三十三歳、頑張る
冬馬は千夏を車の助手席に乗せると、一般道から高速道路に乗り、西を目指した。
「どこへ行くの」
「海」
海へ行くなら水着を持ってきたのに。千夏は少しふてくされるも、気を取り直して冬馬の服装を見る。ゆったりした墨絵の柄シャツに白のテーパードパンツ、黒いスポーツタイプのサンダルを合わせ、ハンドルを握る姿は最高にカッコいい。
だけど、自分も結構いい感じだと、千夏は少し自惚れる。丸襟の白いTシャツはともかく、丈が膝上五センチほどのデニムスカートを履きこなすには相応の細い脚が必須だ。日頃、オシアスで鍛えている甲斐があるというものだ。歳下彼氏にババ臭いと思われるのだけは勘弁願いたい。千夏は、「意味のある背伸び」は重要だと結論づける。
およそ三時間かけて、車は西伊豆の海岸に到着した。冬馬はコインパーキングに車を停めると、ひと足先に車を降り、パタパタと海岸へ駆け出した。
「待ってよ」
千夏も慌てて車を降りて追いかけ、声をかけるも、冬馬は振り返らない。スマートフォンを海に向かってかざし、何度かシャッターを切る。
「よかった。今日は海の色、濁ってない」
冬馬が嬉しそうに微笑む。千夏はその横に立ち、小さく笑う。それから辺りを見回す。そこは小さな湾のようで、夏場なのにすぐそばの海水浴場はそれほど混雑していない。二人は手を繋ぎ、磯の近くを歩き出す。
「ここ、どこ。お気に入りのスポットなの」
「うん。まあ」
冬馬は曖昧に言い、手を離す。再びスマートフォンを手に取り、あちこち写真を撮り出す。
何、考えてるの。そう聞くかわりに、千夏は奇声を張り上げて駆け出す。冬馬がびっくりして振り返った。その顔を笑いながら追い越し、千夏は海へ飛び込んだ。
「おい、何やってんだよ」
笑って追いかけてきた冬馬に向かって、千夏は手を掴み、海のなかへ引きずり込む。冬馬はじたばたもがき、海面から顔を出す。千夏は間近でそれを見て、激しく笑う。冬馬は顔をぬぐい、肩で息しつつ、キッと睨みつける。それから千夏の肩を両手で掴み、海水の中へ押し込んだ。千夏はバタバタもがき、再び浮上する。
「冷たい。気持ちいいね」
「あー、もう。これ、海から出たらベットベトになるぞ」
「大丈夫。今日は双子座が一位だし、射手座も三位だから」
千夏が射手座の冬馬に向かって言うと、バカにしたように呆れ笑いが返ってくる。
「一位と三位だとベットベトにならないのかよ」
「いいじゃん。水も滴るいい男だよ」
千夏は冬馬のずぶ濡れの顔を見て、腕を回して抱き締める。
二人は近くの食堂で昼食をとった。漁師料理の店で、新鮮な魚介に舌鼓を打った。千夏は自分が頼んだ生イカ丼に感動し、冬馬にもひと口分け与えたがったが、冬馬は独り占めしていいよと言って笑った。
午後は海岸線を走行し、ときどき景勝地に寄った。その間も冬馬は小まめに写真を撮っていた。
「そんなに撮ってどうすんの」
「エクスタに載っける」
「へー」
千夏は白けた声を出す。「映え」を強く意識したSNS、エクスタグラムにそもそも興味がない。興味をもてない。冬馬は積極的に利用しているようで、そのアカウントのホーム画面をスマートフォンで見せてもらう。風景や料理の写真が多いが、ときおり本人の着ている服の一部なども載せている。顔出しはしていなくてもスタイルの良さ、服のセンスの良さは分かる。
冬馬はデザイナーをやっているだけあって、写真の撮り方は上手い。構図とか遠近感とか黄金比とか、よく分からない難しいそれらをしっかり押さえているんだろうなと、千夏は想像をめぐらせる。その点は感心するものの、沢山の女子らしきフォロワーからコメントがついている点にはムッとする。
「SNSでも人気者じゃん」
嫌味で言ったのに、冬馬はそれに気づく様子もない。
「そうでもないよ」
「だってこんなにコメントついてるよ」
「んー、みんな、暇なんじゃない」
冬馬は取り合わず、目の前にある吊り橋の写真を撮る。
「じゃあ私も撮ってよ」
千夏はそう言って、ふざけてポーズをとる。そうだ。それだったらいい。自分もくだらないヤキモチを妬かずに済む。冬馬は黙って二、三枚、千夏を撮る。それからまた、吊り橋の写真を撮り始める。
「ねえ、誰かに二人一緒の写真、撮ってもらおうよ」
千夏は辺りをキョロキョロしながら、撮ってくれそうな人を探す。
「えー?」
冬馬は興味なさそうだ。
「あ、すいませんー。写真撮ってもらってもいいですか」
千夏はそばにいた他のカップルに声をかけ、撮影を依頼した。カップルは快く引き受け、二人並んだ写真を撮ってくれた。千夏は今度は自分が撮影者に回り、そのカップルの写真を撮ってあげた。
夕方になり、夜になった。助手席側から見える夜景を、千夏はぞんぶんに楽しんだ。運転席の冬馬は千夏のおしゃべりに笑い、ときどき相槌を打った。千夏はその横顔に魅せられ、何枚か写真を撮った。
「俺の顔写真はエクスタに載せないでね」
「載せないよ。私、エクスタやってないもん」
「やればいいのに。アカウントつくったら俺と繋がろ」
冬馬が言うので、千夏は早速、アカウントをつくることにした。
その日は疲れていたので、千夏は自宅に送り届けてもらい、分かれた。シャワーを浴びてベッドに寝転がり、エクスタを開くと、冬馬のアカウントをチェックした。早速、数時間前に撮った料理や吊り橋の写真がアップされていた。さらに、またしてもフォロワーの女達が沢山のコメントを寄せていた。千夏は半眼でそのコメントのひとつひとつを読んだ。
フォロワーのなかに、美人は沢山いた。どれも無修正無加工の顔とは限らないが、千夏よりも若く、綺麗な子はわんさかいた。めぼしいアカウントのホームを一人一人覗いてみると、ミリだのユアだのヒナコだの、モデルやミスコン入賞者、クラブのホステスが多かった。その美人達と冬馬はとても仲が良いらしく、エクスタ内のあちこちで会話しているのが分かった。
とあるモデルのアカウントがデニムスカートを履いて「いいね」を一万件ももらっているのを目にした。さらに、冬馬が「いいね」してるのも分かった。そのスカートの丈は膝上十センチほどだ。千夏はおもむろに起き上がり、洗濯機のなかを漁った。日中履いていたデニムのショーパンを手に取ってじっと見つめた後、再びベッドに戻った。スマートフォンでECサイトにアクセスすると、膝上十五センチのスカートをポチッた。




