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スイーツ占い

夕方になった。水筒を持ち上げると中身が空だったので、千夏は椅子から立ち上がり、給湯室に向かった。


今日も疲れた。給湯室で新しい紅茶のティーバックを水筒に入れ、熱湯を注ぐ。水筒のキャップをしめ、気まぐれに隣の休憩室の方を見る。窓際のテーブルに両腕を投げ出し、突っ伏している男性が見える。


あの広い背中、引き締まったウエスト、長い手足は、間違いなく冬馬だ。千夏は水筒を置き、コーヒーメーカーにコーヒーカプセルと紙カップをセットする。容器に水が入っているのを確認し、スタートボタンをプッシュする。抽出されたコーヒーが、紙カップに注がれていく。


千夏は紙カップに入ったコーヒーをもち、休憩室に入る。他に誰もいない。千夏は冬馬の隣に座り、テーブルにコーヒーを置く。

「お疲れ様」

千夏が言うと、冬馬が上体を起こす。ぐったりした様子で、明らかに疲れきっているのが分かる。

「ありがとう…ございます」

冬馬は会釈して微笑む。寝起きの無防備な姿に、千夏の胸が(うず)く。

「もういいよ、別に。敬語じゃなくても。大変だったね」

「ああ。うん」

冬馬は言葉遣いを意識してか、ぎこちなく頷く。


「人生の先輩が、営業部へ一緒に報告しにいってあげたわけか」

千夏は先ほどのやりとりを要約しながら、自分は紅茶を飲む。

「うん。俺、そういうの結構、得意だから」

「そうなんだ。私も」

二人の笑い声が休憩室に響く。千夏はタメ語のやりとりを嬉しく思いながら、一方で冬馬は好きな女のために頑張ったのかと、ため息をつく。冬馬は頬杖をつきながらコーヒーをすすり、窓の外を見る。


「この会社。仕事、面白いね」

冬馬がまつ毛をしばたく。

「そう?」

千夏はその顔に釘付けになる。相変わらず勇壮で綺麗な顔立ちだ。

「うん。前職はデザイナーって言ってもさ。社内にいるだけじゃなくて、営業的なことも一緒にやってて。やり甲斐はなくはないけど、デザインの仕事だけに没頭できなかった」

「だから口が上手いんだ」

「その、言い方」冬馬は少し怒ったように笑う。「でもここは違う。没頭させてもらえる」

「ずっとディスプレイに貼りついてんのもキツそうだけどね」

千夏は黒岩や白井の普段の様子を思い出しながら言う。


「大変だよ。でも、集中できていい。一緒にやってる黒岩さんも白井君も、いいデザインするし。黒岩さんなんか、ジャパン製菓のレイアウト、すげーいい感じなんだよ。あの人、画像のレタッチもイラスト描くのも上手いし。バランス感覚いいし。めっちゃ勉強になる」

冬馬はまたコーヒーをすすり、今度は千夏に向けて微笑む。千夏はその笑顔に釘づけだ。唇をきゅっと結び、スカートを掴む。

「そうなんだね」

千夏はそう言い、椅子を冬馬の方へわずかに近づける。会話の内容はどうでもいい。物理的に一ミリでも近づきたいのだ。


「天野さん、進行担当だからあんま、興味ないか」

「そんなことないよ」

「俺らが伸び伸びデザインやってられるのも、進行担当の人のおかげだよな」

「今日はバカに素直だね」

「俺は常に素直だよ」

冬馬が屈託なく笑う。その顔を橙色の夕陽が照らす。千夏はその笑顔に引き込まれてゆく。


自分と冬馬は相性がいい。会話が楽しい。冬馬も今は同じように感じているのではないか。だからそんなふうに笑いかけてくるのではないか。違う? 違わないよね? 千夏は脳内で問いかける。


「杉崎君が入ってから、制作部の雰囲気、よくなったと思う」

はやる気持ちとは裏腹に、やけに冷静な発言が口から飛び出す。

「そう?」

「うん。前はデザイナー達、もっと腹の探り合いみたいなの、あったのに」

「まー、俺は地位向上のために社内営業にも力を入れてるから」

冬馬は自分を茶化すが、千夏はそれに乗らない。

「偉いと思う。そういう気遣い」

千夏は真面目に言って、穴が開くほと冬馬の横顔を見つめる。冬馬は一瞬こちらを見たが、再び窓の外の夕日に視線を戻し、つぶやく。

「千夏に初めて外見以外のこと、褒められた」

千夏は三年ぶりに、冬馬が自分を千夏と呼ぶのを聞いた。


「天野さん、ちょっと手伝い、お願いできますか」

急に背後から声がする。千夏が振り返ると、総務部の男性社員が手を振っている。名残惜しい気持ちを押し殺して立ち上がり、休憩室を出た。


その後、千夏は総務部の部屋で書類仕事を手伝った。少しして、男性社員はトイレのため席をたった。千夏は説明された通り、彼のパソコン上で入力作業を続けた。すぐ隣が総務部部長の席で、そこにはたくさんの書類が積まれていた。うっかり千夏の肘があたり、大きなバインダーがドサッと床に落ちた。


落ちた拍子にバインダーが千夏の足元で開く。それを見て、千夏の瞳孔も開く。人事に関するバインダーで、履歴書や職務経歴書が収められている。冬馬や正秋、春菜の分もある。


社員の個人情報だ。施錠したところに保管していないズサンさに、千夏は半ば呆れる。直後、ふと思いつく。周囲を見回すも、部屋には誰もいない。これをどこかへ売り飛ばすつもりではないと、自分に言い聞かせ、千夏はスマートフォンを取り出す。パシャ、パシャ、と撮影し、急いでバインダーを部長席に戻す。数秒後、男性社員が戻ってきた。千夏は何事もなかったかのように、頼まれ仕事を再開する。


午後六時になった。定時上がりした千夏は、ジムには行かずに帰宅した。

スマートフォンを開き、撮ってきた履歴書の画像を改めて見る。そこには生年月日や血液型が記載されている。


千夏はそれを見つつ、星占い、血液型占い、魚占い、鳥占いど、ありとあらゆる占い本を手に取り、自分と冬馬との相性を占う。結果、星座占いだと五十五パーセント、血液型占いだと四十八パーセント、魚占いでは三十五パーセント、鳥占いでは「あまり合わない」とある。今度は、春菜と冬馬とを占ってみる。星座占いだと七十パーセント、血液型占いだと八十二パーセント、魚占いでは六十四パーセント、鳥占いでは「良好」とある。


どうも結果がふるわない。千夏は今度はパソコンを開き、「乙女の占い☆まとめサイト」にアクセスする。そこには「運命のプリンスに出会える! プリンセス占い」、「あなたはどこの令嬢? 貴族占い」、「世紀の恋占い《上級者編》」など、ありとあらゆる占いがずらりと並んでいる。


千夏はその中から「スイーツ占い〜甘い恋のお相手は誰?〜」のリンクをクリックする。どうやらこれは課金しないと進めないタイプの占いらしい。千夏はしぶしぶオンライン決済を済ませ、自分と冬馬の生年月日を入力する。

診断ボタンを押すと、千夏と冬馬は、「最高」と出る。

一方、春菜と冬馬は「最悪」と出る。


千夏は、スイーツ占いの結果のみ信じることにした。

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