バケツのオタマジャクシ
日曜日の早朝だった。
郵便受けの朝刊を取りに表に出たら、門柱の前の路上に水色のポリバケツが無造作に置かれたあった。
――何でバケツが?
そう思いながら中をのぞくと、それには半分ほど水が溜まっていて、その中には体長十センチほどもある巨大なオタマジャクシが一匹入っていた。
――こんなもの、いったい誰が?
道路の左右を見渡したが、付近に持ち主らしき者は見当たらなかった。
とにかくこのままでは通行の邪魔になる。
私は一時的にでも預かっておこうと、とりあえずバケツを敷地内に運び入れ、玄関前に置いた。
と、そのとき。
バケツの水がチャプンと音がして、さらに水しぶきが激しくはね飛んだ。
元気がいいなと思ってバケツの中を見たら、何といつの間にか、オタマジャクシに二本の足が生え出ていた。ずいぶんと成長の早い種類のオタマジャクシである。
それから新聞を読みながら玄関前でしばらく持ち主を待っていたが、いつまでたってもバケツの主が現れる様子がない。
私も仕事に出かけなければならない。
――さてどうしたものかな?
このまま待ち続けるわけにもいかず、玄関前ではドアの開閉に邪魔になるバケツを庭へと運んだ。そしてバケツを置いたとたん、そこでもまたチャプンと音がしてバケツから水しぶきがはねた。
見れば驚いたことに、オタマジャクシの足がまた増えて、四本に増えていた。
――たしかさっきも……。
このオタマジャクシ。
今回もバケツを移動したときにチャプンという音がして、そして足が出た。どうやらバケツを移動させると成長するらしい。
私は試しにと、もう一度バケツを移動させてみた。
チャプン!
水のはねる大きな音がして、オタマジャクシは尻尾が消え、ほぼカエルの姿に変わっていた。
さらにもう一度、庭の中でバケツを移動させた。
するとそれは予想どおり、二十センチはあろうかという大きなガマに成長していた。
思ったとおりだ。
私は確信した。
このオタマジャクシはバケツを移動させるたびに成長している。
だが、そこで私はハタとこまった。
次にバケツを動かした後のことを考えたのだ。
次にバケツを移動させたら、このガマがどんなものに変わるか想像がつかない。もしかしたらさらに成長して、とんでもないものに姿を変えるかもしれないのだ。
私はバケツを道路の元あった場所へ戻し、それから逃げるように玄関に向かって走った。
チャプン!
背後で水のはねる大きな音がした。
黒森 冬炎 様 作成