そのゲームの続き
馬車が止まると、ドアが開く。
そこに手を差し出すシグルドの姿に苦笑いを浮か
べると、無視して降りたい衝動に駆られる。
だが、身分の高い女性は男性のエスコートを受け
ながら降りるのは当たり前の事で、無視するのは
マナー違反とされている。
渋々手を乗せると、地面に足をつける。
握られたシグルドの方も嫌々なのが丸わかりだ。
嫌なら断ればいいのに……。
内心、悪態をつきながらルシアが降りるのを待つ。
そして、二人と一人の騎士を伴いながら店の中へ
と入って行ったのだった。
店には色とりどりのドレスが並んでいた。
どれも一点ものだった。
今の現代では大量生産品が溢れているが、この頃は
1着作るのでも大変時間がかかる。
ましてや、コルセットでしっかり締め付けるせいか
ドレスのサイズもミリ単位で調整されているのだっ
た。
すると、ちょうど中から元気な声が聞こえてきてい
た。
「わぁ〜、このドレス素敵だわ〜。これもいいわね」
付き添っているのは緑の騎士団の団長セルシオ・ホ
エールだった。
そういえば見かけなかった訳だ。
一足先に誰かと一緒に来ているらしかった。
奥に行くと、声もはっきり聞こえてきた。
そこには、聖女マリアがいたのだった。
そういえばこの前に夜会でも神殿の礼服をきていた。
そこで、夜会に出る為にとドレスを見にきたのだろ
うか?
セルシオはマリアに心底惚れ込んでいるはずだ。
多分、買ってあげるとでも言ったのだろう。
マリアは誰からも貢いで貰える設定が働いている。
これがまさに主人公補正というやつだ。
全く羨ましい限りだった。
今入ってきたばかりのティターニアを見つけると
驚いた顔を見せると、走って寄ってきたのだった。
「ティターニア様も、お買い物ですかぁ?」
「マリア、ここでは大声で話すものではなくてよ」
「あ、そうなんですか?でも、この世界のマリア
って元気で活発な少女ですよね?まぁ、いいけ
どね〜。攻略対象は結構ちょろいしね…」
最後は小声だったせいか、ところどころ聞こえな
かったが、あきらかに今の言葉は、この物語の主
人公のセリフではない。
「マリア、ちょっといいかしら?」
「ん?なんですかぁ〜」
「このゲームはどこまで攻略したの?」
「……えぇぇーー」
一瞬、マリアの顔が大きく歪んだ。
「ちょっと、マジ?って事はティターニア様も?」
「マリアになったのはいつ?」
「あ〜〜……なるほど。私はこの前の夜会でいきな
りシグルドと踊っている時に記憶が戻ったからび
っくりしちゃったわよ。だって、私ダンスなんて
踊った事ないもの」
それはそうだろう。
ティターニアにはそもそも皇女補正が入っていた。
思い描くと、その通りに踊れるようになった。
ミニゲームをやっているような感覚だった。
「マリア、ちょっと聞きたいんだけど、ゲームの
エンディングは覚えてる?」
「もちろんですよ〜、私シグルド推しなんで〜」
「あのいけ好かない男ね」
「うわぁ〜、それ言っちゃう?ティターニア皇女
って言ったら、シグルドに迫って捨てられるっ
ていう役割だったもんね〜」
「そうね、でも、私だって推しと仲良くなりたい
わ」
ティターニアが息巻いて言うと、マリアは嬉しそ
うに身を乗り出してきた。
「それって誰ですか?もしよかったら、攻略しな
いでおきましょうか?」
「結構よ、攻略対象じゃないもの」
「それって……まさかガゼル信者?」
いきなり確信をついてくるあたりあなどれない。
「なによ、悪い?」
「いや……結構いたわね〜、ガゼル信者ってすっ
ごくやり込み度凄いって言うわね〜、だったら
ダウンロードコンテンツもやりました?」
マリアの言葉に、ティターニアは耳を疑った。
「まさか……まさか私が死んだ後に出たの?」
「あー知らなかったんだぁ〜、だったら、ガゼル
が最後王都に戻ってきたのも知らないのね?」
「え!死んだんじゃないの?生きていたの?」
少し希望が消えてきたとばかりに気分が浮上する。
「そっか、ガゼル…生きていたのね…よかったぁ」
「え……よくないわよ?だって、死んだ死体に影
が操って復活しただけだもん。王都を混乱させ
て王城をめちゃくちゃにするの。そこにシグル
ドと一緒に立ち向かっていくの。完全に倒すと、
そこからモヤが出てきて……」
「ちょっ…ちょっと待ってよ!それじゃ…ガゼル
は?」
せっかく希望が見えてきたところで、一気に地獄
へと突き落とされた気分だった。
「そもそも、一人で向かったのが悪いわ。それに」
「それに何よ?教えてよ……絶対に死なせたくな
いのよ」
ティターニアにはもう知る事のできないゲームの
先はわからない。
でも、マリアなら違う。
「ちなみにマリアは全部攻略したの?」
「もちろんよ、全部終わって3周目よ!」
自信満々に答えるマリアを見て、少し心強い気が
したのだった。




