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【番外編・後編】ふたりをくっつけるつもりが……

 ◆



 昼食(まかない)を食べながら、料理長のヴィトはにやりと口の端を歪める。


「そりゃあ、あれだろ。実は旦那様もデボラ様に気があるとかじゃねえか?」

「「「えっ!?」」」


 その場にいた多くの使用人から同時に声が上がった。ここは使用人用の食堂で、ほとんどのメイドや使用人が一斉に昼食をとるのである。おしゃべりに興じながら。


 二か月と少し前……隣国のマムート王国より、デボラの兄の手紙が届いた日。デボラの雰囲気は少しばかり固くなっていた。シスレー侯爵と二人で話し合ったあともローレン夫人が他のメイドを追い出し、デボラは自室にこもっていた。

 勿論、ローレン夫人や執事長のアシュレイはその日何があったか決して口を割らない。だが使用人たちは「きっとデボラ様は祖国を思い出して寂しい思いをしていたのだろう。それを旦那様が優しく慰めたに違いない」と考えた。


 そして翌日からデボラはごく時々ではあるが、侯爵をそっと見つめることが増えたのだ。彼に声をかけられれば恥じらいつつも嬉しそうにしている。横にいるときは無邪気な笑顔を見せる時さえあった。使用人たちはデボラの様子から、これは控えめに恋する乙女の姿だ。きっと侯爵の優しさに触れ、恋をしてしまったのだろうとこっそり噂をしあったのだった。


 彼らにとってそれは歓迎すべき話である。

 もうその時には屋敷の皆がデボラに心を許していたし、二人は形の上では夫婦なのだから互いを想い合い結ばれるのならちょうどいい。

 なによりマグダラを喪った当時の侯爵の心の(あな)はとてつもない大きさだったのだから、それをデボラが少しでも埋めてくれる存在となってくれれば、主人思いの使用人たちには嬉しいことだった。


 ……だったのだが。この二か月あまり、二人を陰で応援していた使用人たちの心にも徐々に変化が出てきた。シスレー侯爵がデボラの気持ちに応えず、それでいて冷たく袖にするというようなこともせず、実に中途半端な態度を取ることに焦れてきたのである。

 使用人たちが気づいたくらいなのだから、デボラの想いを侯爵が気がつかないはずはない。しかし彼はいつまでたってもはぐらかしている。それをデボラもわかっているだろうに健気に想いを寄せつづけているものだから、見ている周りとしてはじれったいばかりだ。


 自然と、使用人たちは主人の曖昧な態度に呆れ、デボラに肩入れするようになった。使用人の皆が集まる昼食の時間は「旦那様とデボラ様をどうやったらくっつけられるか」という会議の時間になることも度々で、今日もまたその話題だった。そこにヴィトが先の発言をしたものだから、何人もが色めき立って声を上げたのだ。


「だってさあ、執事長の言う通りだろ? 妹として見ているのなら頭を撫でるくらいなんでもないことだろうが。それさえも抵抗があるってことは、実はスキンシップをしたら心が揺れるからってことじゃねぇか?」

「……」


 使用人たちは口をあけ、ぽかんとヴィトを見た。この、料理の腕は素晴らしいが人当りはあまり良くない大男が出した説は意外にも鋭いところを突いているのではないか。彼はこう見えて他人の心理を繊細に探ることができるのではないか……と皆が思った矢先。


「もうデボラ様も押しまくればいいんじゃねぇかな。裸で旦那様の寝室に飛び込んじまえば……」


 デリカシーの欠片もないヴィトの発言に、彼の妻であるマーナが夫の頭をぱこんと叩く。その場の全員が、彼が鋭いかもと内心で評価したことを取り消した。


「ヴィトさんのアイデアは絶対だめですけど! でもデボラ様ももう少し積極的になってもいいかもしれませんね。例えば手を取って見つめてみるとか?」


 シェリーがそう言うとヴィトは鼻で笑い「ケッ、そんなの効果ないぜ」と切って捨てた。メイドはむうと頬を膨らます。


「やってみなければわからないですよ、ほら!」

「えっ!?」


 彼女は立ち上がると、近くに座っていたアシュレイの袖を引っ張り立たせた。そして密着しそうな至近距離で手を握り、くるっと丸い目で彼をじっと見つめる。


「えっ……あっ……」

「へぇ~」


 シェリーのそばかすが散った頬がふにゃりと緩んだ。


「今まで気づいていなかったけど、アシュレイさんって結構かっこいいんですね?」

「はぁ!?」


 アシュレイが急速に耳まで真っ赤になったのを見て、シェリーはもう一回にっこりした。そして皆の方を見て「ね?」と言って席に戻り、平然と昼食の続きを摂り始めたのである。

 あとに残されたアシュレイは、いつもの執事としての落ち着きはどこへやら。真っ赤なまま目も口も開き、小さく震えてシェリーの方を見ている。周りからくすくすと笑いが洩れた。


「確かに……これは効果があるかもね」

「まあ、旦那様がこんなに簡単に落ちるとは思わないけどな」

「アシュレイさん、今のをスワロウさんに見られなくてよかったわね」


 後に、誰かがシェリーに訊いたがどうも彼女は完全に天然だったらしい。この行為はデボラとシスレー侯爵のふたりをくっつけるつもりしかなかったそうだ。


「え? 私がアシュレイさんを!? ないない! だってアシュレイさんって元は貴族でいらしたんでしょう?」


 他意がなく……本当に全く他意がない様子でシェリーがこう言っていたと人伝(ひとづて)に聞いたアシュレイ。その場では「そうでしょうね」と冷静に返していたが、あとで物陰で一人、寂しそうに佇んでいたらしい。


 もっと後に。

 執事長アシュレイと女主人付きメイドのシェリーは結婚するのだが、ふたりの馴れ初めはこの「結構かっこいい」事件だろうと何度も周りにからかわれるのである。


お読みくださりありがとうございました。

今回はアシュレイとシェリーの馴れ初め話でした。

デボラとゲイリーがくっつくのはもう少し時間をかけてですね。いつかそれも書きたいと思いますが、今回は一旦〆させていただきます。

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