母の死
アルベルトは来賓への挨拶を終えると、ティター
ニアに声かけた。
実の妹とはいえ、あまりに我儘すぎて、理不尽な
事でも突き通す様な強引なところがあった。
見た目は誰が見ても美しく、見惚れる人は多数。
だが、それを帳消しにしてしまうほどの性格のキ
ツさが、嫁の貰い手がないと皇帝陛下が嘆いてい
るほど、深刻なのだと言う。
そう言いつつも、陛下である前に人の親だった。
我儘に育てたのも、全部親の責任だった。
兄のアルベルトには自分の立場をわからせる為、
厳しく教え込ませた。
だから子供の頃は、我儘に育っていく妹が煩わ
しく思った事もあった。
その都度、シグルドの話題を出して、単純な妹
をシグルドに押し付けた事も何度かあった。
「やぁ、久しぶりだね?」
目の前には、白い軍服姿のシグルドが立ってい
た。
その横には副官のテオバルド・ペリドットが立
っている。
「アルベルト様、お久しぶりです。お噂はかね
がね聞いております。隣国の揉め事も無事解
決したとか……戦争の火種になるのではと、
肝が冷えましたよ…」
「シグルドも、人が悪いな。そんな事は考えて
もいなかっただろう?それに、ティターニア
も見ないうちに大人になったものだな…」
「あ……そう、ですね……」
「なんだ?その歯切れの悪い言い方は?」
「いえ、なんでもないです」
シグルドが口をつぐむと、いつのまにか、隅っ
こにいたはずのティターニア皇女の姿はなく、
会場中を見ても見つからなかった。
昔はシグルドに付き纏っていたいただけに、こ
んな呆気なく諦めるとは、実は思っていなかっ
た。
それがどうだろう。
実際、今は全く興味がないと言わんばかりに視
線が合う事はない。
「シグルド、どこを見ている?」
「あ、いえ……なんでもないです」
シグルドだけを追いかけて来た幼い少女。
母が事故で亡くなった時も、彼女に呼び出され
て、帰って来た時には、母の事故を聞かされた
のだった。
それが、ティターニアのせいではない事くらい
分かって入る。
だが、それでも今の執着を許す事はできなか
った。
もし、ティターニアに振り回されていなかった
のなら…。
もしかしたら、母はゆっくり帰路に着いたかも
しれない。
もし、そうなら事故にも遭わなかったかもしれ
ない。
どんな些細な出来事でも、あの日に起こった事
はどうにも忘れられなかった。
夢に何度も出てくる…悲痛な母の声がまるで助
けを求める様に聞こえてくるきがした。
そんな状況が今のシグルドを苦しめ続ける。
母が出かける前にティターニアが来て、早く帰
って来る様になど言わなければ。
皇女の言葉は絶対なのだ。
それでも、シグルドの母は優しく微笑んでいた
だろう。
『ティターニア、うちのシグルドをお願いね』
『はい、おばさま』
ティターニアはシグルドの母親にとても懐いて
いたから、余計に離れるのが寂しかったのだろ
う。
そして、帰ってきた冷たくなった母親を見て、
ティターニアは涙すら浮かべなかった。
まるで興味をなくしたかの様に葬儀が終わる
とすぐにシグルドの手を引き出かけようとい
って来たのだった。
「いい加減にしろよっ!お前が…お前があん
な事言うから……」
「シグルドは私の旦那様になるのよ、これは
決定してるの!さぁ、今から出かけましょ」
幼いシグルドはティターニアの腕を突き放す
と部屋に閉じ籠もってしまった。
何度も、何度もティターニアが来ていたが、
ドアが開く事はなかった。




