夜の公園
正秋は走ってきたらしく、体を二つ折りにし、ゼイゼイと息をした。そんな正秋を、千夏は憂鬱そうに見た。
千夏と正秋とは帰る方向が同じなので、朝も通勤電車のなかで一緒になることは時々あった。だけど、このときの千夏は全然嬉しくなかった。一人になりたかった。
好きな男が他の女といなくなったのを見送った直後である。誰とも話したくないのに、正秋は少し遠慮がちに声をかけてくる。
「まだ電車、時間あるよね。ちょっと話さない?」
二人は駅の近くにある公園へ向かった。
何本か立っている街灯が、暗い園内に穏やかな光を投げかけている。オフィス街にある緑地らしく、遊具などはなく、花壇やベンチ、トイレがあるだけだ。正秋は近くの自販機で水を二つ買い、一つは千夏に手渡す。それから千夏が木製のベンチに座ると、正秋はその右隣に座る。
「付き合ってくれてありがとう」
正秋はそう言って背筋を伸ばし、緊張気味に笑う。
「こちらこそ。さっきは助けてくれてありがとう」
緊張が伝染し、千夏もなんだかぎこちなくなる。
「ああ、あんなことくらい。どういたしまして」
正秋はペットボトルのキャップを開け、水をゴクゴク飲む。
「なんか正秋、全然飲んでないみたい」
千夏は正秋の顔色を見て不思議がる。
「はは。飲んでもいないし、食べてもいない」
「正秋のお祝いなのに。お酌ばっかりしてたね。どうしたの」
「別に俺のってわけじゃない。ちょっと、シラフでいたくて」
正秋は落ち着かなさげに街灯を見上げたり、咳払いしたりする。
千夏は正秋を真横からじっと見る。正秋は白井と同様、社内でも貴重な、無害な存在だ。妖精と揶揄されるだけあって、可愛い癒しキャラである。それから千夏は正面に目を向ける。南側と北側に出入り口がある公園なので、そこをつなぐ園路を通り抜けていく人達が見える。会社員らしい通行人もいれば、楽しそうな大学生とおぼしきグループ、手を繋ぐカップルもいる。
「話って何? 終電までには帰りたいんだけど」
千夏は言いながら、スマートフォンをバッグから取り出し、時刻を確認する。
「あ、ああ。ごめん。さっきはほんと、ひどい飲み会だったね」
正秋はベンチに手をつき、水を飲みながら言う。千夏はペットボトルを手の中で持て余し、一組のカップルを見送りながら、すさんだ顔してため息をつく。
「そう? いつも通りじゃない?」
「いや、ひどいね」
「どのへんが」
「千夏に対してだよ」
正秋はペットボトルをベンチの上に置き、今度は両手を膝の上に置く。千夏は分かるような、分からないような気持ちになる。
「彼氏うんぬんとか、男日照りが続いてるとか、そういう下世話なやつ?」
「うん」
「でも、事実なんだよね」
千夏はから笑いしてペットボトルを手に取り、キャップを外して口をつける。焼き鳥で喉が乾いて、ちょうど良い。正秋の視線を感じつつ、千夏の目は正面の園路に向けたままだ。正秋はハンカチを取り出し、額を拭う。千夏はペットボトルをベンチに置く。置いた右手の指先に、ハンカチをしまい込んだ正秋の左手が、わずかに触れる。
「事実じゃないよ。俺は千夏にもっと干渉したい」
「干渉?」
千夏は思わず正秋の顔を見る。互いに見合い、視線がピンと張った糸のように合う。けがれのない、綺麗な目だ。千夏は思わず正秋の目に見惚れる。
「ねえー正秋、実は酔ってる?」
酔ってるなんて本当は思っていない。だけど千夏は急にひよって、視線を正秋のネクタイあたりにずらし、茶化す。
「酔ってない」
「本当は飲んでる?」
「飲んでない」
「本当に?」
「本当に」
正秋が深く息をつくのを、千夏は傍観する。正秋が向き直り、表情が変わった。周りの空気も変わった。これから何を言われるのか、千夏は瞬時に察知した。




