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今を楽しむ

沖縄料理屋「ニライカナイ」に着いた千夏と沙耶香は、店の一番奥のテーブルを陣取った。


「かんぱーい」

二人はグラスをぶつけ合う。

「ところで何に乾杯なわけ?」

千夏は不可解な顔をひっさげ、さんぴん茶を飲み、ミミガーのサラダを箸でつまむ。

「決まってんじゃん。千夏の人生初、『告白されました記念』だよ」

沙耶香はグラスに口をつけ、美味しそうに黒糖焼酎を飲む。

「それなら幼稚園のときに告白されたよ?」

「幼稚園とかカウントしてんの」

沙耶香の目つきはまるで下等生物を見るそれだ。

「悪い?」

「別に。全然」


沙耶香はケラケラ笑い、スマートフォンを取り出す。千夏は口の中でコリコリしたミミガーの食感を味わいつつ、いつも食べていたニンニクの豚肉巻きを恋しく思う。ミミガーは好きだが、食べごたえはない。

「それでどうなの、同期のマサーキ君て。ノーマークだったよね」

「んー。イケメンっていうか、可愛い少年みたいな」


その少年はときどき男の顔を見せる。どちらが本当の正秋なのか。千夏はさんぴん茶をぐい飲みする。これもいつもだったら、グアバサワーにするのになと、アルコールを堂々と摂取する沙耶香を恨めしく思う。


「デートは楽しめた?」

「どうって。悪くなかった」

千夏はなぜかふてくされたふうになってしまう。本当は悪くなかったどころじゃない。

「へえ。どんなだったら良いデートだったの」

「わかんない」

「わかんないくせに。随分、上から目線じゃん」


高笑いする沙耶香を、千夏は白けた目で見つめる。その沙耶香はぐいっと黒糖焼酎を飲みつつ、スマートフォンの画面をタップする。本人はノリノリで千夏の話を聞いてくれているようでいて、実際は新しい彼氏とのメッセージに夢中だ。


「これからもデート、いくの」

沙耶香はスマートフォンから目を離さず尋ねる。

「デートじゃないし」

「二人で会うならデートだよ」

急に沙耶香は千夏に向き直り、人差し指を立てる。

「違う」

「じゃあなんで、ダイエットなんかやってんの」

「なんでって。別に」

「彼のために綺麗になりたいくせに」


沙耶香はまたスマートフォンに目を戻し、薄ら笑いする。それを見て、千夏は眉間にシワを寄せる。ついでに沙耶香の太い二の腕も睨みつける。


正秋と二人きりになったとしてもデートだとは認識してない。向こうの片思いだ。それは悪い気がしないし、むしろいい気分でいられる。実際、正秋のことは今まで過小評価していたのだ。気が利くし、頭の回転が速い。話してて楽しい。女が喜ぶ言葉もちゃんとくれる。誰よりも女の子扱いしてくれる。好きだとまっすぐ言ってくれる。だからこそ、後味が悪い。

「私と正秋は友達だから」

「んー、私、思うんだけど」

「何?」


沙耶香はスマートフォンの画面を消し、テーブルに置いた。それから店員が運んできたニンニクの豚肉巻きを箸でつまみあげ、心底美味しそうに食べる。千夏は恨めしく思いながらそれを見つめ、口内が唾液で満ちていくのを感じる。

「友達とか。彼氏とか。そんなにはっきり線引きしなくてもいいと思う」

沙耶香がテーブルに肘をつき、達観したように言う。

「そうかな」

「うん」

「でも、私。冬馬が好きなんだよ」


千夏は店の窓辺に置かれた、サボテンの鉢植えをそれとなく見る。淡い黄色の花が一輪、咲いている。花弁を見つめて頬杖をつく。冬馬が目を細め、意地悪そうに笑う仕草を思い出す。胸がきゅんきゅん締めつけられる。


そうなのだ。冬馬は圧倒的に顔がいい。だから審美眼があり、(エサ)も慎重に選ぶ。大切に育てられて毛艶がよく、ツレない猫みたいだ。一方、正秋は(エサ)を選ばない、愚直で従順な犬に見える。


「だったら好きなままいりゃーいいじゃん。本命は一旦おいといて、男友達と今を楽しみなよ。気分転換」

沙耶香は頬杖をつきながら、ニンニクの豚肉巻きをムシャムシャと食べる。

「好きなままでいて、いい?」

千夏はニンニクの豚肉巻きから目を離さず、許しを乞う。

「いいよ」

沙耶香は千夏の視界のなかで耳をほじり、再びスマートフォンをタップする。

「問題ない、かな」

「ないよ」

「正しい?」

「正しい」


二人はその後ゆっくり店で過ごしてから、駅で分かれた。千夏は改札を通り、階段と連絡通路を経て、ホームへ降り立った。進入してきた電車に乗り込み、千夏はドアにもたれた。


男友達。今を楽しむ。気分転換。沙耶香の言葉が脳内にこだまし、気持ちを軽くしていく。ウインドウショッピングを楽しむつもりでいい。もっと気楽に正秋と遊べばいいのだ。

千夏はスマートフォンでECモールにアクセスし、はやりの夏服や靴を眺め始めた。

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