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第3話 マムート国での婚約破棄騒動

ここから6話まで、デボラの過去の話になります。

 ◇



 話は、ひと月近く前に遡る。


「デボラ! お前は俺の妃に相応しくない! よって俺との婚約を破棄する!」


 マムート王国の王太子であるアーロンがその婚約者であるデボラ・マウジー公爵令嬢に対して突如として声を荒げた。

 それは将軍を務めるパーム侯爵の屋敷で開いていた小規模な夜会の最中であった。夜会の賓客達は皆驚きつつも事の顛末を見逃すまい、と興味津々でアーロンとデボラを遠巻きに眺める。


 今までデボラは傍若無人な王太子を陰でフォローしてきた。目を通すべき書類を放り出したりしないよう、先にデボラが優先度の高いものを選り分けておいたし、アーロンが視察や慰問での態度が悪く地方の領主や教会の司祭から白い目で見られた時など、同行していたデボラが和やかな雰囲気になるよう会話を盛り上げたり、ちょっとした手土産を用意しておいたりもした。


 勿論その土産は「誰からのものか」は言わず、渡した直後ににっこりと微笑みアーロンの方を見る。相手はそれで勝手に王太子の手配だと勘違いをし、尊大な態度も未来の国王になるため威厳を保っていると考えてくれる。アーロン自身もその誤解を否定しない。デボラのフォローは婚約者として当然のものと思っているようだった。


 だからデボラは今回のアーロンの発言も(また殿下はおかしな事を言い出したわ……)としか受け止めず、人形のような冷たく美しい顔を全く変化させずに言った。


「まあ、アーロン殿下。私が王太子妃に相応しくないなどと。何を根拠に」


 ぐっ、とどこかの貴族男性が妙な咳払いをした。アーロンが「俺の妃に」相応しくないと言ったのに対し、デボラは素直な鸚鵡返しをするのではなく「王太子妃に」相応しくないと言った為だ。その貴族男性は、「デボラがアーロンに」……いや、「アーロンがデボラに」相応しくない点は否定しないのか、と考えて笑いそうになったのだろう。

 滅多にアーロンと顔を合わせない地方領主や教会の人間と違い、王都に居を構えている貴族の中にはアーロンの本質に薄々気づいている者もいる。


「根拠ならある。お前はこのフィオナを虐めたではないか!」


 その言葉と供に、アーロンの横にすっと進み出る可憐な令嬢がいる。たった今名前を呼ばれた男爵令嬢のフィオナだ。


「デボラ様……正直に本当の事を仰って下さい! わっ、私にひどいことをしたって!」

「フィオナ、もういい。後は俺達にまかせろ。よく耐えたな」


 アーロンが彼女の肩を愛おしそうに抱き寄せた。抱き寄せられたフィオナはデボラだけに見える角度でニヤリと嗤う。漸くデボラは今回の王太子の愚かさはフォローしきれないほどのレベルだと気がついた。最早フォローどころか自らの身を守らねばならぬ。


「フィオナ様に虐めですって? 全くの事実無根ですわ。私がそのような真似をする訳がございません」

「あくまでシラをきるか。この性悪め! こちらには証人もいるのだ!」


 態度は尊大でもどちらかというと暗愚な王太子がすらすらと罵りの言葉を紡ぐところをみると、これは事前に練習をしてきたのであろう、とデボラは推察する。そしてそれを考えると今日の夜会に関する疑問が全て解消した。


 今夜、この場に表立って彼女の味方をする人間は誰も居なかったのだ。そう。ひとりも。


 デボラの名誉の為にことわっておくと、これは彼女の人徳が無いからではない。

 彼女はその外見と、表情のバリエーションの少なさから冷たく気の強そうなイメージを持たれることもあったが、基本的には王太子の婚約者としてなんら恥ずべき振る舞いを行ったことはない。常に周りに対して公正な態度を取り、自らの研鑽も怠らない彼女に憧れる貴族令嬢も少なくなかった。


 なのに何故このような状況なのか。

 彼女の両親、頼りになる優秀な兄達、果ては親類縁者やデボラと親しい令嬢令息に至るまでがこのパーティーに招待されていなかったからである。

 デボラは自分だけが招待されていた事に当然疑問は持っていたが、王太子から「内々の者だけでの集まりだ。お前は俺の婚約者として絶対に参加しろ」と言われていたので素直に従った。しかしいざパーム将軍の屋敷に来てみれば、内々どころかそれなりの力を持つ貴族が結構な人数で集まっている。更にアーロンの他には王族の姿は無い。


 そして将軍の令息は王太子アーロンの側近候補……つまり取り巻きの一人。その張本人と、同じく取り巻き代表の宰相の令息が二人揃ってアーロンとフィオナの後ろに現れた。


「俺は見た! デボラ嬢がフィオナ嬢を虐め、突き飛ばした現場を」

「私も見ました! マウジー公爵令嬢がフィオナ様の持ち物を壊すところを」


 ふたりの証言は勿論全くのでっちあげもいいところだ。しかも証言をするたび、チラチラと得意気にフィオナの方を見てもいる。正直なところ、取り巻き二人もアーロンに近い暗愚と言えそうだ。

 デボラはその長い睫を伏せ、小さくため息を吐く。


(……つまりこのパーティは全て、私に冤罪を着せ婚約破棄を行う予定で最初から仕組まれていた、と言うことね)


 その姿はアンニュイな雰囲気が漂いつつも、一枚の絵画のように美しかった。


 そう。デボラは国を代表するほどの美女だ。だがフィオナは見た目だけなら彼女に引けを取らなかった。

 凄みさえ帯びる真紅の薔薇の様な美貌を持つデボラに対し、フィオナは例えるならば淡いピンクのフリージアのような可憐さを持つ。二人の美しさを比べ、どちらが優れているかを決める事は難しい。もし決められる人間がいるならば、その決定はただの好みの違いであろう。


 問題は、その好みが王太子もその側近候補にも酷く偏りがあった事だけだ。それもフィオナの言いなりになり、嘘の証言を平気でするほどグズグズに嵌まり込んで。


 デボラはそれに気づけなかった事、そして何よりも王太子とその取り巻きたちの愚かさに対して手を打たなかった自身の甘さを後悔した。だが後悔の色は顔には出さない。冷たい微笑みをたたえたまま、彼らの証言の矛盾を突き、反論する。



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