極甘
千夏は極甘コーヒーをかき混ぜながら、正秋を上目遣いで見た。溢れ出る男気がカッコよすぎて、正視できそうになかった。
「だから言わせて」正秋は貫くように千夏を見る。「先週のことは悪かった。ごめん。でも、あれが本音。酔ってなくても同じことしたと思う。もう誰とも付き合えない。千夏がいい。好きだ」
正秋の声のボリュームが大きくなった。隣のテーブルの女性グループが全員、こちらを見てくる。千夏は猛烈に恥ずかしくなり、でも何も言えずに、コーヒーをぐるぐるかき混ぜたまま、正秋の両手を見つめる。今の会話とマケドナルドが、まったく合ってない。場違いも甚だしい。テーブルに置かれた正秋のその手は、少し震えている。
「伝わるまで何度でも言う。俺には…」
「ねえ」
千夏は震えているその手を見つめ、低い声で遮る。
「うん、何?」
ためらいながら正秋が聞き返す。千夏は正秋の表情を伺い、深呼吸する。
「こんなこと言ったら最低な女だと思うけど、言ってもいいかな」
「いいよ」
「私が冬馬を好きなのは、知ってるよね」
「うん」
「実は、三年前に会ったときからなんだ」
千夏は過去のいきさつをすべて話した。さらに、最近また打ち解け、ボウリングしたり、釣りに行ったり、一緒に食事したこと、冬馬はシュークリームで間接キスして、自分は千夏に試着された男だと笑ったことまで話した。正秋は少し驚いていたが、何か納得したかのように相槌を打ち、最後まで耳を傾けた。
「だけど、やっぱり冬馬は春菜が好きなんだ。釣りに行った後、温泉に行ってね。春菜から冬馬に連絡が来て。それで冬馬が急に帰ろうって言い出した。私を送って、帰っちゃったんだ。きっと試着失敗した私なんか、暇つぶし相手でしかないんだろうね」
千夏は自重的に笑うが、いつの間にか涙がこぼれ落ちている。それも、大量に。正秋はそれにつられて笑うことをしない。真顔になり、ほぼ瞬きもせずに見つめ、ハンカチを差し出してくる。それが千夏には辛い。視線が痛い。ファーストフードで泣いているとは滑稽だ。大の大人が恥ずかしすぎる。ハンカチを受け取り、それに顔を埋める。
「ちゃんと気持ちは伝えたんだよ。でも、ごめん、千夏は大事な友達だよって言われて」
千夏は情けなく笑い、自分の腫れたまぶたを指さす。そう。自分はしっかりフラれた。笑える。この数日間の気持ちの昂ぶりを、どうしてくれる。まだ懲りずに出てくる涙に嫌気がさす。正秋をチラリと見ると、黙って小さく頷いている。
「それでってわけじゃないけど。正秋のことも、ちょっと、気になってる」
これはヘビの生殺しになるのだろうか。卑怯な言い方か。正秋は黙り込んでいる。千夏は涙を拭いて顔を上げる。正秋は目をそらさないでいる。千夏の方から先に目をそらす。
「今日は正秋が謝罪する日だったはずなのに。私の方こそごめん。全部、正直に話したつもり」
軽く鼻をすすってコーヒーを再びかき混ぜる。マドラーのどろりとした感触からいって、もうこれ以上は砂糖が溶けなそうだ。
「そうか」
正秋は少し頭を垂れる。顔は無表情になっている。それからゆっくり頬杖をつき、儚げに笑う。
「どこが最低な女なのか、全然分かんなかったけど」
「そう思ってくれる?」
千夏は唇を噛み、正秋の笑う顔を恐る恐る見る。
「うん。ところで、ねえ。それ、飲むの」
正秋は千夏のコーヒーを指す。
「まさか」
これはもう砂糖入りのコーヒーではない。コーヒー入りの砂糖だ。千夏はおかしくなってケタケタ笑う。笑いながら涙がまた、頬を伝う。
「ずいぶん砂糖入れてたよね」
正秋は腕を伸ばし、千夏のカップを持ち上げる。
「やめなよ」
千夏は制するが、正秋はカップをじっと見つめ、口をつけて傾け、一気に飲み干した。
「あーまーい」
「今の正秋ほどじゃないよ」
吐きそうな顔をする正秋に、千夏はより一層笑ってしまう。なのに、涙もまだ出てくる。もう止まってほしいのに。
「真面目なこと言うとさ。俺、こういうの無駄にできない。たかが一杯のコーヒーでも」
「そうなんだ」
妙に親近感が湧き、千夏は正秋の冷蔵庫の中に入っていた「おつとめ品」のシールが貼られた牛肉を思い出す。カフェと違って、ここのコーヒーは一杯百円だ。
「でももう一つ、理由がある」
「理由?」
正秋はカップを少し高い位置に持ち上げる。カップの縁には千夏のリップがついている。千夏がぼんやりそれを見ていると、正秋は縁を口元に近づけ、目を少し伏せる。下唇をつき出し、それにこすりつける。艶かしい仕草に強烈な色気を感じ、千夏はドキッとした。
「何してんの」
「間接キス」
正秋は千夏のリップをつけた口で言い、やけに余裕たっぷりにほくそ笑む。その目つきは前にも見た。そう、大空を滑空しながら地上を逃げる小動物を狙う、鷹の目だ。正秋とは普通のキスもディープキスもしてる。でも今、目の前でされた間接キスの方が、よほど強烈に見える。千夏は完全にドギマギして、テーブルの下でスカートを握りしめる。手の汗でスカートが濡れていくのが分かる。
「杉崎にもしたんなら、俺にもしてよ」
「何が」
正秋は千夏の目を完全に捕える。
「試着」




