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第1話 夫婦はそれぞれ互いに困惑する

今作は私にしてはシリアスっぽいです。

少しクスッとする場面もありますが基本シリアス。そして一見メンタル強そうな主人公の心が傷つくシーンもあります。

どうぞ宜しくお願い致します。


 自分の意志はまるで無視の上で、花嫁として連れてこられた隣国のシスレー侯爵邸にて。

 デボラは談話室でこの館の主人とテーブルを挟みソファに座っていた。目の前には美しい茶器に(かぐわ)しい紅茶や美味しそうなお菓子が並んでいる。これだけを見れば彼女は歓迎されているように思えるだろう。

 ……が。


「デボラ嬢」

「はい」

「君を愛することはない。わかっているだろうが君は我が国の人質だ」


 デボラは夫となる人物に会ったばかりで酷い言葉を投げつけられた。それも微笑みとともに。この言葉を発したゲイリー・シスレー侯爵はデボラよりも13歳も年上で、薄茶色の髭のよく似合う渋みの効いた色男だった。


 ここに来るまでは、てっきり腹の丸い脂ぎったスケベおやじに嫁がされ慰み物にされるものとばかり思っていたデボラ。しかし彼女はシスレー侯爵の麗しい見た目に、次いでその言葉に大層拍子抜けをした。

 ……いや、彼の外側がイケオジでも中身はやっぱりスケベおやじで、自分は慰み物になる可能性もある。デボラは何と切り出したものか少々考えあぐね、指先を頬に当て首を傾げた。


「デボラ嬢、何か?」

「あの……大変申し上げにくいのですけれど……」

「なんだい? 言ってごらん」


 シスレー侯爵のスカイブルーの目が優しげに細められる。声音も言葉遣いも、こちらの緊張を解きほぐすような温かさを含んでいた。それを感じたデボラは、思いきって質問することにした。


「君を愛することはないと、今仰いましたけれど」

「ああ」


 侯爵は当然だろうというニュアンスを醸し出しながら短く返答し、紅茶を飲む。


「それって心は決して通じることはないけれど、身体だけは重ねるという意味でしょうか?」

「ぶっ!?」


 デボラの言葉に侯爵は紅茶を吹き出し、目を白黒……いや、白青させて咳き込んだ。


「ゲイリー様!」

「旦那様!」


 控えていた執事とメイド服姿の女性が駆け寄る。執事は咳き込む侯爵の背中をさすり、女性は侯爵の口許へハンカチを差し出しながらデボラをキッと睨む。


「貴女、何てことを! 今の言葉は侮辱です! 旦那様を……まるでけだもののように!」

「……いや、いい。ミセスローレン」


 シスレー侯爵はハァと一息ついた。そして苦笑しながらデボラに向き直る。

 彼の目尻に3本ほど笑い皺が刻まれた。


「デボラ嬢、私は先程言った筈だよ。君は人質だと。人質に傷をつければ価値は大きく下落する。それに私は亡くなった妻だけを愛しているのでね。そんな気にはなれないからこそ君を預かるのに適任だったのだよ」

「まぁ、そうだったのですね」


 デボラは目を見開いてぱちぱちとまばたきをし、いかにも無垢であるかのような表情のまま、小さな嘘を交えて言い訳をした。


「世の中には愛は無くとも子は成す夫婦も沢山いるのでしょうけれど、それを初対面からあからさまに口に出すのは少々不思議だと思ったものですから。大変失礼致しました」


 デボラは謝罪した後、侯爵へ質問を続ける。


「では侯爵様と(わたくし)は、白い結婚になるのですね」

「ああ、そうだ。それだけじゃない。君は自由には出歩けないし、祖国とは簡単には連絡を取れない。勿論家族や友人が君を訪ねる事も出来ない」

「……ええ、わかりました」


 デボラは頷いた。その灰色の瞳はガラス玉の様に美しいがどこか遠くを見ているようで感情は読み取れない。しかし実はその心の内は今の侯爵の言葉によって悩み苦しんでいるのだが、彼女はそれをこの国の人間には決して悟らせまいとしていたのだ。


「では君の部屋へ案内させよう。……その前に、ミセスローレン」

「はい」

「先程“貴女”と言ったな。そんな言葉を使うなど君らしくもない」


 壮年のメイドは、能面のような顔にほんの僅かな苦さを混ぜた。


「君がマギーによく仕えてくれた事は感謝している。しかし今日からはこのデボラ嬢が私の妻となったのだよ。彼女にも同じように仕えて欲しいと願うのは我が儘だろうか?」

「……承知致しました」


 ローレン夫人はデボラに恭しく礼をした。しかし冷たい空気を纏っている。


「デボラ様、私はメイド長のローレンと申します。先程は大変なご無礼を致しました事、お許し下さい」

「いいえ、私もおかしな事を言ってしまったのですから無理もありません」

「恐れ入ります。ではお部屋へご案内致します」


 ローレン夫人は扉の方へ先導する。デボラは席を立ち、侯爵へ優雅な挨拶をした。


「では失礼致します。シスレー侯爵様、どうぞこれから宜しくお願い致します」

「ああ」


 二人が談話室を後にすると、残された侯爵と執事は閉まった扉を見つめたまま口を開いた。


「アシュレイ、どう思った?」

「……少々、憚られるような事を申し上げても?」

「ああ、かまわん」

「とんでもない女狐ですね」


 シスレー侯爵はぶはっと吹き出し、破顔した。


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