黒の騎士団 5
あまりに嬉しくて眠れそうになかった。
明日は堂々と推しに会いに行ける。
こそこそと眺めるでもなく、ドアから入っていい
のだ。
じっくり眺める事も許されるのだ。
人と話すのが苦手なガゼルは多分戸惑って不機嫌
な顔をするだろう。
それがまた可愛いのだ。
推しの些細な表情を読み取るのも推し活の内だっ
た。
朝早くにぼろぼろの執務室には王命が届けられて
いた。
「朝からなんです?」
「あぁ、皇女殿下が遠征が終わるまでこの黒の騎
士団に入るそうだ」
「はぁ?なんで皇女殿下が?俺らどうやって話せ
ばいいんだ?敬語とか苦手だぞ?」
「いや……どうせ来ないだろう。皇女のていのい
い、お仕置きのつもりで皇帝陛下が言ったのだ
ろうさ」
「だよな?まさかな……」
ガゼルの横で筋トレをしながらアルベルトがいう。
「そう言えば、東のD区画はしっかり見回りいって
来たのか?」
「あぁ、それならエミールから終わったと報告が来
ていたぞ?」
「わかった。後で俺が見に行こう」
平民の傭兵崩れが多いせいか書類仕事は苦手な者ば
かりだった。
それを纏めあげるのも結構大変だった。
皇帝命令であれ、皇女が来なければ仕方がない。
諦めるように書類に目を通すと、ちょうどドアを叩
く音がしたのだった。
コンコンッとノックがあると声がする。
「失礼いたします…今日からこちらにお世話になり
ます、ティターニア・ルーウィンと言います。よ
ろしくお願いしますわ」
スカートの裾をちょこっと持つと軽く腰を屈めた。
その所作はとてもスムーズで美しかった。
悪い噂さえ知らなければ、突然現れた目の前に美女
を口説かない男は居ないだろう。
「すげー美人じゃん……ん?ティターニア?それっ
て皇女と同じ名前じゃ……」
「時間にルーズなようだな…皇女殿下」
ガゼルは時計を見ながら不機嫌そうに言った。
確かに身だしなみや髪型を整えるのに時間がかかり
過ぎて、約束の時間を少しばかり過ぎてしまった。
だが、この世界に時間をきっちりと守るのは商人位
なものだ。
だが、時間を過ぎてしまったのも事実。
何を言い訳にしても仕方がないのだ。
「少し手間取ってしまいまして…私はこちらで何を
すればいいでしょうか?」
「そうだな……見回りにでも行ってもらおうか…」
「それはトート卿と二人でと言うことですか?」
一瞬声のトーンが上がる。
喜びを隠しながらも、期待しているとすぐに返事が
かえってくる。
「いや、一人でだ。ここに行ってこい。倉庫から武
器も持ってゆけ」
「ここは?」
「この前影の尖兵が暴れた場所だ。東のD区画と言
えばわかるか?いや……皇女様には興味のない所
だろうな」
「わかりました。では、行ってまいります」
バタンとドアが閉まるとコツコツと足音が遠ざかっ
ていく。
「団長、一人で行かせていいんですか?」
「エミールが安全を確認したんだろう?なら、ただ
見るだけだ。問題ないだろ」
すると、エミールが入ってきた。
「じゃ〜、今からD区画の確認行ってきます」
「おい、さっき終わったんじゃないのか?」
「あぁ、書類上は先に終わったと報告だけ入れたん
ですよ!今から見にいくんでいいでしょ?」
のほほ〜んとした口調で言うエミールに、ガゼルは
立ち上がると、いきなり走り出したのだった。