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第32話 ミセスローレンの意外な一面

 ◆



 翌朝。

 恐らく昨日の半日以上をベッドで過ごしたせいだろう。デボラは随分と早く目覚めた。


 馬の嘶きと蹄が石畳に当たる音が遠くから微かに聞こえ、ベッドに寝たままで窓に目をやるとまだ夜明け前の、少しだけ明るくなった空が見えていた。


(ああ、侯爵様は早朝に出発すると……)


 それにしても随分と早いわと思いながら反対側を見る。ベッドの脇に上半身を預けたシェリーがすうすうと寝息を立てていた。


「……」


 無理もない。彼女は昼の勤めを果たしたのに、そこから更に寝ずの番を買って出たのだ。しかし自分で言い出した役目である以上、居眠りをローレン夫人に見つかったらシェリーは叱られてしまうかもしれない。


 デボラは少し迷った末、上掛けのシーツをきゅっと掴む。そのままシェリーに背を向ける形でわざと大きく寝返りを打った。


「ふぁっ? ……あ!」


 寝返りで上掛けが引っ張られ、シェリーの手元や顎も軽く動いたお陰で彼女は目を覚ましたらしい。「デボラ様?」と声をかけてきたがデボラは目をつぶり狸寝入りで無視をした。


 背中側からはサカサカと小さな音が聞こえる。変な姿勢で寝てしまった為に乱れた髪や服を整えているのだろう。これでローレン夫人が来る頃にはちゃんと椅子に座り、夜中は大丈夫でしたと報告できる筈だ。デボラは安心し、いつの間にかまた微睡んでしまった。



 ◆



 次に彼女が目を覚ました時、窓からは白い光が射し込んでいた。


「おはようございますデボラ様。お加減はいかがですか?」

「おはよう、ミセスローレン……シェリーは?」

「夜の番が終わりましたので一日休みを取っております」

「ああ……」


 どうやら無事、ローレン夫人に交代できたらしい。デボラはほっとし、こう言った。


「ありがとう。もう気分も良くなったわ。今日は起きられそうよ」


 そう。とにかく元気になったとアピールをしなければスワロウは話を聞いてくれないだろうから。


 まずは着替えようと衣装部屋へ向かう。いつもの簡素なワンピースドレスを手に取ろうと近づいたところでローレン夫人の声がかかる。


「デボラ様、恐れ入りますが暫くはそちらをお召しになるのはお控え下さい」

「あら、何故?」

「その、()()()がお越しになるかもしれませんので」

「あら、まあ」


 ローレン夫人がほんの少し言い淀んだのを受け、デボラは頬に手を当て上品に首を傾げる。昨日のヴィトの言葉を思い出した。


“それは明日の晩餐に使う予定で注文していた鶏だ。デボラ様がそれでいいなら()()()()()()黙っておけばバレやしないさ”


 なるほど。丸鶏をわざわざ用意せねばならぬ相手だが、本当は使用人たちにとって招かれざる客という訳だ。恐らくはシュプリム伯爵の事だろう。


 だが、シスレー侯爵はデボラに部屋から出ないようにと言っていた筈だ。その言いつけを守り、私室に閉じ籠っていれば顔を合わせることは無いだろう。それなのに簡素なドレスではなく公爵令嬢らしい格好をしろというのは。


「まさか、無理やりそのお客様が私に会いに部屋にくるとでも?」

「……っ、勿論、そんな事はさせません! ですが念のためです」

「そう、わかったわ」


 元より、簡素なドレスを着ていたのは将来ドレスをひとりで着る必要に迫られるかもしれないからという考えからだ。それ以外にデボラが着るものに執着する理由はない。よほど酷いものでない限り、これを着ろと言われれば素直に着るだけなのである。


 というわけで、本日のデボラはローレン夫人の手を借りて、久しぶりに豪奢なドレスを身に纏った。元々の美貌と抜群のスタイルの良さも手伝って、眩しいほどの美しさだ。


「せっかくですから、アクセサリーも何か身に着けては?」


 いそいそと宝石箱を持ってきたローレン夫人に、デボラの目が丸くなる。そして次の瞬間、今度はローレン夫人の目が丸くなった。


「ふ……」


 デボラがほんの少しだが、微笑んだのだ。


「ふふ、ミセスローレン、実はこう言うのが結構お好きなのね?」

「……べっ、別に悪いことではないでしょう……私だって女ですからね。綺麗なものが好きなんです!」


 化粧っ気の殆ど無い、堅物の見本のような夫人がお人形遊びのようにデボラを着飾るのを実は楽しんでいるとは意外だった。しかも。


「あっ! き、綺麗と言うのは他意はなく! 宝石やアクセサリーの話でございますよっ!」

「ええ、勿論そうね。ふふ」


 わずかに顔を赤らめて早口に言う夫人を微笑ましく思い、デボラは彼女に自分の宝石類をじっくり見せてあげようと思った。箱の蓋や引き出しを全て開ける。


「……あら」


 指輪類を入れている引き出しを開けたデボラの手が止まった。ひとつのリングに視線が釘付けになる。


(こんな指輪……覚えがないわ)


 それは、デボラの髪の色にも似た血のように赤く丸い紅玉。血のようにというのが相応しいほど、透明度がない宝石を嵌め込んだ指輪だった。

 しかし透明度はなくとも良く磨かれており、中心には放射状の星のような白い模様が浮き出ている。スタールビーと言われる希少な紅玉かもしれない。


(お母様か、家族の誰かの持ち物が紛れ込んだのかしら……? でも変だわ)


 デボラが父から隣国に嫁入りしろと告げられた時、既に彼女の荷物はまとめてあったのだ。そこに他人の宝石類が紛れ込むだろうか。


「……デボラ様? どうかされましたか?」

「あ、いいえ。少しぼうっとしていただけよ。それよりミセスローレン、どれが今日の装いには合うかしら?」


 デボラは疑問を頭の隅へ追いやり、ローレン夫人にアクセサリーを選んで貰うことにした。

 祖国との連絡を禁じられているデボラにはどうせ指輪の持ち主はわからないし、送り返すことも出来ないのだから。



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