肩透かし
薄闇の中、駅の改札は通行人を飲み込んだり、吐き出したりしながら、賑やかな音を立てていた。千夏と冬馬はその改札前で向かい合った。
「え? ああ、別に。あくびしただけ」
千夏は涙を拭って顔をしかめる。
「あくびで出た涙の量なんだ」
冬馬は疑わしげに笑いながら、人の少ない改札の脇へ行こうと、千夏の肩を軽く押す。
「うん」
千夏はそれ以上は言わない。言っているうちに涙が増大しそうだ。
冬馬の、何か見透かしたような笑い方を恨めしく思い、千夏は悔しげに睨みつける。睨みながらうっかり涙が一筋、流れ落ちる。冬馬は少し意外そうな顔をして、近くでティッシュ配りをしている人へ歩み寄る。そこでポケットティッシュを受け取る。
「はい」
冬馬は千夏の前へ差し出す。千夏はそのティッシュをじっと見る。ティッシュには「天空ボウルOPEN」と書かれている。新たにできたボウリング場がオープンしたらしいと、千夏はぼんやり思った。それからティッシュをひったくると、ズビビビと鼻をかむ。
「ありがと。私、これに行ってくる。じゃ」
千夏はすました顔でティッシュを握り、冬馬とすれ違おうとする。
「ボウリング? 俺も行く」
冬馬は小走りで千夏を追いかけてきた。
二人は駅から少し離れたところにあるボウリング場「天空ボウル」の入り口へ辿り着いた。受付をしてフロアに行くと、そこには三十以上はありそうな真新しいレーンが並んでいた。オープン記念キャンペーンで学生は一ゲーム無料となっているらしく、中高生らしい制服を着た子ども達が数多くいて、あちこちで歓声が飛び交っていた。
「ねえ、いいの」
千夏はレーンの向かいにある壁側に立ち、自分のサイズに合うボウリングシューズをボックスの前で探しながら、少しつっけんどんに尋ねる。冬馬もシューズを探しつつ、千夏の横顔を見て、きょとんとした顔を返す。
「何が」
「私に構ってる暇なんか、ないんじゃないの」
「他に構う奴なんかいないけど」
何だと。嘘つくな。千夏は冬馬の方に向き直り、キッと睨みつける。
「春菜は?」
「春菜ちゃん? あー。別に」
冬馬はシューズの並ぶ方に目を戻し、気だるい声を出す。
「別にって何。付き合ってるんじゃないの」
千夏は怒って圧をかける。
「付き合ってねえよ」
冬馬は少し驚いたように笑い、ボウリングシューズをボックスから取り出して履く。肩透かしを食らい、千夏は茫然自失となる。
「え? …だってこないだ、タクシーで一緒にいなくなったじゃん」
「何、それ」
冬馬は記憶にないとばかりに首をぐるりと回す。
「いなくなった。会社の飲み会のときだよ」
「あー、あれか。まあ、あのときは」
あのときはなんだ。千夏が見ていると冬馬は斜め上の方を見て、苦虫を噛み潰したような顔をし、言いよどむ。それを見て千夏の脳裏に嫌な予感が走る。
もしかしてカラダだけの関係か。春菜への好意を利用され、遊ばれているのか。悶々としながら千夏もシューズを手に取り、床に置く。そのシューズを履きながら、目線は冬馬に向ける。
「あのあと、みんな言ってたよ。冬馬と春菜が一緒にいなくなったから。完全に『お持ち帰り』じゃん」
「先に春菜ちゃんを家に送ってから、俺は自分ちに帰ったよ」
冬馬は頭の後ろをボリボリかき、すぐそばのボウリングボールの棚を物色し始める。
「それで?」
その後の展開が気になる。千夏はボールを一つ一つ手にとっては棚に戻し、鼻息を荒くして尋ねる。
「それだけ」
「何もなし?」
「うん」
冬馬は青いボールを手に取り、指穴に指を通す。そのボールはそばにいた中学生の男子が取ろうとしていたのに、ふんだくったようだ。
「でも…」
千夏は冬馬のすぐそばに歩み寄り、言葉を返そうとする。けれどこれ以上、何を聞くことがある。進展はなかったらしい。ということは、少しだけ自分に追い風が吹いている。ここは余計なことは言わず、自然に任せた方が良さそうだ。現に冬馬はこうして自分と一緒に過ごすことに決めた。少しにやけてしまうが、冬馬はボールをどれにするか考えているようで、こちらの表情の変化に気づく様子もない。
千夏もボウリングボールを見渡し、一番軽そうな四キロの黄色いボールを選び、手に取った。




