クリエイティブEXPO
二日後、予定していたクリエイティブEXPOがお台場の東京ビッグファイトで開催された。
印刷のドタバタ騒ぎがあったせいで、留守番予定だった千夏も急遽、南船橋へ向かい、印刷された前田設計の会社案内を抱え、そのまま会場へ飛んだ。ブース前にいた社長の亀石は千夏を見るや否や、両肩を掴んで頭を下げた。
「あまなつ。今回は本当、恩に着る。俺はそれを何としても配らせたかったんだ」
「どういたしまして」
千夏は亀石に頭を下げてから、辺りを見回す。正秋と目が合い、そばに近寄ってきた。
「おお。結構いいじゃん」
正秋は刷り上がって間もない前田設計の会社案内を一部、手にとり、感心して眺める。
「でしょう。ここ、料金も良心的だし、今後も使っていいと思う」
千夏も一部、手にとって見る。さまざまな建築物の写真、上品な書体のテキスト、幾何学的なモチーフをバランスよくレイアウトし、まるでポートフォリオのように美しいそのパンフレットを、千夏は惚れ惚れしながら見つめる。冬馬が過去最高と言い切ったのも頷ける。
「杉崎は天才だな」
正秋がボソリとつぶやくのを、千夏は黙って頷く。
「バレちゃいました?」
急に首を突っ込んできたのは冬馬だ。
「うるせー。お前も今日、これ持ってきっちり売り込めよ」
「もちろんですよ」
不敵に笑い合う二人を、千夏はハラハラしながら見上げる。
「あまなつ、印刷の料金はお前が交渉したんだろ」
今度は亀石が油断なく突っ込んで笑う。千夏はふと、冬馬に以前、給料上げろって言えばと言われたことを思い出す。
「もちろんです。だから社長、私にも特別ボーナス出してください。基本給ベースアップでもいいです」
千夏がわざとふてぶてしい態度で言うと、亀石は神妙な顔で頷く。
「なら、お前もちょっと現場、手伝え」
「え? で、でも私、会社に帰って、で、電話とらないと…」
千夏はどもって目が泳ぐ。
「電話番なんか総務部にやらせとけ。な、マサ。お前フォローしてやれ」
亀石は面倒臭そうに手を振り払う。
「はい、了解です」
帰ろうとする千夏を正秋ががっちり掴む。
「こいつは利用価値が高い。グワハハハ」
そういって、亀石は屋台が並ぶブースの方へと行ってしまう。
「そうそう。美人が立ってるブースの方が見栄えもいいし、集客効果ものぞめるから」
正秋が至近距離で営業スマイルを向けてくるので、千夏はタジタジとなった。
「でも。私、営業なんてできないよ。そういうのは春菜がいるからいいじゃん」
千夏は近くに立っている春菜を指さす。春菜はこちらを見て笑い、近づいてくる。
「んー。でも私は千夏さんみたいな色気はないから。何にもしなくていいから、そこに立っててくださいよ」
言われた通り、千夏は棒立ちして、ニコニコするだけのマネキン役を引き受けた。
開場時間になった。会場には多くの見学客が訪れ、ヒロイン・デザインのブースにも興味を持って近づく客の姿が多数あった。千夏が提案したデジタルサイネージはなかなかいい仕事をしてくれたようで、他のブースに見劣りする様子もなかった。
営業達はブース前を通り過ぎていこうとする客達にひっきりなしに声をかけ続けた。ヒロイン・デザインの会社案内や特製うちわを配り続け、宣伝活動に精を出していた。クライアントが来訪した場合には丁寧に挨拶をして、なるべくその場に踏みとどまらせた。何度となく名刺交換が行われ、興味を持ってくれた客には商談スペースへ案内した。ディレクターの長谷川や住谷は商談スペースで応対し、黒岩や冬馬もときどき同席した。
時間の経過とともに会場は混みだし、ヒロイン・デザインも商談に対応できる人員が足りなくなり出した。千夏はマネキン役に飽き、皆をサポートすべく、足りない印刷物を補充したり、飲み物やタオルを配ったり、雑用を一手に引き受けていた。そこを亀石に捕まり、ディレクターの真似ごとにチャレンジさせられた。まともな商談などできるはずないと抗議したのに、お前の顔で名刺だけでももらってこいとドヤされた。
千夏はドキドキしながら商談スペースに客を案内した。だが、意外にもヒロイン・デザインの料金的なこと、具体的な納期スケジュールなど、どの客も気にしていることは同じだった。なので、千夏は自分が想像する以上にそれらにスラスラと回答することができた。冬馬達デザイナーがつくった制作物の見本を見せ、その品質の良さや、付き合いのあるクライアントの知名度を力強くアピールすることもできた。それに納得し、興味を示す客は少なくなかった。多くの客に名刺を差し出され、名刺交換に慣れていない千夏は正秋の真似をして、緊張しながら自分の名刺を手渡した。
イベントは大盛況で、無事に終了した。亀石は社員を引き連れて会社の最寄り駅まで戻り、全社員を集めて盛大に飲み会を開いた。一番多くの商談をまとめたのはアートディレクターの長谷川だったが、そうなるよう商談スペースに多くの客を誘導したのは正秋だったし、一番多くの名刺を獲得したのも正秋だった。出展終了と同時に訪問客からメールがいくつも舞い込んだらしく、亀石はこの上なく上機嫌だった。
亀石に散々ビールを注がれ、正秋は今にも酔い潰れ、倒れそうだった。そこに冬馬が駆けつけ、肩を貸した。冬馬は勝手に正秋のネクタイを首から外し、額に巻きつけて面白がった。それを社員達は笑い、スマートフォンで写真を撮り合っていた。千夏も亀石にビールを注がれ、お前の待遇はまた後日なと耳打ちされたときは、思わずガッツポーズを決めてしまった。
「じゃあ私はこの辺で、お先です」
千夏が席を立ち上がると、一番先に反応したのは亀石だ。
「おう、あまなつ。どうした。男か」
「もー、社長。違いますよー」
千夏は余裕ぶって笑う。亀石の隣に座る正秋は、急に真顔になり、冬馬の方を見る。さらに、冬馬に何か耳打ちをしているが、冬馬はヘラヘラ笑い、耳打ちし返す。いっときは殴り合いしそうだった二人なのに、やけに仲が良さそうだ。千夏は一抹の不安を覚えるも、それには触れずにおく。
「千夏さあん、明日から有休ですよねえ。彼氏と旅行ですかあ」
今度は勤怠管理をする総務の理乃が、手を挙げて尋ねてくる。
「天野センパーイ。お土産よろしくうー」
冬馬はバカみたいに高い声を張り上げ、手を振てくる。
「俺のことももてあそんでえ」
「馬鹿野郎、生野。おい、どこいくんだよ、あまなつ。俺も連れてけよ」
亀石が生野の頭をペシッとはたくと、ヅラが飛んだ。皆は爆笑し、生野も開き直ったようにヅラを装着し直すと、皆に混ざって笑っている。
「社長ー。私、寂しい女なんで、ついに自分と結婚することにしたんです」
「なんだとー」
亀石は頓狂な声で返す。
「じゃ、寂しい新婚旅行、行ってきまーす。お疲れ様でーす」
千夏は自虐ネタをぶっ込み、明るく手を振る。皆はますます爆笑して、千夏に手を振り返した。




