第2話 訓練とスキル
ゲームをやったことが無い人など、今ではほとんどいないだろう。
子どもの頃から大人になるまで、誰もが一度は画面の中のキャラクターを操り、仮想の世界で冒険を繰り広げた経験があるはずだ。
友達と競い合ったり、孤独な夜に一人で戦ったり、時には現実を忘れてその世界に没頭したり。
彼もその一人だった。
特別ゲームが得意というわけではないが、現実世界でのストレスの中で、ゲームをしている時間は嫌なことを忘れることができた。
しかし突如として、そんなゲームの世界が現実となるとは思いもよらなかった。
「これって何? あれか、近年流行が続いてる異世界転生ってやつか?」
いつの間にかゲームの登場キャラとなった彼は、考えを巡らせていた。
「いや、違う。ここは魔法と剣のファンタジーな世界じゃない。『遊撃のエレメンツ』は近未来の世界観だ。それに、まず死んでないだろ」
ビリーとなった彼は、どうにかして現状認識を行おうとしている。
「じゃあ転移か? いや、別人になってるからそれも違うか」
状況を整理しようにも、自分に起きた現象をどう捉えればいいのかよく分からなかった。
「うーむ、訳がわからなすぎる。一体何なんだ? それにこの現実感、どう考えてもVRの仮想空間とかじゃないぞ」
目の前にある空間は、とてもヴァーチャルとは思えない現実性を帯びている。
そして何より、自分の肉体と精神が、確かに実体として存在しているのがわかる。
VRなどの仮想空間の場合、アバターとしての自身の身体に触れたところで実際の肉体に感触などは無い。
しかし、今の自分の肉体には、しっかりとした五感が感じられた。
手で触れば感触があり、呼吸をすれば胸が膨らむ。
心臓も間違いなく鼓動している。
それは紛れもなく現実であることの証明だと思えた。
超絶リアルなVRでも、ここまでの再現性は不可能だろう。
「現実がゲームになったのか? ゲームが現実になったのか?」
そう考え出すと、まるで哲学の様な問いに思えて混乱で頭が痛くなってきそうだった。
「ひとまず、さっきの教官が言ってた訓練てのに行かないとまずそうだな」
訓練場は、宿舎からほど近い場所にあった。
広大な空間が無機質な金属の壁に囲まれている。
天井には無数のホログラムプロジェクターが設置され、訓練内容に応じてさまざまなシミュレーションを生成することができる。
ビリーが訓練場に到着すると、他のエレメンツの隊員たちがすでに準備運動を終え、各自のトレーニングを開始していた。
彼らの姿は、まさに戦士そのもので、コスチュームに映し出されるエネルギーラインがさまざまな色に輝いている。
——うわー、こんな人たちと一緒に訓練すんのか。
ビリーは周囲の戦士たちを見て萎縮していた。
どう考えても自分は場違いな気がした。
——まあ、けどやるしかないか。
まずは基礎体力の訓練から始まった。
走り込みから始まり、ダッシュ、ジャンプ、腕立て伏せなどを行っていた。
「くっ……きつ……」
運動は得意でも苦手でもなかったが、特殊部隊の訓練となるとついて行くのがやっとであった。
息が切れ、汗が額から滴り落ちる中、必死で食らいついた。
またゲームの設定としても、ビリーは身体能力が低かった。
エレメンツはみな、優れた身体能力を持っているが、その中にあってビリーは常人並みなのであった。
それが最弱キャラたる所以の一つである。
「ビリー、ペースを落とすな!」
教官の厳しい声が飛ぶ。
周囲の他のメンバーたちは、鍛えられた体でスムーズに動き訓練をこなしていく。
ビリーは歯を食いしばって体を動かし続けた。
——いや、マジで死ぬ。
基礎体力訓練が終わると、次はエレメンツの特殊能力、「スキル」の訓練が始まった。
スキルとは、エレメンツの持つ特殊能力の総称である。
いわゆる超能力であり、これによりエレメンツは高い戦闘能力を誇る。
スキルには様々な種類があり、いくつかの系統で分類され、一人に一能力が原則である。
この力に目覚めたものは、身体の中のオーラの総量が格段に増えるのだった。
——いや、スキルとか使い方知らんけど⁉︎ チュートリアルとか無いの⁉︎
ゲーム画面でボタンを押しながら操作していた時とは訳が違う。
自分自身がスキルを使うなど経験したことがない。
「どうしたビリー! 早くお前も
また教官からの檄が飛んだ。
他の隊員たちは自分の得意な能力を駆使して、次々と現れる仮想敵を倒していた。
「そ、そんなこと言われても」
ビリーは慌てふためいていた。
「お前のためにメカはいつも用意してあるだろう、さっさとスキルを使え」
「あれは……」
教官の指さす先には、小型のドローンやロボットが置かれていた。
「俺のスキル……」
ビリーのスキルは「メカ操作」である。
自分の好きなメカを操れるという、ユニークな操作系スキルであった。
するとメカの方を見た途端に、目の前に電子音と共にホログラムの様な情報ウィンドウが表示された。
対象を操作しますか?
→はい いいえ
「こ、これは、まさしくゲーム系のよくあるやつ!」
そしてこの場において、選択肢は一つしかなかった。
「もちろん『はい』だ。メカ操作を発動して対象を操作しろ」
彼は情報ウィンドウの『はい』の部分を指で押した。
するとまた電子音が流れてウィンドウが消えた。