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デザインコンペ

千夏がダイエット生活にもだいぶ慣れてきた、四月の下旬の朝だった。出勤するとエントランスに掃除機をかけていた美穂が、少し、体が薄くなったねと体型変化を褒めた。千夏はそうだろう、そうだろうと内心でドヤり、満足そうに頷いた。本当はウエストが六センチも減ったことを言いたかったが、他の男性社員がそばを通ってきたのでそこは黙り、まだまだです、今週中にもう一キロ減らしたいんですと謙虚な姿勢をみせた。美穂からは一緒に頑張ろうと言われ、背中を軽く叩かれた。


千夏は機嫌よくエレベータに乗った。頑張ってではなく、頑張ろうと言われたのが嬉しかった。一人でたどり着けなそうなゴールも、美穂となら大丈夫な気がした。起床後に計量したら五九・一キロで、開始当初から比べるとマイナス三・四キロだった。ゴールはマイナス十キロだから、残りはあと六・六キロ、いいペースだと自画自賛した。


制作部の部屋に入り、タイムカードを通した。自席の椅子に背筋を伸ばして座り、ダイエットスリッパに履き替えると、急に空腹を覚えた。水筒の蓋を開け、温かい麦茶を飲んで誤魔化した。そこへ、ダンボールを抱えた長谷川が声をかけてきた。千夏はデザイナー達と隣のミーティングルームへ移動した。


制作部の部屋に併設したミーティングルームはパーテーションで三つのスペースに仕切られている。長谷川はそのなかでも一番広いスペースを陣取り、千夏とデザイナー達を座らせる。

「失礼します」

遅れて部屋に入ってきたのは正秋だ。手にはノートパソコンと印刷物を抱えていて、それらをテーブルの上に置く。正秋は印刷物を一部ずつ配り、軽く咳払いすると、営業スマイルを浮かべて説明し始める。


「今度、デザインコンペに参加します。クライアントは沢井モーターです」

沢井モーターといえば大手バイクメーカーだ。今まで自社の営業達が仕事をとろうと奮闘してきたところである。

「今度、新しい車種を販売するらしいんだよ。うちと、他に何社かコンペに参加する。今回はカタログだけど、ボリュームは少なくて八ページもの。表紙含めた前半四ページのデザインイメージが欲しい。一人一案ずつ、ゴールデンウィーク明けに提出してもらいたい」

長谷川の説明を、千夏はパソコンにメモする。デザイナー達は新車種のデザインコンセプトが詳細に書かれた冊子を正秋から受け取り、それを眺め始めた。


ミーティングは早々に終わった。長谷川は千夏にダンボールを寄せ、見たら資料室に戻しておいてくれと言い、足早に外出していった。千夏はダンボールを開いた。なかには、デザインの参考書らしきものが入っていた。


残りのメンバーは制作部の部屋へ戻り、自席に座る。早速、黒岩や灰原がぶつぶつと不満を言い出す。

「クリエイティブEXPO(エクスポ)の準備もあって忙しいのに、よくコンペなんかに参加しようって思ったよね」

黒岩の声が嫌味ったらしく室内に響く。

「スケジュール、結構厳しいですもんね」

冬馬はそれに軽く頷きつつ、口をすぼめる。

「営業はともかく、うちら制作側には恩恵があるのかなあ」

黒岩は自虐と嫌味を込めてケラケラ笑い出した。


その「営業」の正秋はまだ同じ室内にいて、ディレクターの住谷と別件で話している。黒岩と冬馬は正秋にも聞こえるであろうボリュームで話し続けている。

「コンペって嫌い。取れるか取れないか分かんない仕事に無駄に労力さかれてさ」

「しんどいっすよね。最初からちゃんとうちだけに振ってくれる仕事、取ってきてもらえる方がラクだし」

「本当、それ。今やってるジャパン製菓のカタログ。いつ終わんのよって感じ」


千夏は次第にイライラしてきた。

黒岩達、デザイナーは実作業をする側だから、不満が溜まるのも無理はない。デザインは数学のように答えが一つだけとはならない。Aが良ければBが良い場合もあるし、双方が良いときもあれば、どちらもダメというときすらある。そんなしんどさと向き合うのが、デザインという仕事だ。


だけど、こないだから黒岩はずっとこの調子だ。正秋に限らず、他の若手営業がとってきた仕事にことあるごとにケチをつけている。コンペでなくて、確実にもらえた仕事だったとしてもクライアントのロゴがダサいだの、原稿が多すぎるだの、イラストを書き起こすのがダルいだの、不満を垂れ流す。それも、長谷川がいなくなったタイミングでそれを始める。


そんなに不満があるならフリーランスでやってみろ。全部一人で仕事を回してみろ。それができないから会社にぶら下がってんだろ。千夏はチラリと正秋を見る。正秋はまだ住谷と話しているが、ときどきデザイナー達の様子を見ているようだ。千夏は手元に目を落とす。正秋が配ったコンペ詳細の書類だ。


さらに、千夏はミーティングルームへすたすた歩いていく。先程、長谷川が置いていったダンボールを持ち上げ、制作部の部屋へと戻る。座席の前に行き、コンペ詳細の書類をダンボールの上に乗せると、デザイナー達のそばへ歩み寄った。

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