そういうのもっとちょうだい
千夏は条件反射的に赤面した。その上、唇が波打つのを感じた。
冬馬は平然と千夏たちを見てくる。
「そうです。冬馬さん、今日、どこ行ってたんですか」
白井が、いかにも恋しがっていたふうに冬馬に向かって言う。
「マサさんと長谷川さんと、いろんなとこ。結構帰っちゃったんだね、みんな」
冬馬はビニル袋を手にして、ドア口に寄りかかる。この頃は正秋のことをマサさんと呼ぶくらい仲良くなってきたのかと、千夏は微妙な心境になる。
「そうです。俺らだけです」
白井は窓に近寄り、ブラインドを下ろす。冬馬の、何やらあてが外れたような様子に、千夏は少し興味をそそられる。さらに、冬馬の手にしているビニル袋に目が留まった。
「それ。何持ってんの? 正秋は?」
千夏はつかつかと歩み寄る。冬馬が持っているビニル袋から紙袋を取り出した。紙袋には墨一色で「深山堂」のロゴが入っている。
「あー深山堂! 今話題の、シュークリームの美味しいところですよね、それ」
千夏の背後から白井が素っ頓狂な声を出す。
「へえー、知らない。美味しいの?」
千夏が振り返って白井に尋ねると、白井は興奮した様子で激しく頷き、そばに寄ってきた。
「めちゃめちゃ美味いです。俺、大好きなんです」
「本当? 助かるわ。深山堂の打ち合わせに行ったらもらったんだけど、マサさんに持たされちゃって。俺、直帰するからお前が会社のみんなに配れって言われちゃってさ。白井君、たくさん持ってってよ」
冬馬はホッとした様子で紙袋を開ける。
「いんすか? やったー」
冬馬は紙袋の中から二つだけ取り出す。
「残り、全部持ってって。あと八個入ってる」
「マジすか? 全部、食いますよ」
「嘘。一人で全部?」
冬馬は目を丸くする。
「甘党の俺が六個。彼女が二個は食います」
白井は平然としたものだ。そして千夏はうっすら気になった。彼女というのは女子高生のアレか。この時間から会うのか。時刻は午後八時半を回っている。
「すげーなお前」
冬馬は激しく笑う。
「あ、でも私も要らない。だって…」
千夏も甘いものは大好きだ。大好きだけど、食べていいのは週に一度、土曜日の午後と決めている。
「ダイエット中だからですか?」
冬馬が偉そうに代弁する。
「そうだよ」
千夏は低い声で、分かってるなら聞くなとばかりに睨みつける。
「さすがに、九個はちょっと厳しそうですね」
白井は少し困った様子で、笑って頭をかき始める。
「分かった。俺が二個食べる。八個でいいよ。それで十分、ありがとう」
「今、食べながら仕事してもいいですか? 三個くらい」
「おー。食いながらやれやれ。あとは給湯室の冷蔵庫入れとくから。帰り、持ち帰れよ」
「はい」
白井が返事をすると、冬馬はシュークリームの残りを抱え、部屋を出ていく。千夏は少しホッとして、再び白井のモニターに目を戻した。
シュークリームを美味しそうに頬張る白井の隣で、千夏は腕を組み、仕事に戻る。とにかくこの申し送りの文章を完成させねば。
「ねえ。A案のほうが、なんていうか、強そうな感じ、するよね」
千夏は厳格な目つきで画面を指差す。
「ああ、そうですね。尖った感じのモチーフ使ってます」
白井は口の中をモゴモゴさせながら答える。
「なんで尖らせようと思ったわけ?」
「なんでと言われると…。沢井モーターってグイグイ攻めてる感じの車種、出すんですよ。今回もそうなんです。他のメーカーと被らない、バイク好きが乗るバイクみたいな…」
白井は口からはみ出た生クリームを指ですくい取った。
「それ! そういうやつだよ」
千夏がビシッと人差し指を立てて声を張り上げると、白井はビックリした様子でのけぞる。そこへ、冬馬が給湯室から戻ってきて、白井の対面の自席に座る。こちらの様子を伺ってくるも、話に混ざる気配はない。
「…そういうやつ?」
白井はポカンとして、再びシュークリームにかぶりつく。
「ちょっと貸して」
千夏はそう言って白井のキーボードを手元に寄せ、メール新規作成画面を開き、文字を高速で打ち込んでいく。
「攻めてる感じ、尖った印象の貴社製品をイメージ…と。あともっと、そういうのちょうだい」
「あとは特にないんですけど…」
「あるはず。なんで背景、ブラックにしたの」
千夏は画面を指差す。
「これが一番、説得力があるっていうか。刺さると思ったからです…」
「うんうん。それで」
「暗い夜の街を駆け抜ける…」
「うんうん。それでそれで」
「夜行性の、肉食動物みたいなイメージの…」
「そう! そういうの。そういうのを文章にすればいいの!」
千夏は興奮して力強く頷き、再びテキストを打ち込んだ。
その後も、千夏が質問を繰り返し、白井が考えながら、のらりくらりと答えた。冬馬はときどきこちらを見るも、やはり会話には混ざってこなかった。千夏は白井の言葉の断片をまとめて、A案B案ともに立派な申し送りを完成させた。
「素敵な申し送りが出来ちゃった。これなら先方にも理解してもらいやすいよ」
千夏は腰に手をあてて文面を見つめ、満足そうに笑う。
「天野さん、本当にありがとうございます」
白井は感動した様子で微笑む。
「なんでもいいけどお前、食べ方、汚ねえな」
冬馬が白井の顔面を見て、激しく笑う。
「うん。じゃあこれ、メール投げとくね」
千夏も笑いながら自席に戻る。白井の顔面はサンタクロースの白髭ばりに、生クリームまみれだ。
「はい」
「白井君は先に上がりなよ」
「はい、すいません、お願いします。お先です」
白井が挨拶して部屋を出ていくところへ、千夏はお疲れ、と笑みを返す。ふと、冬馬と目が合った。




