東D区画 2
皇女ティターニアが東のD区画へと行くと言う話は
たまたま盗み聞きしていた白の騎士団員の知る所に
なっていた。
「団長!皇女殿下が……」
「なんだ、騒がしい。ティターニア皇女がどうしよ
うが、俺には関係ないだろう?」
「それが……皇女殿下がお一人で街へ行かれると…」
「ルイ。それの何が大変だと言うんだ?」
呆れた顔で聞いてくるシグルドに、ルイ・べルージ
は事の始まりを話し始めたのだった。
事の始まりは、たまたま訓練へ行く途中に、皇女を
見かけたことに始まる。
慌てて走っていく姿など、初めて見ると好奇心が疼
き後を追ったのだ。
いつもなら遅れても堂々としているだけに、目を引
いたというのが好奇心をくすぐられた原因だ。
今にも崩れそうな建物へと向かうと、そこは黒の騎
士団に与えられた屋敷だった。
そこでつい話を聞いてしまったというのだ。
それも、皇女一人で視察に行けという冷酷な指示を。
それを聞いて慌ててルイはシグルドの元へと駆け込
んで来たと言う訳だった。
「それがどうしたと言うんだ?」
「それがって、問題じゃないですか!行く先があの
東のD区画ですよ」
D区画と聞いて慌てない騎士は居ない。
少し前に甚大な被害が出て、何人もの騎士が犠牲に
なっているからだった。
「チッ……また余計な事を…」
シグルドが立ち上がると、ルイは当たり前のように
剣を差し出す。
「わかった、行ってくる。ただし……ルイその書類
を今日中に終わらせておけ…」
「えっ…俺がですか?でも…」
「終わらなかったら、明日は訓練を2倍にする。い
いな?」
「そ…そんなぁ………」
全く余計な仕事を持ってきたばかりにと言いかけた
が、すぐに気を取り直すと早足で馬を取りに行く。
皇女なんてどうなろうとかまわない。
だが、もし何かあれば騎士団全員が処罰を受けか
ねないのだった。
黒の騎士団ガゼルの嫌がらせで、自分達も巻き込
まれるなど冗談じゃない。
「余計な仕事を増やすとはな……」
こうして後を追うように駆けてきたのだった。
見つけた時には、影の尖兵が目の前まで迫ってい
た。
すぐさま馬を飛び降りると、駆け寄ったのだった。
真っ二つに切り伏せると振り返る。
怖がるふりしていつものように抱きついて来るの
だろうと予想して……。
「皇女殿下…どうして護衛も無しにこんな場所に」
「シグルド……どうして貴方がここにいるのです
か?」
「どうしてって……俺が居なかったら、皇女殿下
は今頃……はぁ……もう帰りましょう」
嫌々ながら手を差し出す。
が、いつもなら喜んで握ってくるはずのティター
ニアは自分で立ち上がると通り過ぎて行く。
「どこへいくのですか?」
「見回りを言われたのです…まだ終わっていない
ので…」
「ティターニア皇女!貴方は何を……」
まだ続けるのか!
そう思うとシグルドは苛つきながらティターニア
に手を伸ばすと、馬の蹄の音がした。
一足遅く来たのは黒の騎士団長のガゼルだった。
「ティターニア皇女様……申し訳ありません。こ
の区画は……シグルド・ヴォルフなぜお前が…」
地面に残った影の跡を見て、すぐにここであった
事を察した。
「まさか……ティターニア皇女様、私の失態です。
まだ安全確保もされていない場所へ一人で行か
せたのは私の失態です、部下にはお咎めのない
よう…おはからい下さいますよう……」
「そのような事ができると思うのか?一つ間違え
れば皇女の命に関わる事だぞ?お前の命で償え
ると思っているのか?」
シグルドの言葉にガゼルは膝をつくと悔しそうに
拳を握りしめた。
「もういいのです。誰でも失敗はあるものです。
それを罰していては人は成長しません。ガゼル
・トート、城まで送ってくれますね?」
「あ…はいっ…」
「お待ちください」
一瞬、どうして?という顔で見上げたが、すぐに
シグルドを交互に見た後、エスコートしようと手
を差し出したのだった。
それを眺めていたシグルドはため息を吐くと、遮
るように前にでた。
「ティターニア皇女、このような者に送らせる訳
には行きません。俺がお送りします」
「……分かりました」
シグルドはガゼルを一瞥するとティターニアを自
分の馬に乗せると城へと帰っていった。




