推しに会いたい
朝日を浴びて目が覚める。
どこか見知らぬ部屋の天井を呆然と眺めると、布団
から飛び起きたのだった。
見覚えのある景色に、頭をフル回転させる。
横にある姿見を見てはっきりとした。
そこには見覚えのある顔が映っていたからだった。
「ティターニア・ルーウィン!?」
見覚えのある顔だった。
マリアに張り合うように白の騎士団に通い詰め、
シグルド・ヴォルフに袖にされたこのカストラール
帝国の第一皇女。
そして、王に溺愛されていた皇女の姿だったのだ。
身分絶対主義の彼女にとってガゼルは平民出身とい
うだけで、嫌がらせの対象だったはずだ。
「嘘……嘘でしょ!!」
声を荒げると、侍女が部屋へと慌てて入ってきた。
「ティターニア様、どうかなされましたか?」
「何か粗相でもございましたか?すぐに直させます」
「そうじゃないの、なんでもないわ。ちょっと夢見
が悪かっただけよ」
駆けつけて来たのはデボラ・カートナーとラジーナ
・ムーアだった。
どちらも子爵の娘でティターニアのお気に入りだっ
た。
噂好きで知られており、ティターニアの意向にそっ
て、黒の騎士団の陰口や、都合のいい話を広めてく
れるのだ。
「ティターニア様、昨日の晩餐会はいかがでしたか」
「昨日の?」
「はい、途中からお姿が見えませんでしたけど…」
昨日……昨日と言われても、どこで何をしたかなど
分かるわけげない。
だって、さっきこの身体に入ったのだから…。
でも、ここは物語のどこらへんなのだろう?
「デボラ、今日が何日が分かるかしら?」
「もちろんですわ、ティターニア様。今日はティタ
ーニア様の誕生日の次の日ですわ。16歳になら
れて、ますますお美しくなられましたわ」
「そうね、そうだったわね……」
これは希の好きだったゲームの世界。何度もやり込
み、内容も覚えてしまうほどにやっていた世界なの
だ。
『君に恋する騎士様』略して『君恋』だ。
物語が始まった時、ティターニアは17歳だと言っ
ていた。
突如現れた聖女マリアが教会に引き取られ、たまた
ま礼拝に来ていたシグルドが一目惚れする所から始
まる。
この帝国には騎士団は三つある。
まずは白の騎士団。
シグルド・ヴォルフを団長とし、狼のエンブレムを
掲げている。公爵家の長男で、火の魔法を得意とし
ていた。
シルバーブロンドの髪に紫の瞳をしていて、誰もが
憧れる存在で、誰がどう見ても主人公の風格を持ち
合わせている。
ティターニア皇女も、幼い頃から恋心を募らせ、近
づく女を蹴散らせるという暴挙に出るほどだった。
そしてもう一つは緑の騎士団。
セルシオ・ホエール。
鯨のエンブレムを掲げている。
緑の髪に風魔法が得意なエメラルドの瞳を持つ。
伯爵の位を得て、街の治安を護っている。
そして最後が、黒の騎士団。
ガゼル・トート。
平民出身の傭兵崩れとも言われており、魔法は使え
ず、剣だけで今の地位を築いたと言われている。
男爵であるトート家の養子になって一応貴族の仲間
入りを果たしてはいる。
死神のエンブレムを掲げており、死地に赴く事が多
く、騎士内の死亡率が一番高いとされている。
真っ黒な髪に真っ黒な瞳を持ち、誰もが近寄りがた
いと思われ、皇女が余計な噂を流したせいでいい
印象はない。
「皇女も余計な事してくれるんだからっ!私の可愛
い、ガゼルが傷ついたらどうしてくれるのよっ!!」
噂を広めたのも、全部侍女の二人なのだが。
それは前の皇女が止めなかったというのも原因の一
つだった。
シグルドに絡む邪魔な奴としか思っていなかったの
だ。
皇女の誕生パーティーは3日に及ぶ。
今夜もまだ続くのだ。
いつもなら白の騎士団へ赴きシグルドの仕事の邪魔
をしつつ、今日の夜のパーティーへ誘うのだが、今
の彼女はそんな無駄な事はしない。
部屋を出ると騎士団の訓練場へと向かう。
勿論推しをこの目で見る為だった。
「ティターニア様、どちらへ行かれるのですか?」
「騎士団の訓練場よ!」
「あぁ、なるほど…シグルド様ですね」
「今日は一緒に行けるといいですね!」
何を勘違いしているのか、二人は嬉しそうにはしゃ
いでいたのだった。