吉高由里香改革
一向はそれぞれ自転車に跨った。美穂の自転車は荷台付きのママチャリなので、体重の重い千夏が前に乗り、美穂が後ろの荷台に乗った。運動不足なせいで、かなりしんどい。美穂は四十キロもなさそうなのに、それでも重い。千夏は競輪選手になったつもりで、根性出して漕ぎまくった。
皆で少し走らせた先にあるファミレスに入り、窓際のコーナー席に座った。そこで美穂がそれぞれ自己紹介させた。
ダンスサークルメンバーは美穂を入れてちょうど十人いて、皆、ご近所さんだったり、オシアスの会員らしかった。下は二十代から上は七十代までいて、全員明るく威勢がよかった。千夏と同い年のメンバーもいて、にわかに話が盛り上がった。
「ねえ、それでね。みんな、聞いて」
美穂が切り出すと、皆は急に喋るのをやめる。千夏はパンケーキをパイナップルジュースで飲みくだし、美穂を見上げる。
「ここにいる、ちなっちゃんがね。自分改革したいんだって」
「改革って?」
四十代くらいのメンバーが尋ねる。
「いい女になりたいってことだよ」
美穂が言うと、千夏は力を込めて頷く。うん、その通りだ。恥ずかしいけど、端的で分かりやすい。つまりは、そういうことだ。怪獣はもう懲り懲りだ。人間になりたい。人間の女になりたい。ならせろ。
「ふーん。じゃあまずは、ダイエット?」
二十代前半くらいの、若いメンバーが頬杖をつきながら言う。
「だね。それと、髪型ももっと可愛くしたほうがいいよ。私、美容師なの。うち、おいで」
すぐ隣に座っている三十代後半くらいのメンバーが、千夏の髪を触りながら言う。
「どうしたの。男に振られたの」
七十代と思われる年長者の問いかけに、千夏はおとなしく頷く。
「そうなんです。他に好きな子がいるみたいで…。こんな見た目じゃ当然ですよね」
千夏は言い訳しながら、自然とうつむいてしまう。
「そんなことないよー。でも、メイクはもっと明るい色使ったほうがいいよ」
他のメンバーがハキハキした声で励ます。
その後、皆からネイルもやれだの、服はどんなラインを着てるのかだの、あれこれ指示されたり、質問されたりして、千夏は笑った。覚えきれないことはスマートフォンにメモしつつ、皆の話に耳を傾けた。どれもこれも具体的で、的確で、素晴らしい意見ばかりだった。早速実行しようと、千夏は自分自身に誓った。
「少ーし若くした、女優の吉高由里香って感じ。ね、みんな、似てるよね」
千夏と同い年のメンバーが、千夏をまじまじ見つめながら言う。すると一部のメンバーも頷く。
「うん。似てるかも」
他のメンバーも「そう言われてみればそうだ」という表情で頷き、同調する。
「いやいや、吉高由里香はないですよ」
千夏はくすぐったくなって謙遜する。みんな本当にいい人だなと、感謝の気持ちが湧いてくる。
「吉高由里香ってどんなのだっけ」
年長者が訝しげに尋ねると、他のメンバーがスマートフォンで画像を見せる。
「うーん。そうかあ?」
年長者が眉をひそめて首を傾げるので、千夏はその正直なリアクションに声を立てて笑う。当然だ。自分が女優に似ているわけがない。
「あら。私は似てると思う。ねえ、あなた。磨けば綺麗になるわよ。頑張りなさいよ」
今度は五十代くらいの品の良さそうなメンバーが、優しく微笑みかけてくる。他のメンバーも、美穂も首を縦に振る。
「どんな男だか知らないけど、見返してやんな。それとねえ、大事なことを一つ」
「はい」
年長者が厳格そうに眉をひそめて腕を組む様子を見て、千夏は背筋をしゃんと伸ばす。
「女は笑顔。笑顔が良ければ誰でも美人。運だって引き寄せる。毎日鏡の前で、しこたま練習しな」
年長者はそう言って、クールに笑ってみせる。その言葉が、千夏の耳にこだまする。特に「運」という言葉に激しく反応してしまう。
その後もしばらく、皆でおしゃべりを楽しんだ。しばらくしたらまた会おうと約束して、千夏は皆とファミレスで分かれた。家に向かって歩きながら千夏は物思いにふけった。吉高由里香は、最近どこかで見た。そう、確か若い頃の。水着姿の。
少し考えて、すぐ思い出した。それから駅前へ駆けて行った。
千夏が沖縄料理屋「ニライカナイ」の前へ辿り着くと、店はランチ営業もしているらしく、昼も客が出入りしていた。店内へ入ると、店長が愛想よく挨拶した。
「今日はお一人ですか。どうぞ」
「ごめんなさい。お願い、これ、ちょうだい」
千夏は息を切らし、窓際の席へずんずん歩く。ポスターの上部のピンを引っこ抜き、ベロリと剥がす。そばで食事していた客達は呆気に取られ、千夏をガン見してくる。
「え、あ、ちょっと」
「また飲みに来るから。ごめんね店長」
千夏は吉高由里香のポスターをまるめ、アパートに向かって駆け出した。




