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蕎麦屋

週末の甘ったるい空気を引きずったまま、月曜日になった。この日、千夏は上はシンプルな白のカットソー、下は一番丈の短いデニムのミニスカートを張り切って履いた。午前中に雑用でウロウロしていると早速、ニヤニヤした生野に「見えそうで見えないねえ」とセクハラされた。


この日、正秋は幸い、外回りに出ているらしくて千夏はホッとした。正秋にはこのスカート姿を見られたくなかった。二十代のピチピチした春菜や理乃にも見られたくなかった。だけど千夏の体は痩せてきたし、太ももの間に隙間ができつつあった。丈の短いスカートおよび太ももは、一番好きな男だけに見せたい、女心のそれだった。


昼休みに、千夏は冬馬と会社近くの蕎麦屋に入った。千夏はすでに知っている店だったし、そんなに味がいいわけでもないというのがこの店への評価だった。一方、冬馬は先日始めてきたばかりだと笑顔で言った。座敷のテーブルに向かい合って座った二人は、注文を済ませ、おしぼりで手を拭いた。


「わざわざ前もって連絡してこなくてもいいのに」

そんなことを言いながら、千夏は冬馬と二人きりになれたのが嬉しくてたまらない。今日の冬馬の着ている服はハリのあるストライプのシャツにネイビーのテーパードパンツ、黒いローファーで清潔感があり、特にカッコいい。朝に見たハジテレビの星座占いの結果を思い出す。それによると双子座は二位で、意中の相手ともしかしたらもしかするかも、などとボヤいていたので、いやでも期待してしまう。


「言っとかないと千夏はまたダイエット弁当持ってくんだろ。なんか貧相なやつ」

冬馬はダイエット弁当をバカにして笑う。

「そうだけど」

「ここのトウモロコシの天ぷらが美味いんだよ」

「えー。そんなの糖質と脂質の塊だし」

「そう言うなって。出てくんの遅いけど、美味いよ」

「なんで私に声かけるの。ダイエットしてない人に声かけなよ」

千夏は余裕ぶって笑い、ふと、視線を足に移す。正座するとスカート丈が思った以上に短くなり、太ももが丸見えだ。ちょっとここまでくると、街娼っぽくないか。少し恥ずかしくなり、冬馬にバレないよう座り直し、スカートの裾を引っ張る。


他に客はまばらだ。そのわりに、天ぷらはまだ出てこない。冬馬は急に卓上の隅にある小さなアンケート用紙と鉛筆を手に取る。裏の余白に、何やら絵を描き始める。

「何描いてんの」

千夏の問いかけに、冬馬は答えない。代わりにチラチラ千夏を見ては、絵を描いていく。

「もしかしてそれ、私?」

千夏は訝しげに眉をしかめてみせる。

「ほら。そっくり」

冬馬は用紙を千夏の方に向きを変えて差し出す。


確かによく描けている。さすが、美大を出ているとこうも違うものか。絵などまともに描けやしない千夏は感心してため息をつく。同時に、ここまで美人でもないだろうと苦笑いもする。

「かなりデフォルメしてるよね」

「まあね」

「ふーん。冬馬から見た私はなかなか美人なんじゃん」

見れば見るほど絵の中の千夏は綺麗だと思う。実物はこんなに鼻は細くないし唇ももっと薄い。だけど、好きな人に似顔絵を描いてもらうのがこんなに嬉しいのかと、千夏の脳内ではバレエダンサーが踊り狂い、花火が打ち上がる。


「ほら。はい」

千夏がはっとして顔を上げると、いつの間にか注文した料理が目の前に届いている。冬馬は揚げたてらしいトウモロコシの天ぷらが乗った皿を指さす。直径十センチほどの、円盤状の天ぷらだ。千夏が黙ってそれを見つめていると、冬馬が割り箸で天ぷらを二等分に割る。それを取り皿に乗せ、千夏の前に突き出す。千夏は嫌々それをつまみ、天つゆにつける。口に運ぶと、カリッ、ジュワッと素晴らしい食感が口の中に広がった。

「本当だ。油臭くないし。蕎麦よりこっちのが美味しい」

「天ぷら屋に鞍替えした方がいいよな」

冬馬は屈託なく笑う。その顔が眩しいと、千夏は天ぷらを頬張りながら思う。


「クリエイティブEXPO(エクスポ)、俺、結構楽しみにしてんだ」

冬馬は話題を変え、ざるそばをすする。

「ええ。そうなんだ」

そんな話がしたかったのか。千夏は拍子抜けして冬馬を見、自分もお猪口にそばを入れる。

「うん。なんか楽しそうじゃん」

冬馬は張り切っていう。千夏はその生き生きした横顔に見とれる。


「頑張ってね」

そう言う千夏の言葉は中身が空っぽだ。冬馬は天ぷらに箸を伸ばし、千夏を一瞥する。

「千夏は当日いかないの」

「私は電話番だから」

「そっか」

「ねえ」

「ん?」

冬馬がこちらを見る。千夏も見返す。そうだ。イケメンは目の保養だし、二人きりになれたのは最高に嬉しい。だけどそうじゃない。こんなつまんない話はどうでもいい。もっと聞きたいことがあるのだ。千夏は深呼吸を三回繰り返した。

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