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貸し切り露天風呂

突然の雨に見舞われて、千夏と冬馬は日帰り温泉へと駆け込んだ。温泉は釣り場からほど近くにあり、同じように雨に降られたらしい客が多数、訪れているようだった。大箱の温泉施設らしく駐車場も広かったのに、満車状態だった。冬馬は少し考え、駐車場の入り口でUターンした。


五分ほど離れたところへ車を走らせると、林の中に民家のような建物が見えてきた。冬馬はハンドルを切り、敷地内の駐車場にバックで入庫した。雨はやむ気配はなく、二人は駆け足で玄関へと向かった。


「いらっしゃいませ。降られちゃいましたか。大変でしたね」

「ええ。すごい雨ですね」

玄関の中から初老の女性が声をかけ、それに冬馬が愛想よく答える。千夏は玄関入ってすぐのカウンターを見た後、そばにある案内看板や売店のアメニティ、スリッパなどを見る。どうやら温泉旅館らしい。


「日帰り入浴ですか。コインランドリーはそこにありますから、よかったらご利用ください」

女性はカウンターの向かいにある通路を指さす。千夏が見ると、そこには大型洗濯機がいくつか並んでいる。

「お客様、ラッキーでしたよ。あと一組でしたから」

女性の後に続き、千夏と冬馬は廊下を歩き、階段をくだる。

「一組?」

「ええ。うちは全部、家族風呂なんです」


は? 何それ。貸切ってこと? 二人で? 千夏は一瞬固まり、思わず冬馬を見あげる。冬馬は動揺する様子もなく、怒ったり恥じらったりする気配もない。女性はいくつかある引き戸のうち、一番奥まったところにある引き戸を開け、千夏と冬馬を中に入れる。

「ここが脱衣所です。内側から鍵をかけてくださいね。では」

女性は引き戸を閉めて出ていく。


取り残された千夏は呆然と脱衣所内を見る。二畳分ほどの広さで、脱衣カゴと洗面台、ベンチが置いてある。奥のドアを開けば浴室があるようだ。

「えーと、あの。これ、どういう」

千夏はしどろもどろになる。

「しゃーねーだろ。大浴場がない。先、入れよ」

冬馬はため息をつき、諦めたような口調で言う。

「でも、早く入らないと風邪ひくよ」

「じゃあ俺が先、入ろうか」

「うん。私、待ってる」

譲った途端、千夏は大きなクシャミをする。冬馬はそれをじっと見て、まるでつられるようにクシャミをする。互いに見つめ合い、しばし沈黙する。


それから五分後のことだった。二人はバスタオルを巻きつけ、露天風呂に身を沈めた。


「ちょっと、こっち見ないでよ」

「見ねーよ」

「もっと離れて」

「浴槽がデカくねーから無理」

二人はギャーギャー言い合いながら背を向けて入る。


なかなか立派な露天風呂で、浴槽は真四角の檜づくりだ。崖の上にたっているようで、目隠しになっている木々の葉の合間から、蛇行する秋川を見下ろせる。降りしきる雨で川が増水し、水色は濁り、ごうごうと音を立てている。千夏はそれを見下ろしつつ、湯の感触を、指同士を擦り合わせて確かめる。普段ならツルツルしてるとかヌルヌルしてるとか、湯質を楽しむのに、今はまったく分からない。そんなことを考える余裕がない。隣にいる冬馬のことを、嫌でも意識してしまう。


なんだか展開が早い。はたから見たら完全に恋人同士だ。だから誤解されてこんなところに放り込まれている。だけど、誤解されたことに感謝もする。こんなにいい感じだと、二人の関係は一気に進んでしまいそうだ。今日は出かける時間が早すぎて、いつもの占いを見てこられなかったが、きっと双子座は一位だ。千夏のなかでは恥ずかしさよりも嬉しさが勝ち、思わず頬がゆるんだ。


「何、ニヤニヤしてんだよ」

「してません」

「どうせスケベなことでも考えてたんだろ」

「考えてません」

「どうだか」

「うるさいな」

冬馬の言うことが図星すぎて、千夏は顔を合わせられない。いいからほっとけ。鼻血が出そうだ。


「俺の裸見ても、何とも思わない?」

そう言われて千夏は冬馬の方を見る。本人は余裕たっぷりに笑い、タオルで隠しているのは下半身だけだ。二秒ほど上半身をジッと見ると、すぐまた崖下の方を見る。

「いい体だね」

「天野先輩ほどじゃないけどね」

「見ないで。もう若くないんだから」

千夏は噛みつくように言い、バスタオルを胸元でしっかり抑え、冬馬に背を向ける。ああ、腹立つ。っていうか何だ。さっきからドキドキしっぱなしだ。入ったばかりなのに、もうのぼせそうだ。お湯が波打つのを感じ、冬馬が背後から近寄ってきたのが分かる。


「痩せて、オッパイがちょっと小さくなっちゃったんじゃないの」

急に冬馬が肩にアゴを乗せ、忍び笑いしながら囁いた。

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