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実質追放の公爵令嬢、嫁入り先の隣国で「君を愛することはない」と言われて困り果てる【完結+番外編】  作者: 黒星★チーコ


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第58話 ゲイリー・シスレーは悩む


 スワロウが雇った情報屋では、マムート王国に住む平民の噂レベルをかき集めてくるのが精一杯だ。

 だからこそシスレー侯爵は自分の考えをまとめ、リオルドへ伝えるのみにした。そこからどうするかはあくまでも第二王子の判断に任せることにしたのだ。


 リオルドが侯爵からの手紙を読み「こんなものはただの杞憂だ」と捨て置くならそれで良し。逆に王子も気になった場合、王家ならば腕の立つ諜報員を潜入させる事ができる。隣国の上位層から直接情報を引き出せるかもしれない。


 侯爵としては「杞憂だ」と笑い飛ばしてほしかった。一ヶ月連絡が来なかったのできっとそういう事だろうと思った矢先に返信がきたのは皮肉とも言える。

 封筒の中には諜報員からの報告書の写しが二枚、それを読んだリオルドの私見が別途一枚の紙に綴ってあった。

 報告書の内容は以下のようなものだった。



 ◇



 マムートの貴族階級の中でもとりわけ噂話が好きな男が、例の婚約破棄が行われたパーティーに招待されていたのだそうだ。

 パーティーを主催したのは将軍家の令息で、今はアーロンが住まう離宮の警護役を担っているらしい。


 リオルドが放った諜報員は、その噂好きの貴族に取り入り、高い酒を飲ませていい気分にさせた。

 どうもその貴族は将軍家と特に以前からの親交があったわけでもない。アーロン王子が主賓とは言え、国中の貴族を呼ぶ規模のパーティーでもなかった。それでも自分が呼ばれたのは、きっと将軍家のお眼鏡にかなったのだ、と自慢げに言うのを諜報員は「勿論そうですとも!」と持ち上げ、更に酒を勧める。そうして洗いざらい喋らせた。


「いやあ、今にして思うと、あれは一流の舞台演劇を見るようだったな」

「舞台ですか? ああ、そういえば(ちまた)では婚約破棄を主題にした恋愛小説が女性の間で流行っているとか」

「そうそう、それを舞台に仕立てれば、まさにあのような図になる。ここだけの話だが……」


 男はニヤつきながら声を潜めた。


「俺は、デボラ・マウジー公爵令嬢も実は裏であの芝居の筋を知っていたんじゃないかと睨んでいる」

「は?」


 諜報員は殊更に驚き、訳がわからないという顔をして見せた。それが誘い水とも知らずに男は得意になって喋る。


「いやあ、公爵令嬢は大した女優だよ。あの場できっちりと、嫌味で高慢な小説の悪役令嬢そのものをきちんと演じて見せたんだからさ。裏でアーロン王子と予め打ち合わせをしていなければ、あんな演技は出来ないだろう」

「嫌味で高慢ですか? 公爵令嬢は『和平の為に自ら人質となった心優しい聖女』だと噂されているようですが」

「いやいや、俺はあの場を実際に見た人間だぞ。公爵令嬢は素晴らしい美人だが、あの場で微笑みながら馬鹿な王子とその側近に冷淡に言い返す様子は、見ていたこちらにも震えが来たぜ。それでも最後は婚約破棄を受け入れて綺麗に去るって筋立てだったよ」


 王子も公爵令嬢も真に迫る演技で、男は勿論、その場にいた招待客も全員すっかり騙されてしまったそうだ。彼は家に帰りその日の内には家族に、翌日には知人にその話を広めた。

 後日、王家が「アーロン王子が不治の病のためにわざと馬鹿な芝居をした」と発表した為に男は赤っ恥をかいたとこぼしていた。


「あの高慢な態度は演技だったとしても、心優しい聖女というのも本当ではないだろう。きっと公爵令嬢はプライドが高いのさ。王太子妃になれないのなら、他のどこに嫁いだって格が落ちてしまうだろ? それは嫌だから自分の評判が上がる手を選んだのさ」


 デボラの婚約破棄についての報告は以上で、一つのニュースが最後に付け加えてあった。

 マムート王国内で今夏は冷害が発生し、農作物は打撃を受けているそうだ。特に国内での多くのシェアを誇るマウジー公爵領のダメージは計り知れないという事だった。



 ◇



 リオルドの私見はごく端的なものだ。


『結局、諜報員が持ち帰った話は国内の平民の噂とさほど変わりがない。違うところと言えばデボラ・マウジー公爵令嬢は素晴らしい女優だという事だが、俺はそれも信用できないと思っている。ただ、今後も彼女の動向には注意を払って欲しい。こちらも適宜隣国への諜報を続ける』


 シスレー侯爵もリオルドと同じ事を考えていた。

 デボラはリオルドの疑問に答えた時に、演劇に興味がないと見抜かれていたのだ。果たしてその様な令嬢が衆人環視の中で女優さながらの演技が出来るだろうか。

 もしも、彼女が真に迫った演技ができるならば。そもそも最初にシスレー邸に来た時に不審とも言える行動は慎み、もっと自然な行動を演じた筈である。


 そう、例えば。ローレン夫人の心をデボラが最初に動かしたのは、彼女が婚約破棄の物語を読んで嘆いた時だった。あれはとても自然な行動だろう。

 だが一方で、シェリーによるとその前からデボラは独りで服を着ようとしたり、髪の手入れに挑戦したりして失敗していたそうだ。それらが同時進行でなければ彼女は女優であるという仮説も納得がいったのに、否定せざるを得ない。


 しかし、ここで一つ問題点がある。矛盾点とも言えよう。


「……」


 ゲイリー・シスレーは考え込んだ。

 彼や第二王子の睨んだとおりデボラが演技は不得意だったと仮定するならば、マムート王国での婚約破棄騒動の時は彼女の()であったという事になってしまう。

 嫌味で高慢で冷淡な公爵令嬢。それが彼女の真の姿なのか。


 (いな)、それも違う。……違うと信じたい。最初は冷たい人形のようだった彼女がやっと今人間らしさを取り戻し、子供っぽい無邪気さすら時に見せている。それはマグダラがこの家に遺してくれた遺言のお陰だと、ゲイリーはどうしても信じたいのだ。


(結局、今は俺もデボラ嬢に籠絡されたという事なんだろうか)


 これは皮肉が過ぎる考えだなと彼は口元を少し下げた。多分これも違う。彼女が元々持っている美しさではなく、型破りな行動を取る事でゲイリーの心を掴むという作戦はあまりにも無謀すぎると思えたからだ。


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