合コン
ようやく金曜の夜になり、千夏は定時で退勤した。合コンに指定された場所は、渋谷の文化村通り沿いにあった。大箱でおしゃれなダイニングレストランで、窓の外から店内を伺う限り、客はカップルが大半を占めているようだった。
千夏は少し早く着いたので、入り口のドアを開け、洗面所へ直行した。鏡の前で最終チェックするため、顎を引いて背筋を伸ばした。髪は低い位置でふんわりしたシニョンをつくり、オトナ女子らしさをイメージしてみた。化粧ポーチをバッグから取り出し、パウダーを軽くはたいた。
アイシャドウもリップもサーモンピンク系でまとめたので、自分的には結構いい女に仕上がったと自惚れた。今度は首から下を見た。ちょうどホタルを観にいった翌日、美穂とダンスサークル仲間に勧められて買ったAラインのワンピースだ。メイクと同じくサーモンピンク地のワンピースで、Vネックが思った以上に深く、胸の谷間がのぞいていた。靴はそれに合わせてブロンズのパンプスにした。
千夏は深呼吸をして、少し息苦しさを覚えた。かなり痩せたから着られると思ったが、XSサイズはやり過ぎた。肋骨と胸のあたりが苦しかった。
会社ではざっくりしたサマーカーディガンを羽織ってワンピースの全容は隠したし、誰からもからかわれずに済んだ。でも今の自分の姿はいかにも男を漁りにきました感が否めなかった。元々デブで、他の部分の肉を削り落としたので、胸は結構あった。そうやって女の武器を振りかざしてまでここで勝負する気はないのになと、千夏は鏡を見、情けなく笑った。
洗面所からホールに出た。約束の時間より少し早いが、ウェイターに案内され、席についた。予約席は六人用の長テーブルで、まだ誰もいなかった。他の二人はどんな格好で来るのか、どんな男達が来るのかと思いを馳せ、千夏は窓の外を見た。そのタイミングで、バッグの中でスマートフォンがバイブした。
「え…」
千夏はスマートフォンを手に取り、思わず声をもらす。メッセージを送ってきたのは理乃で、所用で急遽、来られなくなったという。しかも理乃だけでなく、その友人も然りだ。
だったら今日はキャンセルにしよう、と千夏が返事の文面を打っているときだった。
「千夏ちゃーん! 初めまして!」
陽気で元気な声に、千夏はびっくりして顔を上げた。目の前にはスーツ姿の若い男達が三人立ち、こちらを見て笑みを浮かべている。
「あ、はい。初めまして」
千夏は緊張して席を立ち、挨拶をした。
その後のことは、千夏もよく覚えていない。不思議だったのは、女二人が欠席したというのになぜか男達はうろたえる様子もなく、不機嫌になる様子が微塵もないことだった。千夏のことをいきなり千夏ちゃんとで呼び、少し馴れ馴れしいくらいだった。三人とも終始、機嫌よく笑い、千夏にたくさん質問してはグラスにワインを注いだ。千夏はそんなに飲めないと断ったのに、誰一人として助け舟を出してくれなかった。ダイエットの途中でリバウンドするのが怖かった千夏は、飲むばかりでほとんど料理に手をつけなかった。結果、急激にアルコールが回った。千夏はだんだん呂律が回らなくなり、次第に意識が遠のいていった。
「ほら、しっかり立って」
薄れゆく意識のなか、誰かが声をかける。千夏は自分が屋外にいることに気づく。どこか薄暗い場所で、いつの間にか店を出たんだなと千夏はぼんやり思う。だが、自力で立てていない。両サイドに男達が腕を伸ばし、自分を抱えるようにして立っている。男達が何か言っているのが聞こえてくる。ちょっと休憩できるとこにいこう…酔いが覚めるまで…。そんなような言葉が、千夏の耳をかすめていく。やけに顔が近く、男達の吐息が顔にかかる。
帰ります、と言っても、男達は千夏を離してくれない。ダメだよ、フラフラじゃんと一人が言うと、他の男達も同調する。千夏は視界がずっとぼやけていて、そのまま地面に倒れてしまいそうだ。
男の一人がキスをする。頭では反抗しているのに、体がそれに従えない。さらに胸元に強引に手が滑り込んでくる。男達が何ごとか興奮したような声を出す。胸を鷲掴みにされているのに、千夏はどうすることもできない。
「おい。こんなところでお前、何やってんだよ」
別の男の声がわり込んでくる。千夏はぼんやりしながら、反応できずにいる。男達が何か言い合っているのが聞こえるが、目が開かない。何か鈍くて硬い音、ぶつかり合うような音がして、誰かが倒れたようだ。
「来い。帰るぞ」
その男が自分の手を強引に引く。千夏は訳がわからないまま、その男に支えられ、歩かされる。どこかの建物に入ったようだ。いつしかまぶたが重くなり、隣の男の肩に頭を預ける。そのまま、何も分からなくなった。
暗がりのなか、千夏はベッドの上で目を覚ました。
ハンマーで殴られたような、ひどい痛みが脳内に走る。何が起きているのか、すぐに理解できない。少しずつ少しずつ、何が起きたのかを思い出す。合コンに行って、ほかの女達がこなかったこと、男達が異様に盛り上がっていたことまでは覚えている。だが、それ以降がどうしても思い出すことができない。
ふと、天井の模様がいつもと違うのに気づく。よく見ると自分の家ではない。ここはどこだ。右手を見ると、すぐそばに誰かが背中を向け、ベッドのふちに座り込んでいる。千夏は急に怖くなり、その背中を目を凝らして見る。誰かに似ている。
千夏が上体を起こすと、ベッドが音を立てて軋む。その人物はゆっくり振り返った。
「気がついたか」
冬馬が低い声で囁いた。




