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目撃

千夏がダンボールをドスンと置くと、黒岩と冬馬、白井は顔を上げた。


「ねえ。このコンペ、取れたら結構、美味しいと思うよ」

千夏は正秋を真似て、営業スマイルをつくって言う。

「そうですか?」

黒岩の言い方は反抗的だ。

「だってほら、ここに書いてあるじゃん。これ取れたらパンフとリーフレットもお願いする、ってあるよ。ウェブの特設サイトもつくるから、それもって。そのデザインは多分、ほぼ流用していいっぽいし」

千夏がコンペの書類を見せ、細かな文面を指さすと、黒岩達はそれに食いつく。

「本当だ」

「最初だけ大変だけど、その後はラクだよ。この案件、スケジュールもわりとユルいし、金額もデカいし、黒岩さんならいけると思うけど」

千夏は冬馬と白井は放置し、あえて「黒岩さんなら」の部分を強調して言う。黒岩は神妙な顔をしている。そうだ。考えろ考えろ。メリットしかないんだぞと千夏は念を飛ばす。


「でも、競合、どこなんですか」

黒岩の油断のない指摘に、千夏はウッと言葉につまる。ここでいい加減なことを言うと、信頼関係にヒビが入る。千夏は自席に戻り、社内用のチャットを開く。数日前の、正秋と長谷川、住谷、千夏がやりとりしている会話が見つかる。めぼしい競合他社名を付箋にメモし、再びデザイナー三人のもとへ戻り、黒岩の隣の空席へ座る。

「競合の有名どころは、e-ミライワークス、新東京メディアクリエイト、G &Gデザインあたり…かな」

千夏が言いにくそうに言うと、黒岩は背もたれにぐっと寄りかかる。


「あー、やっぱり。強敵ばっかじゃないですか。無理ゲーですよ」

「確かに厳しい」

千夏は素直に認める。

「負け戦なら私、やりたくありませーん」


出た。黒岩は実力はあるのに、相手が強敵だと分かると途端に勝負を捨てる。これまで何度も、千夏はなだめすかし、おだててきた。だが、今日はしんどい。ダイエット中で燃料不足だ。


「沢井モーターのバイクって。毎回洗練されたやつ、出してくるんですよね」

ふいに白井がぼそりとつぶやく。

「だなー。バイク好きは大抵、沢井に始まって、沢井に戻ってくるもんな」

同調する冬馬と、千夏は目が合う。何か言いたげな目だ。お手並み拝見とでも言われているような気がして、千夏は気力を振り絞って立ち上がり、冬馬と白井の間に立つ。


「バイクのカタログは、男から見ると結構、魅力的なのかな」

「そうです」

白井は即答する。

「かっこいいよね。沢井モーターのバイク」

千夏は月並みの意見を言いつつ、男二人の肩を叩く。白井は少し照れているが、冬馬はニヤニヤしている。

「確かに黒岩さんは、ジャパン製菓の制作できついよね。長谷川さんに言って、後輩二人にだけ参加させよっか」

黒岩の目元がビクッと動くのを、千夏は確かに視認する。これはアレだ。私を蚊帳の外にするなという顔だ。

「私は黒岩さんのつくったやつも見たいけど…」

千夏は慎重に、あえてしおらしく言ってみる。さあ、どうだ。釣れるか。釣れないか。

「まあ、私も、やりたくないわけじゃないですけど」

黒岩の口元が少し笑っている。よし。ここまでくれば大丈夫だ。千夏はさらにエンジンをかける。


「黒岩さん、最高にセンスいいもん。でも、無理しないで。スケジュール厳しいなら、長谷川さんに私から言っとくから」

千夏はここで優しく笑い、敢えて黒岩を突き放す。がっついてはいけない。

「いえ。そこまでじゃないんで」

おお。やってくれるんだな。千夏は腹の中でガッツポーズを決める。

「ええ。本当? 参加できる?」

「できます」

言った。言わせた。千夏は今度こそ心からの笑顔を送る。黒岩は床に置かれたダンボールに目を落とし、参考書を取り出す。それを机の上に置き、黙って読み始める。白井もそれに続き、ほかの参考書を漁り始める。冬馬だけは椅子を揺らし、意味深に笑ってウインクするが、千夏は無視する。

遠くから視線を感じ、千夏は顔を上げる。正秋が少し離れたところからこちらを見て、安堵したような笑みを浮かべている。今度のは社内用の営業スマイルじゃない。千夏は少し笑い返し、自席に戻った。


その日もなかなか忙しかった。クリエイティブEXPO(エクスポ)用のデジタルサイネージの制作にあわせて、会社案内のパンフレットも刷新することになった。動画にもパンフレットにも社長と社員のインタビューを入れることになり、準備や撮影当日の段取りなど、千夏が担当することになった。


社外のビジネスパートナー達とのやりとりが長引き、千夏は午後十時時近くまで残業した。タイムカードを通し、周囲を見回した。住谷はまだ残っていたが、デザイナー達は参考書を放り出し、帰宅したようだ。帰る前にそれらを返却しておこうと、参考書をダンボールに入れ、制作部の部屋を出た。


今日も、疲れた。空腹でめまいを起こしそうだ。階段を上ろうとしたところ、降りてきたセクハラ大王の生野に出くわした。今日もプルプルしてるねと、胸元をいやらしい目で見られた。よろめくふりしてわざとダンボールの縁でどついたところ、それが生野の頭にぶつかり、カツラが床にばさりと落ちた。慌てて駆け降り拾い上げる生野を横目に、千夏は吹き出しそうなのをこらえ、逃げるように階段を駆け上った。


七階の廊下を歩き、お腹が鳴り出した。こんな時間から夕食を食べたら太ってしまうし、運動する気力もなかった。なので今夜は「運動もしない食べないで寝てしまおう作戦」を採用した。


フラつきながら資料室の前にたどり着いた。日々のトレーニングで手首の筋肉痛がひどいので、千夏はダンボールをいったん床に置き、ドアの取手をゆっくり回した。それからダンボールを持ち上げ、静かに中へ入った。腰が痛くてしんどいなと思っているところ、部屋の奥から声が聞こえてきた。


「ここじゃダメ」

「我慢できないよ」

「見つかったらヤバいよ」

なにやら男女が言い合っている。なんだ。見てはいけないやつか。だけど好奇心に勝てない。千夏はそっと近寄り、奥の様子を伺う。


資料室には背の高い本棚がいくつも並んでいる。パッと見たところ、誰も見えない。声がするのは、一番奥の本棚の方からだ。そろそろと足を運び、音を立てずにさらに近づく。一番奥の本棚の、一つ手前の本棚の隙間から、若い女と中年男の顔が見える。春菜と営業部の課長、林だ。


林の身長は百八十以上はあるだろうか、なかなか引き締まった体格をしている。四十代後半と思われる既婚者だが、中年のわりに白髪が少なくシワも少なく、若々しい。出張すると必ずお菓子を各部署に配り、部下の面倒見も良いとあって、若い社員から人気なのは千夏も知っている。


そんな林と春菜はがっちり糊づけされたように、激しいキスをかわしている。それどころか、林は春菜の着ているブラウスを半分以上、脱がしている。今はブラジャーの紐に手をかけ、胸の谷間に顔を埋めている。春菜がのけぞり、わずかに喘ぐ。千夏はそれを呆然と見つめる。


次に二人は互いに見つめ合う。林は春菜の耳にキスし、春菜はくすくす笑い出す。

「理乃にバレたらどうするの」

「あいつは別にいいんだよ」

「理乃と私だったらどっちがいい?」

「愚問だな」


千夏は衝動的に、バッグからスマートフォンを手にとる。カメラレンズを向け、「REC」のボタンをタップした。

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