女磨き
五月に入り、ゴールデンウィークになった。千夏は基本的に自宅で過ごし、粛々と「吉高由里香改革」を継続した。
美人は家の中が綺麗だと、美穂と一緒にいたダンスサークルのメンバーの一人が言った。それを思い出し、千夏はゴールデンウィーク中、家の中を大掃除した。要らないものが山となって、燃えるゴミが八袋、燃えないゴミが五袋できてしまい、一人で笑った。自分はゴミとともに暮らしていたことに、気づかされてしまった。
別のメンバーはこうもアドバイスした。独身女は放っておくとどんどん枯れていくから、いつでも生き生きした花を視界に入れておいた方がいい、部屋に切り花か鉢植えを置くべきというものだった。そんなわけで、千夏は近くの花屋でバラの鉢植えを買ってきた。ピンク色のつぼみを沢山つけていて、これから咲くのを楽しみにしながら、自宅の窓辺に置き、水やりをした。
ダイエットにもさらに力を入れた。気温が急に上がり、冷たい甘いもの──アイスクリームやデザートドリンクを体が強烈に欲したし、気を抜くと大好きなタルト専門店「メルティー・タルト」のウェブサイトをチェックしてしまうが、どうにか自制した。その代わり、蕎麦を茹でてざる蕎麦にして食べた。冷たくて喉越しがよく、初夏を感じられてよかった。
「オシアス」にはたっぷり運動しに行った。ボクササイズをやっていない時間帯では、ヨガやピラティスにも挑戦した。フィットネス用の水着も買って、プールでひたすら泳いだ。
休み中はいつも空腹感につきまとわれ、千夏はげっそりしていた。だけど、気持ちは充実していた。毎朝、体重の底値記録はじわじわ更新され、千夏に新たな自信を植えつけた。
ネイルサロンや脱毛サロン、例のダンスサークルのメンバーが勤める美容室にも行った。財布から出て行く万札を見送りながら、千夏は動揺した。これまでの節約生活を振り返ると大変革だし、やり過ぎなようにも思えた。
だが、なかなか化粧水が染み込まない肌や、たるんと垂れた二の腕や尻を鏡越しに見て、今までがやらな過ぎだとも思えた。美穂や、ダンスサークルのメンバー達はみんな外見が良かった。女を磨いていると、年齢関係なく美しく輝けるのだと、千夏は激しく納得した。
千夏がダイエット開始してちょうど一ヶ月が経った日、美穂が千夏に声をかけた。サークルメンバーと練習してきたらしく、前と同じファミレスでランチすることになった。
「女を磨いてる方が人生は楽しいものよ」
メンバーの一人が言う。千夏はノンシュガーのホットティーを飲みながら、もっともだと頷く。
「千夏ちゃん。かなり吉高由里香に近づいてきたと思わない?」
別のメンバーが千夏をまじまじ見ながら褒める。千夏は恥ずかしくなって照れ笑いする。六キロ落ちて、今の体重は五十六・四キロだ。
「そうですか? ありがとうございます」
「顔の肉がとれたのね。もともと品のある顔してるのよ」
「ねー。黒髪ロングの韓国風パーマ。私がやってあげたの。吉高由里香のイメージとは離れちゃったけど、本人には似合ってるでしょ」
美容師のメンバーが千夏の巻き髪をちょんちょん触りながら言うと、皆も力強く頷く。
「そのネイルもいいじゃん。かわいー」
そう褒めながら、他のメンバーが千夏の手を取る。千夏のネイルは先端からピンク、根元に向かってホワイトのグラデーションをかけ、ところどころ繊細なシルバーのラメやストーンをあしらっている。
「でもさあ、服は?」
さらに別のメンバーが、千夏が着ている白いTシャツと地味なグレーのマキシスカートを指さして指摘すると、千夏は曖昧に笑う。
「もうちょっと体重落としてから買おうかなって。どんなのがいいと思います? 自分じゃよく分からなくて」
千夏が質問すると、メンバー達は蜂の巣をつついたように喋り出した。それぞれがスマートフォンで画像検索し、一枚でサマになるワンピースは持っておいた方がいいとか、サンダルで夏を先取りしろとか、初夏には爽やかなグリーン系のアイテムを取り入れろとか、前回集まった時よりもさらに細かい具体的なアドバイスをし始めた。
さらに、メイクもトレンドを取り入れて遊んだ方がいいとか、特にアイメイクはこまめにチェックしろとか、アクセサリーは肌のカラートーンに合わせて選ぶと失敗しづらいとか、傘にもこだわると梅雨の時期でも顔色がよく見えるとか、ファッションに関する膨大な知識を授けた。千夏はその全部をスマートホンにメモしたり、メイクや着こなしの参考になるウエブサイトを保存した。
「ありがとうございます。皆さんみたいに綺麗になれるようもっと頑張ります」
千夏は大真面目に言い、皆に頭を下げる。
「棺桶に片足突っ込んでる私より遥かに綺麗。安心していいわよお」
最年長のメンバーが言い、皆はドッと笑う。
「ちなっちゃんがレディになってきて、私も嬉しいよ」
美穂も誇らしそうに微笑んだ。
ゴールデンウィーク最終日、千夏はオシアスから帰ってくると自宅のベッドに寝転がり、スマートフォンを手に取った。メッセージアプリを開き、正秋とのやり取り画面をじっと見た。
正秋と二人きりで食事に行ったことは一度もない。妖精だからとバカにしていたのが原因ではない。行くとしたらいつも他に誰かが一緒だったし、最近だといつも春菜が一緒だ。春菜が正秋に本気らしいことに気づいてからは、千夏の方が敬遠してしまったのもある。
それなのに正秋は千夏を食事に誘ってきた。二人で夕食や飲みに行くのは気が進まず、一旦は断ったのだ。それでも尚、正秋は誘ってくる。連休明けのランチならいいよと、千夏は返信した。




