ダイエッターの邪魔すんな
その日の昼休みだった。休憩室に行く気になれず、千夏が自席で弁当を開いたところ、黒岩が千夏に話しかけてきた。
「天野さんて最近、お弁当づくり頑張ってますよねー」
千夏は黒岩の方を見る。その口ぶりと表情から、何が言いたいのかは分かる。どうせお前なんかが努力をしたとこで続かない、無駄だと顔に書いてある。黒岩本人はそれをひた隠しにしているようだが、意地悪い目つきのせいでバレバレだ。千夏は、先日の『笑顔が良ければ誰でも美人』という言葉を思い出す。
「うん、頑張ってる」
千夏は弁当に向かって笑顔をつくる。黒岩のムカつく顔さえ見なければ、笑顔はいくらだってつくれる。
「えらいですよねー」
「うん」
「でもドレッシングは本当に気をつけた方がいいですよー。特にノンオイルとか謳ってるやつー」
「うん」
「あれって脂質は抑えられても、糖質は摂りすぎますからー」
「ははは。うん」
「私の場合はー。一日の総エネルギー量を計算して食べてるんで、昼は抜いちゃっても大丈夫なんですけどねー」
「うん」
「そこさえ守っとけば、何食べても太らないですしー」
「うん」
「いかに効率よくやるかが大事ですよね、ダイエットってー」
「うん」
万年ダイエッター黒岩の議論を右から左に流していると、冬馬が背筋を伸ばし、話に割り込んでくる。
「本当だ。天野さん、今日はおにぎり三つじゃないんですね」
「ねえ白井君。平田クリニックのパンフ、四ページ。今日、入稿できそう?」
千夏は冬馬を即無視して、白井の進行具合を確認し始めた。
午後は一時間だけ残業して、千夏はタイムカードを通した。
今日もジムへ行ってトレーニングだ。しっかり贅肉を落とさなければ。千夏がエレベータを降りてエントランスに出ると、営業先から帰ってきたらしい正秋と春菜に会った。
「お疲れ」
素通りしようとしたのに、正秋が声をかけてくる。
「お疲れ」
千夏はなるべく視界に春菜を入れないよう、正秋だけに言う。
「千夏の朝のプレゼン、かっこよかったね」
「プレゼンしたつもりはないけど…」
「いいと思うよ。EXPOでサイネージ導入してみたら反応よくなると思う」
「ねー係長。早く行きましょうよお。あ、千夏さんおつでーす」
春菜が正秋と強引に腕を組み、千夏にも挨拶する。千夏は遠慮がちに頷く。
「千夏さん、知ってます? 駅前に新しい日本酒バルできたんです。千夏さんは日本酒…苦手でしたよね。私、これから係長と行くんです」
係長と行くんです、であって、千夏さんも一緒に行きませんか、ではない。
やっぱりな。そうだよな。春菜とは心から仲良くなれることはないんだと、千夏は改めて思う。正秋が絡んでいるから尚更だが、最近、自分に対して少しよそよそしくなったと感じる。一方で、自分もダイエットのため、春菜と一緒に昼食を食べることが減ったし、話を聞いてやる機会は減っている。それもあるんだろうと考える。
「へー。そー。楽しんできてねー」
千夏の口ぶりは完全に棒読みだ。
「千夏も一緒に行こうよ」
「えー、係長、私とデートじゃないんですか」
すぐ横で春菜が不満げに声をあげ、正秋の腕を引く。千夏は、正秋の目をなんとはなしに覗きこむ。正秋はうーん、と曖昧な声を出す。
「春菜、杉崎が見つけた店なんだから、あいつを置いてっちゃ可哀想だよ」
正秋が春菜の方に向き直って言う。
「私は係長と二人きりがいいんですってば」
「そう言うなって。ねえ、千夏も行こうよ」
正秋は春菜を軽くいなして、千夏と目を合わせようとしてくる。
「係長ー」
正秋と春菜が言い合いを続ける横で、千夏はぼんやり考え込む。
これも同情か。いや、信じ難いが、正秋は多かれ少なかれ、自分に好意を持っている。十年間、ただの同期でいたのに、急にどうした。デブ専か。こんなに可愛い春菜がいるというのに。確かに自分の体重は三キロは減った。股ずれも減った。だが、平均体重はまだまだ遠い。
たとえ日本酒バルでなくとも。グアバサワーバルだとしても。ダイエットにアルコールは有害。筋肉の敵だ。
「んー。私、ダイエット中だから。ごめん」
千夏は笑顔で断ると、玄関ドアをくぐり、ジムへ向かった。




