三十三歳、まだ頑張る
膝上十五センチスカートは、翌日昼に千夏の自宅に届いた。
「やった」
千夏はそれを紙袋から取り出し、その白い生地をぐいっと引っ張ってみる。これをいつ、冬馬の前で履いてやろう。あのモデルは自分より背が高いし脚も細いが、女としての魅力でいったら自分に分があるのではないか。胸なら絶対に自分のほうがある。千夏はそんなことを考えつつ、全身鏡の前でトップスを取っ替え引っ替えし、「一人ファッションショー」を開催する。
ようやく気に入ったトップスが見つかった。くすんだラベンダーピンクの半袖ニットで、Vネックで適度にウエストにシェイプの効いたそれは、鎖骨も胸も綺麗に見せられる。さらにスカートの白さを上手く引き立て、千夏はいい感じだと調子に乗る。
気分が上がってきたところで、一時間かけてメイクし、ヘアセットをする。全身鏡の前に立ち、スマートフォンで全身撮影する。上手く自分の顔が隠れるように撮れたので、それをエクスタに投稿し、さらに自分のアイコン写真に設定する。するとすぐに冬馬が反応し、その写真を引用投稿した。
その文面には『美人の画像、発掘』とある。千夏がニヤけて見ていると、すぐに冬馬のフォロワーがリアクションする。美女の予感しかない、誰ですか、新しい彼女? など、コメント欄はなかなか盛り上がりをみせているようだ。千夏は調子に乗って「そうです」とコメントをつける。冬馬のフォロワー達は、さらに白熱してコメントを寄せてくる。冬馬自身は『今度みんなにも紹介するよ』とコメントし、千夏は嬉しくてさらにニヤける。
洗濯機のブザーが鳴り、千夏はスマートフォンをとじた。洗濯物を干して部屋を掃除機がけしていると、スマートフォンが鳴った。
「もしもし」
電話に向かって大きめの声で言い、千夏は掃除機をかけ続ける。
「おはよう。朝から可愛いの、ありがと」
冬馬の言葉に、千夏はくすくす笑う。
「おはよう。どういたしまして」
「今、何してんの」
「掃除」
「あんな写真見せられたから、会いたくなった」
冬馬の切なそうな声に、千夏は急いで支度し、アパートを飛び出した。
冬馬の家の最寄駅に着くと、千夏は駅前のスーパーに入った。そこは普段から千夏が利用しない「ちょっと高いスーパー」だった。それでも冬馬は気に入って利用しているようなので、千夏も利用することにした。そこで食材をいくつか買い込むと、冬馬のマンションを目指した。
「来たー。その服かわいー」
ドアを開けるや否や、冬馬は千夏を強く抱きしめる。千夏がくすくす笑っていると、冬馬はいきなり激しいディープキスをし、ニットの上から胸を揉んだ。
「気が早いよ」
唇を離して千夏が咎めるも、冬馬は興奮して聞く耳を持たない。下着をずり下ろされ、手を壁につくよう言われる。
結局、玄関で靴も脱がず、半分犯されるように、立ったままセックスしてしまった。千夏が果てると、冬馬も果てた。だが、時間にして十分ほどだった。
「これ、冷蔵庫入れて」
千夏はそれでもぐったりして、キッチンの床にしゃがみ込む。冬馬はレジ袋を受け取り冷蔵庫へ食材をしまう。
「何作ってくれんの」
「んー。麺料理」
千夏は脱がされた下着を再び身につける。
「へー。楽しみ」
冬馬は機嫌よく言うと、リビングへ歩いていく。そこでソファに座り、スマートフォンをいじり出す。千夏はそれを少し恨めしげに見てから、キッチンに立った。
それから三十分後、見るも無惨なあんかけかた焼きそばが完成した。
「何、どうしたの」
冬馬は面白そうに笑い、それを写真に撮る。
「こんなの撮んないで」
千夏は怒ってスマートフォンを取り上げる。
「いいじゃん。こういうのこそアートだよ」
冬馬はスマートフォンを奪い返し、焼き焦げた麺の表面にピントを合わせる。もう、最悪だ。失敗だ。自宅だと上手にできるのに、なぜ冬馬の家だとできない。ダマが出来ているあんかけを睨みながら、千夏は自問自答を繰り返す。
「IHヒーターってよくわかんないんだよ、火加減が」
千夏は言い訳しながらテーブルに箸置きを置き、その上に箸を置く。
「千夏んち、ガスだもんね」
「強火も、大して強火じゃないと思ってたらいつの間にか超強火になってるし」
「そう?」
「そうだよ」
「ほら。もうコメントついた」
冬馬は千夏にスマートフォンの画面を見せつける。勝手にエクスタに画像を投稿したらしい。
「えー。私が作ったって言わないでよ」
「言った」
冬馬は得意そうに笑い、画面を見せる。『彼女作』という文面のそれには、芸術的だとか中華の天才降臨とか、『wwwww』などのコメントが連なっている。
「こんなの消して」
千夏が真っ赤になって手でスマートフォンを奪い取ろうとしたとき、自分の皿に手が当たり、膝の上に皿がひっくり返った。中のかた焼きそばは、スカートの上で無惨に散った。
「あー。何やってんだよ」
冬馬は呆れた声で言い、箱ティッシュを突き出す。
「だって冬馬が悪いんでしょ」
千夏は言い返しながら、グチャグチャになった焼きそばを皿に戻す。汚れたスカートをティッシュで拭き取っていると、冬馬はすぐまたスマートフォンに目を移し、笑い出す。さらに、何も言わずに自分の焼きそばを千夏の前に突き出す。
「ほら」
「え。いいよ。冬馬が食べてよ」
「いいよ、俺は」
「じゃあ半分こしよう」
「いいよ。今度は成功したやつ、ちょうだい」
千夏は余計に腹立たしかったが、我慢して失敗作を食べた。
千夏の食事中も食後も、冬馬はまだスマートフォンを握っていた。
「ねえ、まだエクスタやってんの」
「あ。ねえ、褒められてるよ」
冬馬がスマートフォンを千夏に寄せてくる。
「何が」
「ほら、ここ。『箸置きをちゃんと使ってるところ、きちんとしてるね。彼女さん、何歳?』だって」
千夏はそのコメントをしてきたアイコンを見る。例の、一万「いいね」をもらったモデルの女だ。
「ハタチって答えてやって」
「マジか」
「マジだよ。ねえ、私そろそろ帰るよ」
千夏は髪を振り払い、バッグを手に取る。
「泊まってかないの」
「明日、会社だもん」
「帰んなよ」
冬馬は千夏の腕を掴むと、ずんずん歩いて寝室へ連れて行く。ベッドに押し倒され、千夏は少しため息をつく。また、十分で終わるセックスをするのだろうか。愛し合うと言うより、動物の交尾みたいだ。そう思いながら時計の針を見て、おとなしく抱かれる。だんだん、なぜするのか分からなくなってゆく。そこで千夏はわざと体をそらし、絶頂に達するフリをしてみる。ものの五分で、セックスは終了してしまった。




