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ラブホテル

だんだんと目が慣れてきて、千夏は室内を見回した。


天井に設置されたスズラン型のシャンデリアが照度の低い明かりを投げかけ、部屋全体をぼんやり照らしている。大きそうな窓にはカーテンがかかり、ダブルベッドと二人がけのソファ、テーブル、冷蔵庫、大型テレビが置かれ、テレビには小さな音でニュース番組が流れている。さらに、テーブルの上のメニューブックのようなものが目に留まる。「ホテル・タマリンド渋谷」と書かれている。千夏はその名前がチェーンのラブホテルだと思い出す。


「大丈夫か」

そう言って、冬馬は心配そうな顔をする。

「うん」

千夏は頷く。遠くから雨音がかすかに聞こえてくる。

「水、飲むか」

「うん」

冬馬は冷蔵庫からペットボトルの水を取り出すと、千夏に手渡す。千夏は震える手でそれを受け取り、飲もうとする。指が震えて力が入らず、キャップを開けられない。なぜ。どうして。どんな理由で自分はラブホテルにいるんだ。しかも、冬馬と。千夏は自分に問いかける。


「ほら」

冬馬が手を差し出す。千夏がペットボトルを返すと、冬馬がキャップを捻って開けた。それを受け取り、千夏は口へ運ぶ。動揺が大きく、口からダボダボと水がこぼれる。

「ああ、何やってんだよ」

冬馬はベッドから立ち上がり、洗面所らしき場所へ引っ込む。それからフェイスタオルを手に取り、千夏へ手渡す。

「私。どうして」

千夏はタオルで服を拭きながら冬馬の横顔を盗み見る。

「あ? なんでここにいるのかって?」


「うん」

「安心しろ。俺に襲われてねーから」

冬馬の不機嫌そうな言い方に、千夏は素直に頷く。冬馬はベッドから少し離れたソファにどっかり座り込む。その顔は千夏の方を見ず、正面にあるテレビを見ている。

「だけど、お前は男どもに暗がりに引きずり込まれて、キスされて、乳、揉まれてた」

冬馬の言い方はつっけんどんだ。千夏は驚いて冬馬の方を振り向く。

「嘘」

「嘘じゃねえよ」

「だって」

千夏は冬馬を見つめ続ける。相変わらず冬馬はテレビの方を見たまま、こちらを見てくれない。


「お前さー。そんなエロい格好で合コンなんか行ってんじゃねえよ」

冬馬に呆れたように言われ、千夏は自分のとっさに来ている服を見る。服が乱れ、胸の谷間がよりくっきり見えている。顔を真っ赤にして、慌てて掛け布団にくるまる。

「エロくないもん」

「んな格好で男が期待することなんか、一つしかねーだろ」

「見せようとして見せてたわけじゃない」

「はいはい」

冬馬は不愉快さと滑稽さを織り交ぜたようにして笑う。千夏は顔を真っ赤にして押し黙り、掛け布団を見つめる。


「どうして私が合コンに行ったって知ってるの」

「理乃さん、問い詰めた」

「え」

千夏は冬馬の顔を見る。さっきとは打って変わって、険しい表情だ。


「今日、総務部の送別会があったの、知ってるか」

「知らない」

「総務の平岡さん、今日で退職なんだよ。俺もちょっと世話になったから、遅れて少しだけ顔出した。そしたら理乃さんがいて。ベロンベロンに酔っ払ってて、絡まれた」

理乃。なぜそこにいる。千夏は首を傾げつつ、黙って相槌を打つ。

「今日は合コンなんだけどねー、私がセッティングしたんだけど行かなかったんだー、とか言ってて。俺はへーっ、じゃあ女子は欠員出ちゃってどうしたんですかーって、適当に返したんだ」

「え? 何それ」

千夏は掛け布団を払いのけ、身を乗り出す。


「そしたら、千夏さんだけぼっち参加で悪いことしちゃったなーとか言い出して。ぼっちって何ですか、他の女子はって聞いたら、他の女子も行かせなかったんだよねとか笑ってて。じゃあ今、千夏一人と男何人かで合コンやってるんですかって聞いたら、そうだって言われた」

「何で。何なの、それ」

千夏はさらに前のめりになる。

「女子が足りないって男どもがブーイングしてそうっすねって言ったら、んー、実は今回、千夏さんしか行かないこと、向こうは把握済みなんだよとか言い出して。お盛んな男どもだから、今頃食べられちゃってるかなあって笑い出した」

「え? どういうこと」

「お前、ハメられたんだよ」

冷たく言い放つ冬馬に、千夏は目を白黒させる。


「嘘」

「よかったな。マワされる寸前で俺に助けてもらえて」

よく見ると、冬馬のほおに殴られたような傷跡がある。千夏は何も言わずに立ち上がり、部屋を横切る。洗面所にあるフェイスタオルを濡らして搾り、再び冬馬の元へ戻り、それを差し出した。

「サンキュー」

「理乃が、私を?」

千夏はベッドに腰を下ろし、話の続きを促す。

「俺が理乃さんを廊下に引きずり出して散々問い詰めたら、私は好きでやったわけじゃないとか、グダグダ言い訳して。誰の差金かは吐かなかったんだよな。あのバカ女。ごめんなさいーって、号泣してたけど。俺に謝っても意味ねーから」

冬馬はそう言って傷跡にタオルを押しつけ、頭をガリガリ掻く。


何が何やら分からない。分からないけど、とにかく理乃は人に頼まれて今回のことを仕向けたらしい。それが誰なのか、千夏には分かるような気がした。

「助けてくれてありがとう」

「ありがとうじゃねえよ」

冬馬はピシャリと言う。

「ごめんなさい。こんなことになるなんて想像もつかなくて」

「もういいよ」

千夏は冬馬の横顔に魅せられながら、自分は水を一口飲む。


それからしばらく、二人は沈黙した。

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