーム、ヨッシーさん、十二歳。『突然こんな手紙出して、ごめんなさい。はっきり言います。クラスで一番好きです。二学期になったら付き合ってください』 うおーい、ツッコミどころ、満載だぞ! クラスで一番ってなんだ! 学年で一番は別の人なわけ? 学校で一番は? あと何なのそれ、二学期になったらってどういうこと? 今からじゃないのー。夏休みは遊んでくれないのー。 もちろんステッカー、プレゼント!」


「これ。ピュアでいいね」

神妙な顔をして沙耶香がほめる。

「いいけど、マイペースすぎない? この僕ちゃんと付き合った女子は遊ぼうって言っても、塾があるから、ソシャゲやるからとか言って十回中九回は断られそう」

「そもそもこんなのと付き合ってやるっていう女子、いんのかな」

沙耶香はゲラゲラ笑う。

「ね、このサラミ、焼いてもいい?」

「うん」

千夏はサラミを手に取って立ち上がり、そばのキッチンへ立つ。


恋文選手権を引き続き聞きながら、沙耶香は笑い転げている。千夏はその笑い声を背中越しに聞きながら、調理台にまな板を置き、サラミをスライスする。壁にかかっているフライパンを手に取り、ガスレンジに置き、点火する。スライスしたサラミを乗せ、チリチリと焼いていく。


コンポのスピーカーから、まだ相川涼が叫んだり笑ったりしているのが断片的に聞こえる。時々、フフフと笑ってしまう。今日も世の中のウブな男達が、胸に秘めた恋心を吐露しあっている。最高の最高、傑作だ。千夏は菜箸でサラミをひっくり返す。


ひっくり返しながら、千夏はふと冬馬を思い出す。冬馬の作ったカルボナーラは美味しかった。だけど最後まで、「愛してる」は言ってもらえなかった。大切な人に想いを伝えるのが苦手な冬馬も、この恋文選手権に応募して練習すればいいのだ。そうしたら少しは自分自身のこと、幸せにしてやれるのに。


千夏はバッグからパスケースを取り出し、小さな紙を取り出す。冬馬に描いてもらった似顔絵だ。それをフライパンの下の火元へ差し込む。紙は黒ずみ、しなやかに歪んで燃え尽きる。その燃えかすをフライ返しで回収し、ゴミ箱に捨てる。それらを見て、千夏は儚く笑う。


サラミを引き上げて皿に乗せ、それを持って、沙耶香の待つテーブルの上に置いた。沙耶香は表情が緩み、ずっとニヤニヤしっぱなしだ。

「今日、最後の投稿。ラジオネーム、アキさん、三十二歳」

相川涼が一層力をこめているのが、千夏にも伝わってくる。

「『ナツへ。フユが好きだと言ったナツ、やっぱりそうだよね。暑がりは、寒い季節が好きって、前から知ってた。中途半端に涼しいアキより、冷たいフユが好きなんだって』」


千夏はサラミを一枚手に取ったまま、はたと動きを止める。


「『君の笑顔は君がいつも持ってる付箋紙のひまわりみたい。周りを明るくしてくれる、可愛いナツ。綺麗になったナツ。俺はいつもその笑顔に救われてた。ありがとう。俺はフユみたいにイケメンじゃない。背も低いし冴えない男だ。それでも、フユとうまくいかなかったのなら、俺のところへおいで。待ってる。君が泣いているなら、いつもそばにいてあげたい。手を握って、抱きしめてあげたい。大丈夫だよ、そのままでいいよって、一晩中でも、声の限り、伝えたい。なんでも君が望むもの、俺が与えられるもの、全部あげる。君が咲くことを忘れたら、俺が思い出させてあげる。君が枯れそうなら、たっぷり水を注いであげる。笑えなくなったら、俺が笑わせてあげる。痛みは全部、溶かしてあげる』」


「あふぅん。これはアツいね」

沙耶香が頬杖をつき、うっとりした顔で言う。一方、千夏は心臓が止まりそうだ。


「『そうだ、覚えてるか。あのときの約束を果たしたい。お好み焼き、いつでも焼いてあげる。ダイエット用のご飯も毎日、俺がつくってあげる。リバウンドして太っても、ナツは可愛い。ナツがナツだから、自信満々なところ、自信がないところ、笑ってる顔、怒ってる顔、泣いてる顔、一滴残らず全部好きだ。だから、お願い。俺を受け入れて。どこにも行かないで。君以外に考えられない。君に触れたい。抱きしめたい。もう何も見えない。愛してる。追伸、ハルとは何もないよ。アキより』」


ハル。ナツ。アキ。フユ。それぞれが誰のことなのか、わかりすぎるほどわかる。千夏は呼吸が荒くなっていく。

「でもなんなの、この人達。春夏秋冬で奪い合いしてんの」

沙耶香がため息まじりに言ってから、おかしそうに笑う。千夏は黙ってテーブルに肘をつき、顔を手で覆う。


「…うーわー。ねーえ、ちょっと、全国の女性の皆様。聞きましたか。アキさん、ナツさんが望むもの、なんでもくれちゃうんだって。な、何にも見えなくなっちゃったんだってさあ。うわ。なんかヤバいな。繊細な俺の心に刺さるう。ヤバい、ちょっと、ああちょっと、涙、出てきた。すいません、本番中ですけど。ティッシュないかな…あ、あります? すいません、ありがとうございます。ズビー」

スタジオで相川涼が盛大に鼻をかむ音に、沙耶香が激しく笑う。千夏は肩を震わせ、顔を覆ったままだ。


「って、どうするよオイ。いいな。こういうやつだよ。こういうの聞きたかったんだよな、みんな!」

「本当だよ。こういう純愛に溺れたい。私もピュアピュア星人と付き合いたーい」

沙耶香は相川涼と問いかけに完全同意する。


「ぐす…。おい、聞いてるか、ナツ! オメーだよオメー! オメーのこと、アイラブユーだとよ! どんだけいい女なんだよ! わかってんのか、え! フユとかもういい! 時代はアキだ!」

相川涼はまだまだ叫び足りないようだ。

「ねえ、千夏。どうしたの」

沙耶香が不思議そうに聞いてくる。千夏はまだ顔を上げられない。相川涼の声は感高くなってゆく。


「オメーが早く嫁に行かねーと俺が嫁いっちまうぞコラ! ぐううううう。ぐすぐす。びえええん。仕事とかもういい。誰かにぶん投げて会社、早退しろ! 早くアキんとこいけ! これはラブレターじゃない、プロポーズだ! アキ、今夜はお前の優勝ー! 番組優勝ステッカー、プレゼントすんぞコラアアアア!」


千夏はいきなりコンポの電源ボタンを押し、深呼吸する。

「何、どうしたの」

とろんとした目のまま、沙耶香は千夏のグシャグシャになった泣き顔を見て呆然とする。

「嫁に行かなきゃ」

「はい?」

「また今度ね」

あっけに取られた沙耶香を取り残し、千夏はアパートを飛び出し、スマートフォンで電話帳アプリを開く。一覧から、目当ての名前を探してタップすると、呼び出し音が鳴り響く。プッとその音が止まる。

「もしもし」

千夏は早足で歩きながら、電話に向かって叫んだ。

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