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ダイエット始動

千夏はダイエットを始めた。

まず、朝食にマーガリントーストを食べるのはやめた。パンそのものもやめ、一日三食、白米を食べることに決めた。以前なら二百五十グラムは食べていた米を、毎食百ニ十グラムと決めた。

脂肪の多い皮つきの鶏もも肉や豚バラ肉は避け、鶏ササミや豚もも肉をおかずにとり入れた。さらに、野菜や海藻の味噌汁、煮物類を率先して摂るようにした。酒と砂糖たっぷりミルクティーは封印した。


運動は週に六回、必ずやった。一番とっつきやすいのは過去に教わったボクササイズだが、せっかくジムを契約しているんだからと、美穂がマシンの利用を勧めた。肩、腕、背中、お腹、尻、脚など、各部位を引き締めるのに効果的なマシンは、それぞれ満遍なくやってみることにした。さらに、柔軟性がないと痩せにくい部分もあるとのことで、柔軟体操にも励んだ。気力があるときはランニングや水泳もやるといいと言われ、素直に従った。


睡眠はとても大切だと美穂に言われ、毎晩十二時には寝るようにした。残業で遅くなっても、最低でも五時間は確保できるよう努めた。そう決めなくても、日曜以外は運動するようになり、仕事もしているしで、毎日クタクタだった。朝起きるのがしんどく、仕事中も鼻ちょうちんができそうだった。


毎日、体のどこかが筋肉痛で、特に足の筋トレをした日は身の危険を感じた。文字通り千鳥足になり、何度かアパートの階段を踏み外しかけた。パンプスを履くのは控え、なるべくスニーカーを履くようにした。


筋肉痛よりも辛いのが空腹だった。亀石に再びお使いを頼まれたとき、衝動的にコンビニでミルクティーを買ってしまった。仕方がないので甘党の白井にあげると、本人は喜んでいた。彼の机の上に常備されているグミに惹かれ、代わりにそれをちょうだいと言いそうになっている自分が情けなかった。業務中、少しでも暇があるとブラウザで大好きなチョコタルトを検索してしまうし、トイレに行って一人になると決まって「お腹すいた」とぼやいた。夜はショートケーキの夢かカヌレの夢、マカロンの夢、または焼きとんの夢を見た。


辛いときこそ、吉高由里香のポスターが気力をくれた。見ているだけでムクムク、力が湧いてくるから不思議だった。豊かなバスト、くびれたウエスト、突き出たヒップを心から尊敬した。こんなものを部屋に貼るのは欲求不満な男のやることだと思いつつ、自分がこれになるイメージを膨らませた。


千夏は自分の体を触った。最重要課題は腹だった。これを凹ませ、なんとしても美しいくびれをつくりたかった。もう田舎の母ちゃんにも、ヒグマにも、怪獣にもなりたくなかった。全身の脂肪をゴミ袋にまとめ、燃えるゴミの日に出せたらとも思った。私は変わる、変わってやるんだと言い聞かせ、鏡の前で笑顔の練習に励んだ。


体重は毎朝測った。前日の頑張りがそのまま反映されないことも多かったが、そういう時は大抵が水分が溜まっているだけだよと美穂が教えてくれた。二週間かけて、三キロ落ちた。


ある朝のことだった。

制作部の部屋で、長谷川の周りに住谷やウェブディレクター、営業部員が何人か集まった。クリエイティブEXPO当日の出展ブースをどうするかを具体的に詰めているようだった。社長の亀石も後からやってきて、皆が意見交換し始めた。


「知名度のある会社の制作物を、バン、バン、バンと三点は並べたいんだよ」

亀石が言うと、長谷川や他のメンバーが頷く。


千夏は腕を組み、口を真一文字にする。さらに、前年に出展したときのことを思い出し、唇を軽く噛む。

我がヒロイン・デザインは古臭い。顧客が教育機関や医療系、金融系など、お堅く保守的な業種が多いのも、原因のひとつかもしれない。亀石や長谷川が古臭いのが好きというわけではなく、新しいものにチャレンジする機会が少ないのだろうと千夏は予想した。


社名もそうだ。今っぽくないしすでにダサい。ヒロインがデザインする会社とは何か。それとも映画のヒロインのように美しいデザインをしますよと言いたいのか。分かるようで分からない。創業者の亀石の父はとっくに引退しているので詳細は知らないが、なんとかワークスとかなんとかデザインファームとか、そういう名前にすればいいのにと千夏は思う。


デザイン会社に今っぽさは重要だ。トレンドに敏感でなければ遅れをとる。きっと長谷川はそれを分かっているが、どういうわけか亀石に強く意見することをしない。意味がわからないと、千夏は反感を覚える。


普段ならこんなとき、絶対に口を挟まない。与えられた仕事を淡々とこなすほうがラクだ。なのに空腹でイライラし、何か意見せずにいられない。千夏はふいに立ち上がり、皆の輪の中に首を突っ込む。


「ポスターとかパンフレットの現物を置くだけだと、地味だと思います」

「地味?」

亀石が机に肘をつき、千夏の方を見上げる。

「はい。印刷物を並べるだけだと印象が薄いし、視覚的に動きがありません。去年もうちのブース、ちょっと…映えなかったと思うんです」

千夏は少し言いにくそうに言い、亀石の顔色を伺う。亀石は怒った様子もなく、腰に手をあてて頷く。

「周りはライバルだらけですし、もっと華がある方がいいです」

千夏は力を込めて言い切った。

「と言うと?」

長谷川が腕を組む。顔は真剣そのものだ。千夏はゴクリと唾を飲む。

「ほら。こないだ、高砂さんが言ってたじゃないですか。最近、デジタルサイネージの制作もしています、って」

「あー」

千夏がビジネスパートナーとして付き合いのある動画ディレクター、高砂の名前を出すと、皆はしきりに頷く。

「サイネージは動画だから存在感もあるし、絶対いいと思います。うちの宣伝用に高砂さんにつくってもらうのはどうですか。こんなふうに制作してますみたいなストーリーをつくって」

「採用。あまなつ、すぐに高砂さんに連絡入れて」

千夏の問いかけに寸暇を与えず、亀石が大声で即答した。

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