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歓送迎会①

金曜日の朝を迎えた。出勤した千夏はエントランスで、ジャージ姿で熱心に掃除機をかけている美穂に会った。

「美穂さんおはようございます」

「ちなっちゃん、おはよう」

「この間はすいません、友達のお母さん設定になってもらっちゃって。ありがとうございます」

千夏は前日のことを詫びた。美穂は気にしてないよとでもいうふうに、笑顔を輝かせた。


「ねえ、今日、ジム行く?」

美穂が掃除機を隅々までかけながら尋ねる。

「いえ、今日、会社の歓送迎会があるんですよ」

自分で言いながら、千夏はうんざりする。社内の飲み会を楽しいと思ったことなど皆無だ。

「あー、そうか。私もヒロイン・デザインの社長さんに声かけられたんだけどさ。行ってもいいのかな、社外の人間なのに」

「もちろんですよ。美穂さんってそういえば飲めるんですか」

考えてみれば、美穂と飲みに行ったことはない。千夏と美穂が会うのはいつもオシアスだ。

「まあ人並み程度にはね。じゃあ、夜にまたね」

「はい」


千夏は美穂に手を振り、六階に上がった。ヒロイン・デザインのエントランスを通り、制作部の部屋に入り、タイムカードを通した。いつものように自席の椅子の背もたれにもたれて座り、水筒のキャップを開けると、砂糖たっぷりミルクティーを飲んだ。スケジュールを確認すると、新入社員の歓迎会は駅前の居酒屋で六時半からだ。千夏は伸びをすると、業務に取り掛かった。


午後六時半に、駅前の雑居ビル地下一階、海鮮居酒屋「はないち」で歓迎会は行われた。ここは会社がよく使っている店で、店員達もヒロイン・デザインの人間のほとんどと顔馴染みだった。店で一番広い座敷をあてがわれ、参加した社員達はそれぞれグラスを手に取り、社長の挨拶、営業部長の音頭に合わせて一同、乾杯した。


千夏は室内を見渡す。座敷には掘りごたつ式のテーブル席が縦にニ列、並んでいる。千夏は軽く美穂に挨拶してから、隅のテーブル席に足を滑り込ませた。正秋はその右隣にすわる。向かいの席に総務部の課長、生野(いくの)が、斜向かいには制作部ウェブデザイン課のエンジニア、柴田(しばた)が座る。それぞれ料理を取り分けし合いながら、雑談を始める。寡黙な柴田はともかく、千夏は生野のことは嫌いだ。五十代の既婚者でキャバクラに足繁く通っているらしく、セクハラ大好きな小男なのだ。


「天野さんはもう、十年目だったね」

生野がビールの入ったグラスを手にヘラヘラ笑いかける。

「いえ、もう十一年目です」

「あ、そう? 安田君も?」

「はい」

正秋は折目正しく答える。

「天野さん、お疲れ様です。三年間お世話になりました」

そう言って、グラスを片手にやってきたのは灰原だ。灰原は最近まで有休消化していた女性のデザイナーで、冬馬の前任者である。

「いいえ。こちらこそお疲れ様。結婚退職おめでとう」

言いながら、千夏は自分のグラスを灰原のグラスにぶつけ、虚しさを覚える。結婚。自分よりもずっと若く、二十代半ばの灰原が先に寿退社とは。


「そんなにおめでたくないんですけどね。同棲期間、長かったし」

そんなこと聞いてもいないのに、灰原はペラペラ喋り出す。正秋や生野、柴田も灰原とグラスをぶつけ合う。

「へー、何年くらい?」

千夏はしぶしぶ、仕方ないので惚気話を聞いてやることにする。

「んー、大学のときからなんで。六年くらいです」

だからどうした。果てしなくどうでもいい。だがこの女、本当は黒岩から離れられて清々しているのだろう。どうせ旦那に養われながら、暇なときに仕事をするフリーランスのデザイナーでも気取るつもりだ。そうに違いない。千夏はグラスをぐいっと傾ける。ビールはひどく苦いし不味い。正直、苦手だ。でも自分用に別途、注文するのも億劫だ。千夏は惰性にまかせ、好きでもないビールをちびちび飲み続ける。


灰原が他のテーブルへ移動すると、生野のつまらない会話が始まった。千夏は適当に相槌を入れつつ、それとなく室内を見回す。生野の背後のテーブル席に座った美穂はさっそく周りと打ち解けたらしく、楽しそうな笑い声が響く。

「ねえ、天野さん、社内の男と付き合うなら誰がいい?」

そう言って生野はニヤつく。その顔を見るたび、千夏は毎回吐き気がする。

「私、面倒な社内恋愛とか絶対しない派なんで」

ここ十年間、聞かれたら必ず答える定型文を、千夏はそのまま棒読みする。

「またまたー。そんなことばっか言ってるから婚期逃しちゃってんだよ。灰原さん、見習った方がいいよ」


この、クソうるさい昭和生まれめ。平気でセクハラするし、それに気づいてもいないのか。

「んー。まあ、なるべく収入が高い人がいいですね。誰がいくらもらってるか、知りませんけど」

「わー、嫌な感じ。最近の女は男をみんなATMだと思ってんだってね」

生野は苦虫を噛み潰したように言う。

「それ言ったら男だって女に何を求めてるんですか」

「綺麗でー。料理上手でー。床上手ー。グハハハハ」

本当にこいつ、最低。こんなのと結婚したバカ女はどんな顔してんだ。これで俺は会話上手だとでも思っているのか。


千夏は脳内で生野の鼻の穴にパチンコ玉詰め込み、ピラニアの池にぶっ込んでやった。それから視線を左前方に視線をずらした。そこでは営業部員が固まって座っており、キラキラした笑顔を振りまきながらお酌をする冬馬の姿があった。


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