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お好み焼き

その週の土曜日、千夏は午前中から百貨店に行き、散々迷っていた。

正秋は彼氏じゃない。だからこれはデートじゃない。服を新調する必要もなければ、ネイルも変えなくていい。なのに、正秋の前では誠意を見せたかった。受けた好意を大切にしたかった。少なくとも飲み会のとき、セクハラされた自分の盾になってくれた。今の自分をみてくれる人、寄り添ってくれる人は正秋だけだ。そんな理由で、買い物にきた。


そう。マチアプで知り合った冬馬はともかく、リアルで付き合いのある男と二人で会うというのが初だった。千夏は店員に相談した末、大きなリボンがついた黒いオーバーサイズのブラウスと、ライトグレーで七分丈のドレープパンツ、濃いグレーのハイカットスニーカーを買った。甘すぎず辛すぎず、正秋に変に期待させることもないだろうと、自らに言い聞かせた。


買った直後に百貨店のトイレですぐ着替え、家から着てきた冴えない服を駅のロッカーに押し込んだ。電車に乗ろうとホームで待機しているところへ、老婆に声をかけられた。服にタグをつけたままなのを指摘され、糸切りバサミで切られるのを、千夏は顔から火が出る思いでじっと待ち、耐えた。ひたすらお礼を言い、電車がやってきた途端、老婆とは離れた車両に駆け込んだ。


待ち合わせたのは都心の駅の改札だった。正秋は明るめのブルーのシャツにブルーグレーのキレイめなパンツ、それに深い赤のスニーカーを合わせていた。初夏らしく爽やかだし、ちゃんと自分に似合っているものを選んでいるなと千夏は見直したが、意識したくなくてコメントを控えた。


ダイエッターに優しくない店なんだけどと正秋は言い訳しつつ、駅近くのお好み焼き屋を千夏に案内した。正秋が推す店で、なかなかの繁盛店らしく、客達が列をつくっていた。千夏と正秋は列の前をやり過ごし、奥の予約席に着席した。


千夏はこの店をすぐに気に入った。木質感あふれる空間で、程よく暗い暖色系の照明がそれぞれのテーブルを照らした。鉄板付きのテーブルは一卓一卓がゆったりしたスペースで、掘りごたつ式の席には少し厚めの座布団が用意されていた。油が跳ねて汚れがちなお好み焼き屋にしては掃除が行き届いており、清潔感があった。


さらに、メニューを開いてみても店の良さが伝わってきた。待ち客は家族連れが多いので子ども向けのメニューばかりかと思いきや、鉄板メニューや一品料理も充実していて、酒飲みが好きそうな酒も豊富に取り揃えてあった。正秋は豚チーズ玉を、千夏は脂質も糖質も低そうなイカ玉をオーダーした。


正秋はお好み焼きを焼くのが手慣れているらしく、鉄板の上で小手で器用にひっくり返した。千夏はそれを見るたびに拍手した。そのわりにダイエット中だからと言って、一切れしか食べずにいた。すると正秋が、リバウンドしても可愛いから大丈夫だよと言い張り、切り分けたお好み焼きを千夏の方へ押しやった。千夏は情けなさそうに笑いながら受け取り、口に運んだ。


それはとても美味しかった。最高だねと正秋に感想を伝えると、正秋は少年のように頬を紅潮させ、はにかんだ。それがあまりにも無垢なので、やはり真の正体は妖精なのではないかと、千夏は疑いを深めた。


「お好み焼きなんて久しぶり。正秋、焼くの上手だね」

千夏は素直に褒め、烏龍茶を飲む。

「これくらい普通だよ」

そう言ってかっこつける正秋のメガネのレンズは、あえなく曇って真っ白だ。千夏はそれを指差し、プーッと吹き出す。

「そんなことないよ。私、ひっくり返すの上手じゃないもん」

「だったら俺がいつでも焼いてあげるよ」

メガネをハンカチで拭きながら、いつでも焼いてあげる、と言って素顔で笑う正秋に、千夏はやけに胸がキュンとする。素顔は意外にも男前である。急に正秋の顔を見られなくなり、小手を握りしめてうつむく。


ここまでの正秋を、千夏はあえて採点してみる。私服のセンス。八十点。お好み焼き。百点。会話。百点。素顔。九十点。え、トータル三百七十点なの。むしろ私はどうなの。まだまだ発展途上の自分に自信が持てなくて、自身の評価は二百十点だ。


おかしい。おかしいぞ。普通、逆だろ。片思いしてる側が得点低くて、されてる側が高得点なはずなのに。千夏は妙に動揺し、わざと艶っぽくない話題を探す。


「正秋はなんか、いいパパって感じがした」

「えー。独身なのに」

正秋はお好み焼きにマヨビームをかけ、青のりを振りかけ、嬉しいような嫌なような微妙な表情を浮かべる。

「だって、私、こういうの下手だから」

「俺、弟いるからさ。休みの日によく焼いてやったんだ」

「へえー。お兄ちゃん、してたんだ」

「うん。千夏は?」


千夏は鉄板から立ち昇る煙を見つめ、千絵のことを思い出す。素直に楽しくきょうだいの話ができず、少ししかめっ面してしまう。

「んー。私は片割れとは、全然。二人でいつも一緒だったけど、どっちもどっちの世話を焼けてないっていうか。どっちも料理下手だったし、女子力低い双子だよ」

千夏が双子だというのは正秋も知っているので、頷きながら笑う。

「そうなんだ。まあ、そうなるよな双子って。やっぱりそっくりなわけ?」

千夏は黙ってスマートフォンを開き、過去に実家で撮った写真を正秋に見せる。

「わー、そっくり…でも、あれ?」

正秋が小手でお好み焼きを切り分けながら、首を傾げる。


「どうしたの」

「これ、いつの?」

「何年か前の、正月の」

「びっくり」

「何が」

千夏は目の前に出されたお好み焼きを一切れ、箸でつまむ。明太チーズも美味いと、思わずほおが緩む。


「千夏」

「ん?」

ん と言った直後、正秋が自分のスマートフォンで激写した。

「ちょっと」

「ごめん。でも、見比べてよ」

正秋は自分のスマートフォンと千夏のスマートフォンを並べて置く。今撮ったばかりの千夏の顔写真と、数年前の千夏の写真がある。顔の肉の面積、メイクの仕方、髪型、着てる服など、全部が他人のようだ。


「あーあ。こんなに可愛くなっちゃって」

正秋は頬杖をつき、うっとりした顔で千夏を見る。少し鼻にズレ落ちたメガネごしに、先程見た素顔がのぞく。

「いいから。正秋ももっと食べなよ」

千夏は顔を赤くして正秋の箸を奪い取ると、それでお好み焼きを一片挟み上げ、強引に口へ突っ込んだ。

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