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タイトル未定2024/04/29 14:21

 時間は少し遡る。

 都内、読日新聞デスクでは、あちこちで怒号が響き渡っていた。

   坂本の資料、もっとあるだろう!

   事件の当日、岩手でコンサートしていたはずだが逮  捕するのであれば急遽、コンサートを取りやめていな  いか調べろ!

   報道発表の連絡はまだきていないのか?

   捜査員が坂本宅に入っていった画像、もう一度確認  しろ

   冴島!記事まとまったら、俺のところに持ってこ  い!

デスクのキャップ深山がいたる場所で吠えまくっている。

 冴島は、この雰囲気が嫌いではない。

 仕事をしている感が半端ない。

 生きている実感がするのだ。

 冴島が持ち込んだ特大スクープで皆、忙しくしている。

 読日は、読日系列のテレビ局と協力して、捜査員が坂本宅に入った画像を手に入れた。

 捜索差押、俗に言うガサの画像()が取れているのは読日系列のテレビ局だけである。

 今現在、「号外」を発行して配り出している。

 そこへ藤堂妻からメールが届いた。

 キャップの目を盗んで確認すると

   冴島さん、ピンチです。

   旦那が銃で撃たれて、病院に運ばれました。

   舞も私もテンパって頭真っ白です。

との不穏な内容だったため、すぐ、トイレに行くふりをしてデスクを離れ、藤堂妻に電話した。

 電話に出た藤堂妻は

 「ごめんなさい、冴島さん。多分忙しくしてるだろうっ ていうのは分かってたんだけど、旦那が撃たれるって初 めての経験で、何も考えられなくなっちゃって…」

と早口で謝ってくる。

 冴島は

 「落ち着いて、たかちゃん、何があったの?」

と落ち着かせるためゆっくりと尋ねると、藤堂妻も落ち着いてきたのか、ことの経緯を伝えてきた。

 「そっかあ、藤堂班長、舞ちゃんの目の前で撃たれちゃ ったんだあ、怪我の具合はどう?仕事抜け出してそっち 行くから!病院は成田日赤でいいのね?」

と確認する。

 藤堂妻は

 「怪我の具合は、今、手術中で、何とも言えないけど… 冴島さん、仕事は大丈夫なの?」

と逆に冴島の心配をしてきた。

 藤堂妻は少し落ち着いてきたのかもしれない。

 冴島は

 「いいよ、今日は私が何したって誰も文句なんか言えな い。それより、手術中なら、今のうち入院用の着替えと か準備したら?肩口撃たれたんなら入院でしょう。それ に体動かしていた方が気が紛れるよ!」

とアドバイスしてくれた。

 すると

 「冴島さん、ありがとう。話したら少し落ち着いた。」

と言って藤堂妻の電話は切れた。

 舞が巨神兵を召喚する前の話である。

 電話を終えると、冴島は、トイレと言いつつ駆け込んだ給湯室から出ると、デスクに戻り、朝霧と相談することとした。

 「朝霧さん、ネタと引き換えに、私これから単独行動し たいんだけど…」

と単刀直入に話を向ける。

 朝霧は、何かを察してか深く追求せず

 「分かった。ネタはどんなの?」

と尋ねてきた。

 そして冴島は、小さな声で

   坂本は逮捕されたけど誘拐殺人ではなく、任意同行  中、拳銃を奪って藤堂を撃ったという公務執行妨害と  殺人未遂としてであること

を朝霧に伝えた。

 瞬間、朝霧は

   えええええー、何だって!そんな話どっからも出て  ないぞ!

と絶叫する。

 朝霧の周囲は当然、朝霧を注視する。

 冴島は、

 「拳銃発砲事案だから警察は間もなく報道発表するは  ず…というか、せざるを得ないわ。しかも現場は千葉県 成田市だから、旭警察署か千葉県の県警本部から発表さ れるはずよ。」

と言ったところで、朝霧は

 「分かった。そのネタは俺が書く。逆に悪いね、こんな 特大スクープ!そっちの用事が落ち着いたら連絡ちょう だい!後は任せて」

として胸を叩いた。

 そして深山キャップに向かい、超特大の大声で

 「キャップ、特大ネタが入りました。坂本は逮捕されま したが、誘拐殺人じゃなく、任意同行中、刑事から拳銃 奪って、刑事を撃った公務執行妨害と殺人未遂です。」

と報告した。

 キャップどころではない、部屋全体で

   な、なにいーー!!!マジかよ!!!

と驚きの声だ。

 読日のデスクは特大の嵐に見舞われる。

 次いで朝霧は

 「冴島さんには、今から裏取りで千葉県に飛んでもらい ます。」

と付け加えた。

 流石に抜け目がない。

 これで冴島がいなくなったことに誰かが不審に思っても大丈夫だ。

 すると深山キャップは興奮した様子で

 「場合によっちゃあ、ヘリ使っても構わない。嗅ぎつけ てるのが、うちだけならとんでもないぞ!」

と言ってきてくれたが、冴島はお見舞いに行きたかっただけなので遠慮する。

 深山キャップも部屋を出て、系列のテレビ局スタッフとプロデューサーにネタを提供する。

 すぐさま、報道特別番組が組まれることになった。


 冴島が病院に到着したのは、舞の巨神兵が母親によって封印された直後となる。

 冴島が、ナースステーションで藤堂が入院している部屋を確認して、部屋に近付いて様子を見てみると、舞が藤堂の眠っているベッド脇で俯いて

 「くっ、無念!」

等と言っている。

 途端、手術が上手くいかなかったのかとドキッとしたが、たか子が軽く笑いながら

 「舞、今日は寝かせてあげよう。明日は絶対、話とかもできるはずだから…」と慰めている。

 命に別状はなさそうだ。

 冴島は

 「たか子、大丈夫?手術は上手くいったのかな?」

と尋ねる。

 「冴島さん、早かったねえ!手術は上手くいって命に別 状はないって…」

とのことだ。

 少し安心した冴島だった。

 どうも、娘の舞が俯いていたのは、看護婦さんに豚の貯金箱で賄賂を申し出たが、たか子に注意されたのが原因のようだ。

 余談になるが、この出来事のせいで舞は「(まいない)の舞」として新人看護婦の間で知られることになる。

 下手にノリツッコミで対応すると婦長に激怒されるという教訓と共に……

 舞が「無念」と言っていたのは、藤堂夫が目覚めてから帰ろうということで待っていたが、目を覚さない状態で面会終了時間になってしまったからということだ。

 相変わらず、藤堂班長の娘さんはおもしろいと思ってしまう冴島であった。

 結局、冴島本人も面会終了時間で本来は会えない状況だったが、何とか「10分だけ」という約束で面会を許してもらえた。

 結局、藤堂夫は目を覚さなかったが、病院の売店で買ったシェイブクリームに髭剃り、歯磨きセット、洗面器、タオル等を置いて病室を後にした。

 藤堂夫の代わりに舞が

 「何から何まで…かたじけない!」

とお礼を言ってくれた。

 でも、たか子の話だと手術中、ずっと、震えて泣いていたという。

 命に別状無くて、本当に良かったと思う冴島であった。

 病院の玄関口まで来たところで、藤堂妻から

 「冴島さんも一緒に夕食を食べよう!それとも仕事残っ てる?」

との誘いがあったことから夕食を一緒に食べることにした。

 藤堂家の住む官舎に着くと、官舎の駐車場には本部の鑑識班の者ら20名程が作業をしている。

 拳銃の弾が藤堂を貫通したため、探しているのだ。

 一部アスファルト面には血痕が認められた。

 あそこで撃たれたんだろう。

 見るからには舞は、通常モードと言っていい状態にまで回復しているが事件を思い出させない様に、なるだけ早く405号室に入る。

 一応、朝霧に連絡すると

 「千葉県の本部で記者会見が行われたけど、詳しい状況 までは話していない状態だよ。まあ、確かに今忙しいけ ど、冴島さんは藤堂さん一家とゆっくりしてて…、他に 何かネタあったら教えてね!」

と言ってくれた。

 冴島は

 「藤堂さんちの官舎の駐車場でまだ鑑識作業してた。持 ってきたデジカメで、写真何枚か撮ったから、パソコン 借りてメールで送るよ!」

と告げると朝霧は

 「えっ?本当?助かる。現場分からなかったから絵(画 像)が全然ないんだ。官舎の駐車場で撃たれたのか!」

と喜んでくれた。

 この送った画像が読日の翌日1面の絵になることになる。

 朝霧はニ晩番続けての徹夜となった。


 翌日朝、冴島は藤堂妻と舞と別れた。

 近くのコンビニに行くと読日のスポーツ誌には冴島が撮影した写真がでかでかと掲載されていた。

 どの新聞も1面は「坂本氏逮捕」の文字が躍っている。

 自分では、それほど大したことはしていないものの

   私がいなかったら、なかったスクープだ

と思うと、なんだか誇らしくなった。


 一方、舞の通う保育園では、いつもの様に舞が

   おはようございます!

と大きく挨拶すると保育園の先生も

   おはようございます。

と返してくれたが、顔が引きつっている。

 舞の父親が撃たれたことを新聞で知ってどういう顔をしていいのか分からないだろう。

 しかし、舞の友達のチホちゃんとアキちゃんは、普通に

 「舞ちゃん、お父さん、撃たれたんでしょ、大丈夫な  の?」

と直球で、そのまま舞に尋ねる。

 舞が

 「大丈夫!今日だったら話もできるってお母さんが言っ てた」

と答えると、友達も園の先生も安心したのだった。


 この日、園を終えると舞は、自宅とは逆方向へ歩き出した。

 成田日赤病院方向だ。

 今日出がけに、母親に

 「今日には、うちのくそジジイ、話せるようになってる と思うけど、我慢して、土日に一緒に病院へ行こう。」

と言われたが、舞は自分の心に嘘がつけない人物だった。

 「分かった。」

と口では言ったものの

 「そんなの我慢できるわけない」

と心の中では思っていた。

 いつも舞は友達のチホちゃん、アキちゃんと手を繋いで帰るが

 「ごめん!チホちゃん、アキちゃん、舞、父ちゃんのお 見舞いに行く」

と言って歩き出した。

 そのため

 「舞ちゃん、一人だと危ないから私も一緒に行く」

と先ず、チホちゃんが、そして

 「二人だけだと心配だから私も」

とアキちゃんも病院方向へ手を繋いで歩き出す。

 それを見ていた同じ園の男の子健太、太一、誠と健太の妹の幸の4人も

 「道知ってるのか?教えてやるよ!」

と言ってついてきた。

 健太のフルネームは、大場健太、大場班長の息子である。

 相撲大会で舞に負けたため、舞に一目置いている。

 結局、保育園から成田日赤病院へは7名で向かう。

 病室は5階だ。

 病院へ着きエレベーターで5階まで上がると病室へ向かうがその前に、ナースステーションがある。

 その前を通り過ぎようとした時、舞の友達チホちゃんが舞に言った。

 「舞ちゃん、お見舞いの時は、看護婦さんに挨拶しない といけないって前に父さんに言われた」

と指摘する。

 舞は頷くと、ナースステーションの扉を開き、胸を張って大きな声で言った。

 「たの〜も〜う」

と……

 実はこの時、冴島が病院に来ていた。

 もちろん、舞の声に気付いた。

 逆に、冴島は舞達の斜め後ろにいたため気付かれていない。

 午後2時を過ぎた頃、東京のデスクで朝霧が

 「冴島さん、いいよ、病院行きたいんでしょ、後は俺が やるから」

と言ってくれたのだ。

 最初は

 「でも朝霧さん2日も徹夜でしょ、朝霧さんが帰りな よ」

と遠慮したが

 「冴島さんには、その権利がある。あんだけスクープ連 打されたら、俺が休みにくいんだよ。いいから…」

と押し切られた形だ。

 あっ舞ちゃんたちだと気付いたものの、すぐには声をかけずにいるとナースステーションの中で業務をしていた女性の一人、白衣ではなく薄ピンク色のナース姿の女性が、舞の方を向き

 「何奴だ、道場破りか?」

と舞の挨拶にノリで返している。

 昨日、たか子から聞いた見習いの看護婦さんだろうと思い

   どうなるんだろう

と興味を引かれたので、見守ることにする。

 舞は素直に

 「父上のお見舞いに馳せ参じた!」

と答える。

 すると

 「ほう、これは面妖な!そちの母君から、娘が一人でや ってきたら追い返してくれとのことを言い遣ってお る。」

と見習い看護婦は答える。

 流石、たか子、舞の行動を読んでいたのかと冴島は感心する。

 しかし、隣に立っていた舞の友達と思しき者らが

 「1人じゃないよ!7人いるから大丈夫」

と舞を援護する。

 冴島は

   それは、逆に危険度が7倍に跳ね上がったというこ  とでは……

とは思ったが、我慢して口は挟まない。

 舞は、ここで見習い看護婦に言い放った。      

 「無論、ただで…とは言わぬ…」

そして保育園の制服のポケットから封筒を取り出した。

 それを看護婦に差し出し、時代劇に出てくる悪役の変顔を模して変顔を作り

 「看護婦様の御力でそこを何とか……、これをお納めく ださらんか?」

として手渡す。

 何か冴島は楽しくなってきてしまった。

 流石、舞ちゃん、おもしろい。

 看護婦さんが封筒の中身を見ると「肩たたき券」「肩もみ券」が5枚づつ入っていた。

 見習い看護婦は

 「やりよる」

と呟くと、更に

 「この様な高価なものは受け取れんが、今回だけ特別に 案内してやろう。その代わり、父さんと会ったら明るい うちに帰るんだよ」

と優しく言うと舞が

 「うむ、分かりもうした」

と頷き看護婦は舞と手を繋ぎ病室へ歩き出した。

 藤堂の入院している大部屋に着くと舞は

 「父ちゃーん!」

と言って駆け寄る。

 藤堂は

 「えっ?舞来たのか?母さんから土日に一緒に来るって 聞いてたんだけど……」

どうも、藤堂妻も、捜査の合間に立ち寄り、夫と会っていたらしい。

 舞は

  「父ちゃん、お母さんには内緒でお願い!」

と言って両手を合わせ父ちゃんを拝み出した。

 舞の後ろをついてきた友達も

 「撃たれたって聞いたけど、全然元気じゃん!」

 「舞ちゃん、心配だったんだからしょうがないよ」

 「おじちゃん、新聞におっきく出てたよ!」

 「舞ちゃん、お母さん大好きだから、内緒にしてあげ  て!」

と一気に病室は賑やかになった。

 同じ病室には50〜60代の男性ばかりで、舞らを見ると孫が来たかのように皆笑顔になっている。

 藤堂は、後ろで「トイレに行ってくる」と言って席を外していた冴島を見とめ

 「冴島!嬉しいんだけど、病室であんまり賑やかなのも 看護婦さんたちに迷惑だと思うから、これで皆を食堂に 連れてってチョコパフェでも、ご馳走しれくれない  か?」

と言って自分の財布から1万円札を出して渡す。

 また

 「ごめん、食べ終わったら、皆を家まで送ってくれない か」

と小声で頼んできた。

 冴島はお札を受け取り

 「分かりました。送っていきます。」

と返事する。

 そこへ、ある人物が登場する。

 70代前半と思しき女性が青色の着物を着込み、婦長と共に現れた。

 何やら風格がある。

 「藤堂さん、お久しぶり、銃で撃たれたんですって、大 丈夫なの?」

なんと大場の母親である。

 藤堂は、姿勢を正して

 「お久しぶりです。ええ、体の方は大丈夫です。今日は 娘とその友達がお見舞いに来てくれたんです。」

と返事して子供達を示す。

 すると舞の友達の男の子が

 「あれっ?おばあちゃん?」

と言って驚いている。

 大場の息子の大場健太だ。その妹の幸も

 「おばあちゃん、幸だよ」

とアピールする。

 大場の母親は

 「ありゃ?健太と幸も!来てたのかい?後で家による  よ!」

と言った後、藤堂に向き直り

 「今日は息子、来れないって言ってたから代わりに私が 来たんです。病院で孫に会えるなんて思ってなかった  わ、孫とその友達はうちで送っていきます。」

と申し立てた。

 気付くと大場の母親の後ろには、50代の女性が2人、控えており、大場の母親が目で合図すると

 「じゃあ、みんな帰りましょうか?おばさんに道教えて ね」

と言い出した。

 そこへ冴島が

 「えっと、帰る前に藤堂のおじさんが食堂でパフェ奢っ てくれるって、先ず食堂に行こうか」

と割って入ってくれた。

 舞の友達らは

   やったあー

   パフェだってえ

   7階に食堂があるんだよ、ここのパフェ、結構美味  しいよ

と再び部屋は賑やかになる。

 すると大場の母親は、何故か冴島を睨みつけ

 「孫とその友達の食事代は私が払います。」

と財布からお札を取り出し、冴島に渡した。

 そして藤堂を向いて

 「あなたも、しょせん小物なんだから、小物は小物らしく大物のの世話になってればいいのよ。」

また

 「あと、これだけは覚えておきなよ!どんな理由があろ うとも、子供を泣かせる親は私が許さない。坂本が拳銃 撃ったか何か知らないけど、子供にそんなの関係ない。 子供の前で撃たれてるんじゃないよ!」

と藤堂を叱りつけた。

 藤堂は大場の母親が嫌いではない。

 むしろ、自分以外の全てを小物扱いする大場の母親に好感を持っている。

 田舎の母親を思い出すのだ。

 冴島は、大場の母親と藤堂との間で小競り合いが始まるかと思ったが藤堂は笑いながら

 「すいません、それじゃあご馳走になります。それと、 もう撃たれたりしません」

と言って頭を下げた。

 が、藤堂の横にいた舞は

 「おばちゃん、今、父ちゃんを悪く言った?」

等と質問した。

 途端、舞の友達の女の子、チホちゃんとアキちゃんの顔色が変わる。

 そう、舞に対して、舞の家族の悪口を言うことは厳禁なのだ。

 舞は保育園で3度ケンカしたことがある。

 1度目、同級生の女の子が舞の父親を悪く言った時「父ちゃんを悪く言った?」と確認して「そうだよ」と答えた瞬間、舞が右手でビンタを放ったのだ。

 当然女の子は1発のビンタで泣いてしまった。

 この同級生、実はアキちゃんである。

 後に仲直りして今は仲良しだが、ケンカの時にはビックリしたものだ。

 普段はおとなしい舞だが、家族の悪口を聞くと、途端、戦闘民族になる。

 自分への悪口であれば、スルーというか、悪口と気付いていない節もある。

 2度目は年上の女の子だ。

 相手が年上でも、家族の悪口を聞くと舞は止まらない。

 この時も「父ちゃんを悪く言った?」と確認した上で、相手が「だからなんだ」と開き直った瞬間、右手でビンタを見舞った。すぐ園の先生が止めに入ったが舞は止まらない。女の子が泣いて謝るまでビンタを連発したのだ。

 3度目は年上の男の子だったが同様だ。

 男の子だったので多少反撃したが、舞は殴られて顔を腫れさせても、やはり謝るまでビンタをやめなかった。だが、この男の子は実は舞の父親の悪口を言いたかったわけではなく、舞のことが好きだったので気を引きたくて悪口を言ったようだ。この時も「父ちゃんを悪く言った?」と確認してからビンタをしている。友達のチホが「本気で悪口を言ったわけじゃないよ。舞ちゃんのことが好きだったから構ってほしくてあんなことを言ったんだよ。」とフォローするが舞は「退かぬ、媚びぬ、顧みぬ」とテレビアニメの再放送で見た悪役のセリフみたいなことを言ってスルーしたのだった。チホちゃんは「舞ちゃんは全然ぶれねえ〜」と感心したものである。

 保育園の先生の間では「舞ちゃんに家族の悪口を言うと、舞ちゃんはサウザーに変貌する。」とのことで、申し送り事項として、舞が卒園するまで語り継がれることになる。

 舞の一番の友達チホちゃんは思う。3度のケンカは、父親ネタだったが、舞ちゃんには、お母さんが出来た。見る限り父親以上に崇め奉っているようだ。母親ネタで悪口を言う者がいれば、サウザーどころではないのではないかと予測する。また舞ちゃんはまだ生まれていない弟の話をよくする。既に大好き状態だ。弟の悪口の場合、ラオウになるだろうと予測している。

 今のところ、危険を承知でチャレンジする者はいない。

 チホちゃんは、ラオウ状態の舞を見なくて済みますようにと祈るのだった。

 いずれにしても、「舞の家族を悪く言うこと」は舞の逆鱗なのである。

 舞は、相手がどんなに大物であろうと、家族を悪く言われた場合、黙っていない。

 それと気付いたであろうか?

 そう、舞は丹下段平の指導を受けるまでもなく、ビンタもとい張り手を得意技としていたのだ。

 大場の母親は

 「悪くなんて言ってないよ。私の息子と同い年じゃない か!子供は親に甘えるものだって、そう言ったの。」

と説明する。

 舞はそれを聞いて

 「そっかあ、舞、勘違いした。ごめんなさい!それじゃ あ、みんなでパフェ食べに行こう」

と明るい声で話し機嫌を戻したようだ。

 冴島は、舞に大物の片鱗を感じ取っていた。

 この日も冴島は、藤堂宅に泊まったが、ここで驚くべき事実を知る。

 舞から聞いたのだ。

 「あのね、冴島のお姉さん!お母さん強いんだよ!」

と言って藤堂妻のバッグに入っていたハリセンを取り出し、

 「お母さん、これで父ちゃんに拳銃を撃った犯人をやっ つけたんだよ!」

と興奮気味に話してきた。

 冴島は

   そういえば、現行犯逮捕したとは聞いてたけど、制  圧したのはたかちゃんかあ!

   見たかったなあ

と思っていると舞は

   赤川製ハリセン

を指差して

 「舞も同じやつ欲しい。冴島さん、作り方教えて!」

等と言ってきた。

 そのため、その夜は藤堂妻、舞、冴島の3人でハリセンを作成したのだった。

 舞は保育園児なので、子供用と言うことで、一回り小さい、長さにして50センチメートル程度のハリセンを作成し、舞はご満悦の状態で就寝したのだった。

 舞の今後の活躍が楽しみである。


 捜査一課捜査2班班長大場は、自席で沈み込んでいた。

 世界的なピアニスト坂本竜を逮捕し、坂本は犯行を認めている。

 3月12日公務執行妨害と殺人未遂で坂本竜を現行犯逮捕、3月14日送検、4月2日誘拐殺人で再逮捕、4月4日誘拐殺人で送検と続いた。

 再逮捕から1週間が過ぎ、現在4月12日である。

 あと1週間しかない。

 4月19日に公務執行妨害と殺人未遂、誘拐殺人が同時に起訴される予定だ。

 本来、満期は4月21日だが、この日は日曜日なので、繰り上げて4月19日の起訴ということだ。

 裁判を戦えるだけの証拠も押収できた。

 間違いなく起訴はされるだろう。

 しかし坂本は

   犯行の動機については終始曖昧な供述をしている状  況

だった。

 逮捕当初から

   1年前から世良と仲違いしていて、殺そうと思って  いた

と説明していたが、明らかに動機をごまかしているとしか思えない。

 犯行そのものは素直に認めている状況であるから

   何故、動機のみ曖昧な供述をするのか意味がわから  ない

のだ。

 仮にも30年付き合いのあった友人を殺すのだ「仲違いした」の一言で済まないだろう。

 大場が思い悩んでいると上司の梶山から声がかかった。

 「なんか、考え込んでるな、動機は相変わらずだけど、 犯行そのものは認めている。起訴はされるから問題ない よ。深く考え込むな」

と慰められる。

 また梶山は

 「今回の事件の功労者の表彰を考えてんだけど、お前は どう思う?」

と話を振ってきた。

 梶山補佐は気を紛らせようとしているらしい。

 「私の判断だと、功労者は藤堂夫婦のみですが‥‥」と本音を漏らす。

 梶山補佐は笑いながら

 「事件最大のキーマンを見つけたお前は外せないよ」

と告げるが今、大場は喜んでいられない。

 と、そこでふと思い至った。

   藤堂なら、こんな時どうするんだろう

と‥‥

 そこで庶務席にいる藤堂妻の元へ足を運ぶ。

 「藤堂の傷は、もうだいぶいいのかな?」

と話しかけると

 「ええ、大丈夫ですよ。今はむしろ暇そうにしていま  す。時々お見舞いに来る冴島さんと将棋を指すのが唯一 の楽しみみたいです。」

とのことだった。

 また、藤堂妻は大葉の聞きたいことを察したのか

 「当の冴島さんは将棋じゃなく、坂本の動機を聞き出し たいみたいですけど‥‥」

と付け足した。

 大場は話に食いつき藤堂妻に

 「藤堂は、動機について何か言ってるのか?」

と尋ねた。

 藤堂妻の答えは

 「うちのくそジジイも『動機は逮捕前には見当もつかな い状態だった。逮捕すれば話してくれるかなあと期待し ていた』って言ってました。」

とのことで正直がっかりしたのだった。

 この翌日、大場は休日をとって成田日赤病院へ藤堂のお見舞いに訪れる。

 大場は

 「おう、久しぶり!調子はどうだ?」

と右手を挙げて笑いながら藤堂に近付く。

 藤堂は

 「調子もなにもないよ。今はただひたすらに暇だ。何か 理由付けて俺をここから出してくれねえか?」

と病院をあたかも留置場であるかのような言い回しだ。

 この日、藤堂妻も病院に来ていた。

 「今更だけど、あんたも暇なら大場さん手伝ってあげな よ!」

と促す。

 そんな話をしていると徐に、大場は藤堂に頭を下げ

 「藤堂、すまない、お前の実力を見せてくれないか?」

と言った。

 藤堂は

 「俺の実力?」

と首を傾げてみせたが大場は

 「お前の実力については、米山補佐から聞いている。今 回の事件は俺の警察人生で3本の指に入る程の事件だ。 そんな事件なのに俺の力足らずのせいで犯行の動機が分 からないなんてことにはしたくない。本当は、取調官が 言ってはいけないセリフだとは重々承知だが背に腹は変 えられない。坂本から犯行の動機の調書をとってくれな いか?」

と真面目な顔で言ったのだった。

 藤堂は妻を向いて

 「うちの、警察の最終日はいつだ?」

と尋ねる。

 最終日とは、最後の「関係書類追送書」の発送日のことだろう。

 妻は

 「4月19日に起訴予定だから、4月18日が最終日  ね」

と告げる。

 藤堂夫は大場に向け

 「じゃあ、前日の17日、こっそり病院抜け出して、そ っち行く。午前中1時間だけ俺が取調べる。それでいい か?」

と尋ねた。

 大場は

 「悪いな、頼む。」

と頭を下げて帰っていった。


 その日からだった。

 藤堂夫の目には火が灯ったと感じられた。

 久しぶりである。

 藤堂夫は、妻に被害者世良家族と被疑者坂本家族の在籍照会結果、また、坂本だけじゃなく、世良も以前運転免許証を持っていなかったかを調べるように言ってきた。

 在籍照会結果はもう、既に手に入っている。

 実は被害者の世良も以前は運転免許証を持っていたことが分かった。

 4月15日の午後には、被疑者の妻を病院に呼び出し事情聴取した。

 翌日は、被害者世良の妻を病院に呼び出し事情聴取した。

 4月16日の午前には赤川を呼び出し満留礼次郎の事情聴取の内容を確認した。

 更に、4月16日の午後には、旭市であった交通事件記録(死亡轢き逃げ事件の事件記録の写し)を取り寄せた。

 4月16日の夜には冴島に頼んでいた交通事件記録の関係者に対する事情聴取結果を確認した。

 そして、協力してくれた冴島に対して

 「これで情報は揃った。動機はこれだ」

と告げたのだった。

 夫の捜査をずっとサポートしていた藤堂妻には、なんとなく動機が分かってきたが他の捜査員には分からないだろう。

 4月17日、藤堂夫は、こっそり病院を抜け出した。

 警察官なのにこんなことをして、いい度胸である。

 旭警察署2階刑事課では刑事課員の他に志村検事と東京の田中検事が来ていた。

 藤堂夫が再度、坂本の動機について、取調べをするということで駆け付けたようだ。

 藤堂夫は、志村検事に対し

 「本当は、事件の最中、取調官が交代するのは好ましく ないというのは分かってるんですが、大場には借りがあ るんで、私も断れませんでした。時間が惜しいんで早  速、取調べを始めます。」

と言って取調室へ向かった。

 殺人事件被疑者の取調は、取調室内に取調官と補助者の2名が入る。

 今回は藤堂夫と妻だ。

 また取調の様子は刑事課の部屋でも確認できる。

 殺人事件被疑者のの取調は録音録画が行われているからだ。

 夫婦で、留置場から坂本を出し、取調室の中で手錠を外し取調べが始まった。

 先ず、坂本が口を開いた。

 「先日はすみませんでした。今回の取調はあなたがやる んですね?」

と言ってきたが藤堂は

 「そうなんだ、今日は俺です。いつもと取調べの進め方 が違うかもしれませんが勘弁してください。」

と笑顔で答える。

 坂本は

 「毎日、毎日、取調べで大場さん、疲れちゃったんです かね?」

と申し立てたが、それには答えず、藤堂はずっと笑顔のままである。

 再び坂本が口を開き

 「最近は動機の話ばっかりですよ。私の供述、信用でき ないんですかね?」

と言うと藤堂は

 「1年前から世良と仲違いして、殺そうと思っていたっ ていうやつですか?」

と尋ねる。

 坂本は

 「そうです。ずっと、最初から、そういう風に言ってる んですけど何度も聞くんですよね」

と申し立てた。

 すると藤堂は

 「それじゃあ少し話を変えましょう。私を拳銃で撃った 理由は何ですか?」

と尋ねた。

 藤堂妻はえっ?と不思議に思ったが声は出さない。

 坂本も同様だ。

 公務執行妨害と殺人未遂の動機については

   逃げようと思った

という形で既にまとまっている。

 坂本は驚いた様に

 「今日はそっちの話なんですか、逃げようとしたけど、 娘さんが鍵を渡してくれなかったからです。」

と即答する。

 しかし藤堂は

 「違うんじゃないですか?」

と首を傾げる。

 藤堂妻も驚いてしまう。

 そして、首を傾げている坂本をよそに藤堂は

 「羨ましくて、納得がいかなくて撃っちゃったというこ とではないですか?」

とのことを言い出した。

 坂本は、若干顔色が変わったかと思われたが即座に

 「いったい何の話ですか?羨ましいって何の話です   か?」

と逆に質問する。

 藤堂は

 「5年前、あなたには、5歳の女の子のお孫さんがいま したね?美咲ちゃんです。」

とのことを言うと、今度ははっきり顔色が変わったのが見てとれた。

 坂本が回答に臆していると

 「5歳って、まだ可愛い。奥さんから聞きましたが、そ れこそ目に入れても痛くないくらい、坂本さんは大好き だった。しかし5年前に交通事故というか轢き逃げにあ ってますね。それで死亡した。」

と告げると坂本の顔は真っ赤だ。

 次いで

 「その轢き逃げ事件を起こしたのが世良さんだったとい うことではないんですか?世良さんは5年前には免許を 持っていたが今は更新せず、持っていない。」

との豪速球を投げ込んだ。

 ふと見ると坂本は震えている。

 藤堂が

 「私もおかしいと思ってたんです。世良さんを殺すにし ても何故、車のトランクなのかっていうことに違和感が ありました。別の方法であれば、わざわざ、浮浪者の満 留礼次郎の助けを借りる必要もなかった。車を使わなけ ればアリバイ工作はできなかったいうこともないでしょ う。あなたなりの理由があったんです。しかし、結果、 犯行は見破られてしまった。任意同行されていると、自 分の孫にも似た女の子が父親と話をしている光景を見て しまって、気が狂わんばかりになってしまったというこ とだと思うんですが……」

と言うと坂本の両目から涙が溢れていた。

 坂本は、否定も肯定もしていないが、この涙が全てだろう。

 坂本は

 「最初は世良が犯人だなんて知らなかったんです。分か ったのが1年前です。たまたま、昨年、世良と一緒に旭 に来た時、車庫入れで車を擦ってしまって、もう何年も 乗っていた車だったんで廃車にしようと思って持ち込ん だ自動車整備工場の者が『数年前にも世界的音楽家の世 良さんっていう人が車を持ち込んで廃車にした。車の底 に血が付いてたから動物でも轢いたのかもしれない』と のことでしたが、私には充分な疑念が生まれました。廃 車にした日時を調べてもらい、また、廃車費用のほか1 00万円をプラスして支払ってもらったとのことでし  た。私の疑念は膨らむ一方でした。今話した自動車整備 工場の者と言うのが満留です。しかも、その満留から決 定的な証拠を得てしまったんです。自動車整備工場は経 営が思わしくなくて倒産したということでしたが、廃車 を依頼された車を処分できずにいたとのことで、その車 の底にこびり付いていた血痕を調べたところ娘のDNAと 一致したのです。血痕の方は腐食してダメでしたが一緒 にこびり付いていた毛根付きの髪の毛で判明したとのこ とでした。にもかかわらず世良は何食わぬ顔で私と接し ていた。30年来の友人として……許せなかった。」

と一気に自供した。

 すると藤堂は

 「何故、その理由を今まで黙っていたんですか?」

と尋ねる。

 坂本は

 「孫娘を轢き逃げで殺したと言っても、世良は30年来 の友人です。殺しただけじゃなく、世良の名誉や地位、 その人生、全てを否定する結果にも繋がりかねない。流 石にそういう事は出来ないと思ったんです。」

と言ってうなだれた。

 結局、この日、藤堂は坂本から2通、供述調書を取った。

 公務執行妨害と殺人未遂の動機に関する調書   1通

 誘拐殺人事件の動機に関する調書        1通

である。

 それからしばらく藤堂夫と坂本は雑談した。

 坂本が

 「娘さん可愛いですね!元気にしてますか?」

と尋ねてくると藤堂夫は正直に

 「坂本さんのこと、正直言って激オコです。今日、私が 取調べをするって言ったら『舞の父ちゃんを拳銃で撃つ なんて信じられない。……お前の血は何色だって聞いて くれ』って言われました。」

と告げる。

 坂本は

 「そうですよね」

と答えるが顔が引きつっている。

 そして藤堂が

 「そうです。『家族を殺す』あるいは『家族を殺されそ うになる』っていうのはそれだけ大変なことになんで  す。でも坂本さん、あなたは確かに私を拳銃で撃ったけ れども、ただの1回も拳銃を娘に向けることはなかっ  た。そこは娘の親として評価しています。」

と言うと再び涙を流し始めた。

 次いで藤堂夫が、舞の相撲大会の話をすると坂本は食いついてきて一緒に盛り上がっている。

 その間、藤堂妻は持ち込んだパソコンで供述調書を作成した。

 取調べを終えて刑事課の部屋に戻ると大場班長と志村検事、田中検事の3人が興奮した様に藤堂へ駆け寄ってきた。

 志村検事は

 「ありがとうございます。これで完璧です。画像を見て いて鳥肌立ちました。午後はうちで旭署の取調室を貸し てもらって同じ内容で検面調書を巻きます。」

と早口で申し立て、大場も

 「お前でも無理かなって思ってたんだけど、流石だな」

と喜んでいる。

 志村検事は、検面調書の作成で、田中検事は起訴状を作成するらしい。

 警察官の作成した調書は俗に「員面調書」検察官の作成した調書を「検面調書」と呼ぶ。

「員面調書」は、警察官の肩書きが「司法警察員」であるためで、内容が同じ供述調書であれば、一般的には検面調書の方が価値が高いとされる。

 その日、藤堂夫は、病院に戻って、看護婦にはもちろん怒られたが、旭警察署に残った捜査本部員は全員が徹夜となった。

 最後の関係書類追送書は、通常、捜査報告書と供述調書が数本という具合で厚さで言ったら数センチメートルの世界だが、今回は、捜査途中の轢き逃げ事件の記録の写しを丸々付けることになったり、

   被害者世良明の妻、世良瞳から轢き逃げ事件に関す  る供述調書

   被疑者坂本の妻からも轢き逃げ事件に関する供述調  書

   被疑者坂本の娘、坂本留依からも轢き逃げ事件に関  する供述調書

その他諸々で30センチメートル程の厚さになった。

 また赤川は満留礼次郎から再聴取をし、坂本の供述の裏付けを行った。

 坂本の供述通りの内容だったらしい。

 尚、捜査に協力してくれた冴島には、坂本の動機が見えていただろうが坂本が供述調書にサインするまで新聞掲載を待ってもらっていた。

 そして、この日の夕方、藤堂夫が冴島の携帯電話に電話し

 「今日、坂本は動機の調書にサインしたよ」

と告げると冴島は

 「分かりました。ありがとうございます。」

とお礼を言い、すぐ電話は切れた。

 今日は読日、徹夜だろうなと思う藤堂であった。


 冴島は、東京の読日のデスクにいる時に藤堂からの連絡を受けた。

 電話を終えると冴島は朝霧へ

 「朝霧さん手伝ってくれない?多分、明日の1面差替え になる。」

と告げる。

 流石に慣れてきた朝霧は

 「何、何、今度はどんな感じのネタ?」

と聞くので

   坂本の動機が5年前の轢き逃げ事件にあって、その 轢き逃げ事件の被疑者が被害者の世良であること、そし て轢き逃げ事件の被害者が坂本の孫娘であること

をそのまま告げた。

 朝霧は今回も

 「えええええー」

と絶叫した後

 「そりゃあ、1面間違いなしだわ」

と言って頷いた。

 朝霧の絶叫を聞きつけた深山キャップも冴島に近付いてきた。

 「何だよ、俺にも教えてくれよ、今度は何?」

と言うので、同様に深山キャップに告げると

   うわっ!今回もすげえな!

と呟いたかと思ったら即座に部屋全体に聞こえるように大声で

   坂本の動機判明。

   世良が5年前、坂本の孫娘を轢き逃げして殺してた

   1面差替え〜!

と叫んだ。

 部屋には

   うええええい!

   うわっ!今回もすげえな!

との声がそこここに響く。

 もちろん、今回も、系列のテレビ局へネタを提供する。

 即座に、翌日、特番が組まれることになった。

 読日以外どこの新聞社・テレビ局も掴んでいないネタだった。

 もちろん、新聞はバカ売れである。


 後日、深山キャップが冴島のデスクへ寄って来て

  「お前にはスクープの神がついてるな!」

と笑顔で言うと、冴島も

  「私のスクープの神は凄いんです。知ってますか?ス  クープの神って将棋弱いんですよ!」

と笑ったのだった。


 4月19日、予定通り、坂本は起訴された。

 3月12日から1ヶ月以上もの間、世間を賑わせた事件は、ようやく終わりを告げようとしていた。

 藤堂が唯一心残りに思ったのは、拳銃で撃たれたため、4月4日に開催された舞の小学校入学式に出席出来なかったことだ。

 藤堂妻はちゃっかり出席している。

 妻に入学式の様子をビデオ撮影してもらったが、やはり生で見たかったと思う藤堂夫であった。

 藤堂夫は4月22日退院することになった。

 病院の玄関口に、担当医師、看護婦長、見習い看護婦が集まり藤堂夫婦と舞に対峙している。

 冴島の活躍のおかげで藤堂夫は有名人になっており、流石に報道陣がいるわけではなかったが形だけでもということで病院で退院祝い的な催しを考えたらしい。

 尚、冴島は、ちゃっかり退院祝いに参加している。

 最初、看護婦長が藤堂夫に花束を渡し

 「退院おめでとうございます。やっぱり警察官は大変な 仕事ですね」

と告げると、藤堂夫は、照れて頭を掻き

 「ありがとうございます。」

と申し立てた。

 担当医師も

 「おめでとうございます。藤堂さんは有名な刑事さんだ ったんですね」

と新聞の影響を受けているようで頭を下げる。

 付き添っていた藤堂妻は舞に

 「お父さんの怪我を治してくれた先生だよ。お礼言おっ かあ!」

と促すが、ここで流れが急展する。

 舞は、担当医師に向かって

 「うむ、ご苦労であった。でかした!」

などと言い出したのだ。

 そして

 「近う、寄れ!褒美を取らす!」

等と超上から目線の言葉を発してしまった。

 舞はポケットから封筒を取り出し、担当医師に差し出す。

 担当医師が封筒を受け取り中身を確認すると「肩たたき券」と「肩もみ券」の5枚組セットだ。

 ここでも見習い看護婦は独り言ちた。

 「やりよる」

と……

 一瞬にして藤堂妻の顔は真っ赤になった。

 そして妻は舞に向かって告げる。

 「私は舞の高飛車な姿、あまり好きじゃないな」

と……

 舞にとって母の言葉は絶対である。

 舞は一瞬で顔色を変え、なんと担当医師の前で土下座しだした。

 「今のはNGじゃ、やり直しじゃ!」

と言ったかと思うと次いで大きな声で

 「ご容赦願奉る!平に〜あっ、ひ〜ら〜に〜」

と謝った。

 近くで見ていた冴島は、舞が敢えて途中で「あっ」と一呼吸を入れたのが笑いのツボにはまり吹き出してしまった。

 土下座された担当医師はむしろ慌てる。

 近くにいた見習い看護婦に尋ねる。

 「金親君、こういう時どうすればいいの?」

と……

 見習い看護婦は金親京子と言い、看護婦長の評価は最低だが、医師の間では

   子供の扱いがうまい

と評判になっていたのだ。

 すると金親は担当医師の耳元で小さな声で策を授ける。

 担当医師は舞に向き直り言った。

 「うむ、大義である。しかと受け取った。父君を大切に するのじゃぞ!舞殿の所業はいつも『いとおかし』なれ ど、対応する我らは『いとめんどくさし』じゃった。よ って二度と病院の敷居を跨ぐでないぞ!」

と…策通り返したのだった。

 舞は話を聞くと大きな声で返事した。

 「御意!!」

と……

 すると傍に控えていた見習い看護婦の金親が大きな声で

 「本日のお白洲は、これまで〜」

と言って締め括ったのだった。


 先程、藤堂妻は、やんわりと舞をたしなめたが、病院は、やんわりと「出禁」にしたのだった。

 こうして藤堂ファミリーは、車を止めたコインパーキングへと向きを変えたが、後方から

   バン

という音がしたので振り返ると婦長が鬼の形相をし、看護婦金親が頭をおさえていた。

 藤堂妻は見なかったことにして、藤堂ファミリーはコインパーキングに向かったのだった。

 藤堂夫は4月22日に退院したが、ひそかに次なる目標を立てていた。

 舞の学校の授業参観の出席である。

 毎年、ゴールデンウィーク後、5月中旬に行われているとのことだ。

 そのため、退院後は、暫く大きな事件が起こらないようにと願っていたが、藤堂の持って生まれた引きの強さで4月30日、藤堂の携帯電話が鳴ってしまう。

 藤堂は、

   また今回も、えげつないタイミングで携帯電話が鳴  っちゃったな

と思いつつ電話に出ると案の定

 「米山です。匝瑳で、遺体が発見されたんだけど、どう もマルエムっぽい。今回は3班とうちで合同でやる。藤 堂も現場行ってもらえるか?事件の担当検事は志村検事 の後任の中西という女性検事なんだけど、検事も現場行 くってよ。」

とのことだった。

 その日は火曜日だったが、梶山補佐の計らいで休みをもらっていた。

 舞は小学校へ行っていたが妻は自宅で一緒である。

 すぐ、妻と一緒に匝瑳市へ向かうことになった。

 車内で藤堂夫は

 「毎回変なタイミングでマルエム入るな!5月中旬の授 業参観出たいんだけどな」

と話しかけるが妻は

 「まあ、こんなもんでしょ。」

と相変わらずのクールな回答である。

 匝瑳市は成田市から車で1時間程かかる。

 前回、県内では、田舎の部類に入る旭市での捜査だったが、今回はその隣の市である。

 旭市と同様、基本農村地帯である。

 現場の間宮方は農村地帯の外れに位置し、南側は田園地帯で北側は山となっている。

 山と田園に挟まれた集落となる。

 この集落は一軒一軒の敷地が広い。

 この匝瑳市は、基本農村地帯であるため、コインパーキング等は無いが、逆に農村地帯であるが故、旭市の時と同様、道路に多数の車両が駐車する状況でも、通行に余程邪魔にならない限りスルーされているのが現状である。

 匝瑳市は、今言ったように農村地帯で、市内を縦断する国道126号線沿いに大型の店舗、商業施設が並んでいるが、、その店舗数等は旭市程ではない。

 この国道を1本入れば、住宅街と田畑が広がっている状態となる。

 現場は、山と田園に挟まれた集落で、間宮方は集落の中でも特に敷地が広い。

 間宮方の周囲は規制線が既に張られていた。

 捜査車両とパトカーは間宮方前の路上に駐車してある。

 藤堂夫婦も車両を路上に駐車させて、捜査車両が並んで駐車してある先へ向かう。

 間宮方の門扉前には制服の警察官が立っているが藤堂夫婦はこの制服警察官の前まで来ると、警察バッジを規制線前に立っている制服の警察官に示し

 「捜査一課の藤堂です。現場を確認に来ました。刑事課 の方はいますか?」

と尋ねる。

 即座に制服の警察官は無線機を使い

 「ただいま、捜査一課の方が来ています。規制線の中に 入れてよろしいか?」

として確認をとっている。

 すぐ許可は降り、制服の警察官は、黄色の「立入禁止」の文字が記載されたテープを持ち上げる。

 藤堂夫婦は規制線テープをくぐり、間宮方の敷地を見ると、やはり間宮方の敷地は広い。

 その広い敷地に木造2階建ての家屋が2軒建っている。

 敷地の周囲は、高さ約1.8メートル程のコンクリート製の塀で囲まれており、門扉は敷地の南側に設けてある。

 門扉前はアスファルト舗装のされた道路となっている。

 北側の塀沿いに建ててあるのが母屋と思われる。

 東側の塀沿いに建ててあるのが離れだろう。

 母屋の南側、離れの西側は枯山水の庭となっている。

 藤堂妻は

   京都で見たことはあったけど、ここにもあるのか

   素人目に見ても、美しい

と感じていた。

 家屋へ向かう途中は、既に足跡採取を終えた場所にビニールシートが敷かれているのでその上を通る。

 ビニールシートの上を歩いていると、顔見知りの機動捜査隊員永田警部補に声をかけられた。

 「ご苦労様です。今回、藤堂班長ですか?」

藤堂が

 「そうだよ、うちと3班の合同だ。」

と説明すると永田警部補は、笑いながら

 「どうりで。1班じゃ1番乗りじゃないですか?3班の 人も何人か来てますよ」

と応じる。

 そして

 「びっくりしたんですけど、女の検事さんも来てま  す。」

とのことを告げてきた。

 他県ではどうか分からないが、千葉県では、検視作業は「代行検視」と言って警察官が行うのが一般的だ。

 実際、今回も本部捜査一課から検視官が臨場予定だ。

 代行検視は、捜査一課検視係と言う部署の階級が警部にある者が行う。

 ただ、藤堂夫は警部補にも拘らず、検視官が来るのが遅ければ、自ら行なっている。

 藤堂夫は、以前は捜査係ではなく、検視係におり、当時、検視係にいた米山補佐から「免許皆伝」をもらっており、この行為が許されているのだ。

 また、同様に捜査2班の大場班長も、当時、検視係にいた梶山補佐から「免許皆伝」をもらっており、警部補で検視を行う事がある。

 藤堂と大場がライバルと言われる所以でもある。

 志村検事等も検視を行ったことは無い。

 警察を信用して任せているのだ。

 志村検事の後任の検事はやる気がある人なのかもしれないと思う藤堂妻であった。

 しかし藤堂夫は、検事が来るという連絡を受けていたにもかかわらず

 「はっ?検事が何で?冷やかしか何かですか?それとも 嫌がらせとか?」

と質問しだした。

 米山補佐の話をあまり聞いてなかったらしい。

 藤堂妻は何か前回も同じようなことを言ったような気はしたが

 「何で検事がわざわざ冷やかしに来るんですか?バカな んですか?」

とツッコミを入れる。

 永田は笑いながら

 「どうも、若い、なりたての検事らしくて検視作業と言 うのを見てみたいとのことらしいです。噂だと滅茶苦茶 優秀で、ゆくゆくは女性初の検事総長になるのでは?と いう話ですよ。」

と申し立てた。

 そして

 「前も同じことを聞きましたけど、最近、変な映画でも 見始めましたか?金田一耕助シリーズとか?」

と藤堂に尋ねてきた。

 藤堂夫が

 「うわっ!超ズボシ!昨日は『本陣殺人事件』をDVD借 りて、娘と一緒に見たよ。」

と答えると、永田は笑いながら

 「完全にそれが原因ですな、噂だと、今回、密室殺人じ ゃないかって誰か言ってましたよ!」

 藤堂妻が、えっ?と驚いていると二つの家屋のうち離れの家屋の方から捜査員が数名出てきた。

 どうも現場は離れの家屋の方らしい。

 出てきた捜査員は、皆、首を傾げている。

 枯山水の庭は、現在、鑑識作業中である。

 藤堂夫婦は、いつものエプロン、白手、下足カバー等を身につけると鑑識作業の邪魔にならないように離れの屋内に入ることとした。

 離れの玄関は2本引きサッシ戸の玄関口であるが、シリンダー錠付近のガラス面が破損している。

 傍に立っていた永田警部補は

 「離れから悲鳴が聞こえて、駆け付けたけど鍵がかかっ てたので、ここを壊して中に入ったそうです。ガラス割 って中に入ったのは午前7時30分頃だそうです。」

と説明した。

 玄関のたたきには運動靴2足、作業靴1足、草履1足のみの状態である。

 玄関入ってすぐの廊下は家具等が整然と置かれている。

 家屋北側に2階への階段がある。

 永田の案内で、家屋2階、西側の10畳間の前まで来ると永田は

 「遺体はこの部屋の中です。」

とだけ告げ、襖を開けた。

 10畳間の中、中央には布団が敷かれており、最上部は白色花柄の掛け布団が掛けてある。

 掛け布団を取り除くと、もう1枚、青色毛布が掛けてある。

 毛布を取り除くと敷布団上に70代の女性が水色の肌着を着た状態で横たわっている。

 女性の胸部に、水色肌着の上からサバイバルナイフが刺さっている。

 そのナイフの周囲は血痕で赤色を呈している。

 青色毛布の方にも血糊がべっとりだ。

 部屋は10畳間とのことだが部屋の北側にはズラッとラジカセとスピーカーが並んでおり、部屋は狭く感じる。

 スピーカーはラジカセと繋がっているらしい。

 ラジカセの脇には女性が立っていた。

 20代の女性で、藤堂らと同様に下足カバーにエプロン、マスク、手袋姿である。

 その女性は藤堂に近付くと

 「検事の中西です。今日は勉強させて頂こうと思い、こ こまで来ました。」

とのことを告げた。

 言っていた検事だろう。

 藤堂夫も挨拶を返す。

 「ああ、検事さんですか捜査一課の藤堂です。こっちも 捜査一課の藤堂で、私の妻です。」

とここまでは良かったが、余計な一言を付け足した。

 「妻は令和の丹下段平と呼ばれています。」

と……

 当然

 「呼ばれてねえよ!ジジイ!」

とツッコんだが、検事は笑って

 「仲が良いんですね」

等とコメントした。

 そして検事は

 「邪魔にならないように心掛けますので、よろしくお願 いします。」

と頭を下げてきた。

 夫も笑って頷く。

 藤堂妻は、会って1分足らずで、検事に自分の本性をさらけ出してしまったことに若干、反省してしまっていた。

 検事は

 「遺体の観察は、どこをどのように見れば良いのです か?」

との質問をしてきたが夫は

 「どこって、全部です。」

と参考になるような、ならないような大雑把な回答をするのだった。

 藤堂夫は遺体の前で手を合わせ一礼し、いつもの様に遺体の観察を始めた。

 遺体の外表所見を確認する。

 遺体の頭部を見ていた時

 「えっ?」

と首を傾げた。

 遺体の両耳介に青色ゴム製の耳栓がしてあったのだ。

 永田警部補は藤堂が首を傾げているのを見て

 「家族の話だといつも耳栓をして寝るそうです。音の敏 感な人みたいで気になって眠れなくなるんだそうで す。」

と補足説明した。

 それから、眼瞼、口腔内、鼻腔内、頭部を念入りに確認した後、匝瑳警察署刑事課員の手を借りて、遺体の服を脱がせ背面を確認した。

 当然と言えば当然だが、今回は死斑の転移等は認められない。

 というか死斑はまだ発現してすらいない。

 硬直も発現していない。

 現在、4月30日午前9時50分で室温は12度である。

 直腸温は35.1度で、悲鳴があった時間から考慮すると悲鳴があった時に殺されたと考えても問題はなさそうだ。

 一通り、遺体の所見を確認すると藤堂夫は、匝瑳警察署の刑事課員から発見時の状況を尋ねる。

 刑事課の三橋警部補は

 「今日の午前7時30分ころ、この離れからキャアーという凄い悲鳴が聞こえたため、母屋から被害者の家族が駆け付けたんですが、離れは1階、2階とも全部、内側から鍵がかかっていたようです。

 母屋には離れの合鍵は無くて、玄関引き戸のガラスを破って中に入りました。

 被害者は

   住所  千葉県匝瑳市匝瑳100番地

   職業  農業

   氏名  間宮 清子   75歳

です。

 実際に遺体を発見したのは

   住所  千葉県匝瑳市匝瑳100番地

   職業  高校生(匝瑳高校3年生)

   氏名  間宮 淳    18歳

になります。

 淳君と一緒に離れを探したのは、淳君の父親

   住所  千葉県匝瑳市匝瑳100番地

   職業  農業

   氏名  間宮 徹   50歳

と淳君の妹

   住所  千葉県匝瑳市匝瑳100番地

   職業  中学生(匝瑳中学校3年生)

   氏名  間宮 冴   15歳

です。

 冴さんと徹さんが離れの1階、淳君が2階を探したとのことです。

 もちろん、屋内で不審な人物は誰も見ていません。

 そして、少し遅れて淳君と冴さんの母親

   住所  千葉県匝瑳市匝瑳100番地

   職業  主婦

   氏名  間宮 夏子  45歳

が離れに駆け付けたという状況です。

 被害者のご主人は「清太郎さん」という方でしたが5年前に他界しているそうです。

 現在は徹さんが世帯主になります。

 それと、普段から、この間宮家に出入りしている人物としては

   住所  千葉県匝瑳市匝瑳150番地1

   職業  間宮家使用人

   氏名  宮田 かおり   40歳

   住所  千葉県匝瑳市匝瑳170番地2

   職業  間宮家使用人

   氏名  木村 薫     50歳

   住所  千葉県匝瑳市匝瑳200番地3

   氏名  斉藤 隆     60歳

の3人がいます。

 3人とも今日は午前8時30分ころ、間宮方に出勤してきたようです。」

と説明した。

 藤堂夫は、離れ2階の一室にて、家族及び出入りしている者ら全員に事情聴取することとした。

 そして事情聴取には、中西検事も同席することになった。

 先ずは被害者の息子で、発見者間宮淳の父親、間宮徹に事情聴取した。

 間宮徹は

 「私が間宮徹です。仕事は農業です。亡くなった母の息 子です。兄弟はいません。今日、午前7時30分ころ、 母屋で朝飯を食べていたら、こっちの離れからキャーと いう悲鳴が聞こえたので、駆け付けたんです。でも離れ の玄関には鍵がかかっていて、離れの南東側にある勝手 口に回ったんですが、勝手口も鍵がかかっていました。 そのため、一緒に母屋から駆け付けた私の息子の淳に『 金槌を持って来い』と言って取りに行かせたのです。玄 関の窓を壊して入ろうと思ったのです。1〜2分で、す ぐ淳が金槌を持って来たので、玄関のガラスを壊して中 に入りました。どこから悲鳴がしたのか分からなかった ので、私は1階にある居間に行きました。冴も1階にあ るトイレと風呂を確認して、淳が2階の寝室を見に行っ たのです。1階の居間は何故か滅茶苦茶に荒らされてい て、しかも猫の死骸までありました。私は母がこの猫の 死骸を見て悲鳴を上げたのかと思い、そのまま1階を探 していました。そしたら2階から淳が『父さん来て!』 と大声で叫ぶので2階へ行くと母がナイフを刺されてい る状態だったのです。離れの中も外でも不審な人影等は 一切見かけませんでした。」

と説明した。

 すると藤堂夫は

 「この離れの鍵は何本あって、誰が持っているんです  か?」

と尋ねる。

 間宮徹は

 「2本です。母が肌身離さず持っているのが1本とこの 離れの玄関に1本かかっています。」

と答えた。

 すると藤堂夫は

 「では、作ろうと思えば、知らない間に玄関の鍵から合 鍵を作ることはできますね?」

と尋ねる。

 間宮徹は

 「いや、でも母が出かけている時は、使用人が、この離 れにいますので難しいと思います。」

と答えたが藤堂夫は

 「では、家族であれば可能ということでしょうか?」

と尋ねる。

 すると

 「えっ?まあ、家族であれば、しようと思えばできない こともないかもしれません。」

との回答だった。

 また藤堂夫は

 「お母さんの遺体を確認させてもらいました。耳に耳栓 がしてありましたが、これは普段から寝る時にしていた のでしょうか?」

と尋ねる。

 すると間宮徹は

 「そうです。母は耳が良くて小さな音でも敏感に反応し てしまい、眠れなくなるのだそうです。家族は全員知っ てます。」

と答える。

 続いて藤堂は

 「キャーと言う悲鳴はお母さんの声に間違いありません か?」

との質問をする。

 間宮徹は、えっ?一瞬、驚いて固まるが

 「あらたまって聞かれると自信がありません。女性の悲 鳴には違いありませんが、絶対に母の悲鳴かと聞かれる と断言はできません。この離れから聞こえた女性の悲鳴 と言うことで母の悲鳴と思ってしまっていたということ かもしれません。」

と答えた。

 また藤堂は

 「お母さんは、身内の人でも近所の人でも何かトラブル を抱えていたということは無いですか?」

と尋ねる。

 間宮徹は

 「いえ、そのようなことは無かったと思います。」

と答えた。

 それを聞くと藤堂夫は

 「ありがとうございました。」

と言い

 「次は奥さんにお話を聞きたいので呼んでもらえます  か?」

と告げる。

 間宮徹は

 「分かりました」

として頭を下げ部屋を出て行き、1分ほどすると、すぐ間宮夏子が入室した。

 藤堂夫は

 「今日の朝の状況を教えてください。」

として説明を求めた。

 間宮夏子は

 「いつものように午前6時ころ、起きて朝ごはんの準備 をやり始めました。午前7時30分の少し前に出来上が ったので主人と子供2人を起こして朝食を食べていたの です。そして7時30分丁度ころに『キャー』という悲 鳴がしたのです。主人と子供2人は『なんだ、あの声』 と言って、声のした離れへ向かったのです。私はびっく りして味噌汁の入った茶碗を落としてしまって、それを 拭いていて離れに向かうのが遅れてしまいました。そし たら淳が戻ってきて『金槌どこ?鍵がかかってて中に入 れないから壊して中に入る』と言ってきたので、工具箱 の中にあった金槌を渡して、私は他に使えそうな工具は 無いか確認してから離れに向かいました。私は工具箱か らバールを見つけて、それを持って離れへ向かいました が、行った時には主人と子供2人は離れの中に入ってい ました。私が玄関先に来ると主人が『母さんが中で死ん でる。ナイフで刺されたみたいだ』というので慌てて母 屋に戻って110番したのです。もちろん、不審な人影 等は一切見ていません。」

との説明をした。

 間宮徹と同様、続いて藤堂夫は

 「この離れの鍵は何本あって、誰が何本持ってます  か?」

と質問した。

 それに対して、間宮夏子は

 「2本だと思います。義母さんが1本、どこに行くのに も持ち歩いています。それともう1本、義父が持ってい た1本ですが、義父が亡くなった後は、離れの玄関口に 下げてあります。」

と申し立てた。

 また間宮徹同様

 「お義母さんが出かけている時に、誰かが合鍵を作ると いうようなことは可能でしょうか?」

と質問する。

 間宮夏子は

 「いや、どうでしょうか?義母が出かけている時も、離 れには使用人の者がいますけど…可能かどうかというこ とであれば可能ではあると思います。」

と回答した。

 次いで藤堂夫は

 「遺体を確認しましたが、耳に耳栓がしてあります。旦 那さんに確認したら、いつも寝る時にしているとのこと だったのですが間違いないですか?」

と確認する。

 間宮夏子は

 「そうです。寝てる時小さな音でも聞こえると、気にな って眠れないって言ってました。5年くらい前から耳栓 をして寝るようになりましたが、最近はよく眠れるの か、朝起きるのが遅くなって午前8時30分頃になって いました。」

と申し立てた。

 そして先程同様

 「キャーという悲鳴は義母さんの声に間違いありません か?」

と藤堂夫は質問する。

 間宮夏子は少し考えた後

 「確かに、離れから聞こえた女性の悲鳴と言うことで義 母さんの悲鳴と思ってしまいましたが、断言できるかと 言われれば断言できません。」

と申し立てた。

 更に藤堂は

 「変なことを一つ聞きますね!」

と前振りした上

 「お義母さんとあなたは、俗に言う嫁と姑という関係で すが、仲は悪かったですか?」

と質問する。

 間宮夏子は

 「正直、仲が良いとは言えなかったとは思います。で  も、殺したいほど仲が悪かったかと聞かれれば、はっき りと否定します。」

と申し立てた。

 また藤堂夫が

 「お義母さんは、身内や近所の人たちとトラブル等あり ましたか?」

と質問すると

 「いいえ、特に無かったと思います。」

と回答した。

 更に

 「息子さんの淳君は匝瑳高校って聞きました。確か、も の凄い進学校ですよね?成績はどうだったんですか?」

と尋ねると

 「淳は頭いいですね。いつも学年で10番以内です。お 義母さんも淳には期待していました。」

と申し述べた。

 それを聞くと藤堂夫は

 「ありがとうございました」

と言い

 「次は娘さんにお話を聞きたいので呼んでもらえます  か?」

と告げる。

 間宮夏子は

 「分かりました」

として頭を下げ部屋を出て行き、1分ほどすると、間宮冴が入室した。

 藤堂夫は間宮冴に対し

 「今日の朝の状況を教えてください。」

として説明を求めた。

 すると間宮冴は

 「朝7時30分ころ、この離れから『キャー』っていう 悲鳴がしたから、お兄ちゃんとお父さんと私の3人で駆 けつけたの!少し遅れてからお母さんも来たかな?お父 さんと私が1階を探して、お兄ちゃんが2階を探した  の!最初に入ったお父さんが1階の居間で『うわっ、な んだ、こりゃあ』って驚いてたから、お父さんの後ろか ら居間を覗いたら居間が荒らされてて、動物の死骸まで あってびっくりした。しばらくしたら、2階から、お兄 ちゃんのお父さんを呼ぶ声がしたから、私もお父さんと 一緒に2階に行ったら、2階の寝室でお祖母ちゃんが死 んでたっていうか、殺されてたの!1階も2階も人影は 見ていません。」

と説明した。

 それから離れの合鍵について尋ねると

 「鍵は2本あって、1本はいつもお祖母ちゃんが持って て、1本は玄関にいつも下がってる。」

また

 「多分やろうと思えば、家族と家に出入りする使用人と かなら合鍵は作れると思う。」

と申し立てた。

 また耳栓については

 「お祖母ちゃん、寝る時、いつも耳栓してた。家族はみ んな知ってるよ。使用人たちは、どうか分からない。」

とのことであった。

 そして身内や近隣とのトラブルについては

 「お兄ちゃんとはイマイチ仲は良くなかったと思う。何 かあるとすぐに『お前は次の当主なんだから、ちゃんと しなさい』って言って、お兄ちゃんはウザがってた。近 所のトラブルはよく分からない。」

と申し述べたのだった。

 聴取を終えると藤堂夫は

 「ありがとうございました。」

と言い

 「次はお兄さんにお話を聞きたいので呼んでもらえます か?」

と告げる。

 しかし間宮冴が

 「お兄ちゃん、学校の先生と電話で話してたから、すぐ 来れないかも……」

と言ったので、先ず使用人らに話を聞くことにする。

 使用人、宮田かおりと木村薫は2人同時に事情聴取する。

 藤堂夫は2人に対し

 「間宮清子さんはご近所でトラブル等無かったか?」

と質問すると2人とも

 「無いと思います。」

とのことだった。

 身内でのトラブルも同様である。

 また離れの合鍵について質問すると

 「清子様が1本ずっと持っていて、もう1本が、いつも 玄関の壁にかけてあります。」

と答え、更に

 「玄関にかけてある鍵は、いつも注意しているわけでは ないので、合鍵を作ろうと思えばできないことはないか もしれません。」

とのことであった。

 ここで宮田かおりが思い出したように

 「そういえば、今年の1月10日、私の誕生日だったの で覚えているんですが」

と前置きして

 「鍵が一時紛失した騒ぎになりました。結局は淳君が玄 関脇に落ちているのを見つけてくれて何事もありません でしたが……」

と申し述べた。

 次いで藤堂夫が耳栓について聴取すると宮田かおりは

 「何回か見たことがあるが、耳栓をしている理由は知ら ない」

とのことであった。

 木村薫は、そもそも、耳栓をしていたことすら知らなかった。

 藤堂夫は使用人2人に対して

 「ありがとうございました」

と言い

 「次は斉藤隆さんにお話を聞きたいので呼んでもらえま すか?」

と告げる。

 使用人2人は

 「分かりました」

として頭を下げ部屋を出て行き、2〜3分ほどすると、斉藤隆が入室した。

 ここで藤堂妻は心配になってきた。

 ずっとペアで一緒に仕事をしてきたので分かるが

   藤堂夫は事情聴取の時間が長くなると、飽きてくる  のか何なのか不明だが突然、『たわごと祭り』を始め  る

のだ。

 前回の坂本事件の時にはマエストロとウエスタンラリアートで、『たわごと祭り』をやりくさった。

 事情聴取で2人を呼び出したのは、その前触れかもしれない。

 通常、事情聴取で2人を呼び出し、同じ場所ですることはあまりない。

 そろそろ来そうだな。

 そして妻の予感は的中してしまう。

 斉藤が

 「庭師をしています斉藤隆です。」

と挨拶すると藤堂夫は

 「ほう、うちは専らカツオですね。」

等と言い出した。

 すかさず妻が顔を真っ赤にさせて

 「ニボシじゃねえよ!庭師だ!何でいきなり味噌汁のダ シの話になるんだ」

とツッコミを入れる。

 一緒に聞いていた中西検事、匝瑳警察署刑事課員、捜査一課捜査3班の面々は呆然としている。

 気を悪くさせてはいけないと思ったのか中西検事が

 「いやあ、見事な枯山水ですね!」

と言って褒めると斉藤は

 「京都で修行してきたんですよ。枯山水をそう言って褒 めてもらうと嬉しいです。」

と笑った。

 気を悪くしてはいないようだ。

 しかし、藤堂夫は

 「いやあ、うちは女房が料理にうるさいんですが、カレーに山菜は……」

とまたしても意味不明なことを言い出す。

 妻は

 「カレーの具の話なんて誰もしてねえ!料理から離れ  ろ!」

とツッコむ。

 藤堂妻は頭に血が上って会話を全部は覚えていないが、庭師の話では1日に1度、枯山水を整備する。

 昨日から今日にかけて、枯山水で変わったところはないとのことだった。

 そして最後の1人、第一発見者でもある間宮淳の番になった。

 藤堂妻は

   『たわごと祭り』がこれで終わるはずはない

と気を引き締めていた。

 間宮淳は入室すると

 「間宮淳です。殺されたのは私のお祖母ちゃんになりま す。」

と挨拶した。

 藤堂夫は

 「それでは遺体を発見した時の状況を教えて下さい」

と言うと間宮淳は

 「今日の朝、ご飯を食べていると、キャーと言うお祖母 ちゃんの悲鳴がしたので、お祖母ちゃんのいる離れに向 かいました。離れは全部施錠されているみたいで中に入 れなかったんで、一緒に離れへ向かった父に『金槌持っ てこい』と言われて、一旦、母屋の方に戻って金槌を持 って戻ってきました。それから玄関の引き戸のガラスを 金槌で壊して中に入って探しました。父と妹は離れの1 階を探し、私が2階を探しました。そしたら2階の寝室 でお祖母ちゃんがナイフを刺されて殺されていたので  す。すぐに父を呼び、母を経由して110番通報をした のです。離れの方に来てから、不審者とかは一切見てま せん。」

と説明した。

 藤堂夫は

 「寝室の状況は変わってませんね、何かを動かしたとか ありますか?」

と質問すると

 「いえ、何も動かしてません。警察で確認したままだと 思います。」

とのことであった。

 次いで藤堂は

 「何か、話によると、1階も、荒らされていたみたいで すね?」

と問うと

 「私も後で見ました。居間のテーブルにコップが倒れて 水浸しでしたし、お祖母ちゃんの服が散乱していまし  た。それに、どこかの猫がボウガンで撃たれて死んでい るようでした。首にボウガンの矢が刺さっていまし   た。」

と答えた。

 すると藤堂夫は

 「ほう、ボウガン?アックスボンバーの?」

等と意味不明な質問をしだした。

 妻は

   来た!

と察知しつつ

 「ハルク・ホーガンじゃねえ、何で突然プロレスラーが 出てくるんだ!」

と大声でツッコム。

 夫も少しびっくりした。

 妻の年齢的にハルク・ホーガンを知らないと思っていたのだ。

 気を取り直すと藤堂夫は

 「確か、匝瑳高校って話だよね、優秀な学校なんですよ ね」

と確認する。

 間宮淳は謙遜して

 「それほどでもないとは思いますけど、優秀な奴は、ど こ行ったって優秀ですよ。」

と答える。

 続いて藤堂夫は

 「部活動は何かやってるんですか?」

と質問する。

 間宮淳は

 「ちゃんとした部活動は特にしてません。でも仲間内で バンドを組んでやってます」

と答えた。

 藤堂夫は

 「ほう、俺とは少し系列が違いますね。スパイのような 活動はしたことがありません。」

と言い出した。

 即座に妻の

 「バンドだ!ジェームス・ボンドじゃねえ!」

とツッコミが飛ぶ。

 間宮淳は、特に気を悪くしたような素振りはなく、軽く笑いながら

 「私はギターですね。」

と言うと夫は

 「ほう、未来から来た奴が未来の指導者を殺そうとする やつですな?」

とまた意味不明なことを言い出したが

 「ターミネーターじゃねえ!しかも『た』の一文字しか あってねえし……」

と切って捨てる。

 間宮淳は顔を引きつらせながらも

 「時々路上ライブとかもやってるんですよ、駅前とか で」

と補足説明するが藤堂夫の『たわごと祭り』はまだ終わらない。

 「いやあ、俺はあまり聖書読んだことがなくて……」

と言って頭を掻くが、これも妻が

 「ライブだ!アダムとイブじゃねえ!」

と切って捨てた。

 藤堂妻は、ここで思った。

   ひょっとしたら、2班の赤川は貴重な存在かもしれ  ない。

   ジジイ相手にツッコミ役1人は大変だ

と……

 ここで藤堂夫が気を取り直して質問を続ける。

 「ご家族の性格とか教えてもらっていい?」

と話を振ると

 「母は、おっとりしてるけどバカじゃない。少し考える のが遅いだけ、今回も引き戸を壊すということでバール を持ってきた。バールの方が金槌より有効だと思う。父 は少し慌て者の気があるけど、集中力は半端ないと思  う。妹は怖がりだけど頭は良く回る。成績も俺より上を いくかも……、お祖母ちゃんは、しっかり者だけど、一 つの方向しか見えないというか、そんな感じ!自分の言 うことが全て正しいと思っている節があった。正直、僕 とは相性は良くありませんでした。」

との分析を披露した。

 また藤堂夫が、離れの合鍵について尋ねると

 「お祖母ちゃんが1本、肌身離さず持ってて、もう1本 は玄関口にいつもかけてある。」

また

 「合鍵は作ろうと思えば、間宮家に出入りする者ならで きるはず」

とのことだった。

 藤堂夫が耳栓について尋ねると

 「いつも寝る時にしてた。使用人は分からないが、家族 は全員知っていたと思う。」

との回答だ。

 こうして、ようやく家族全員の事情聴取は終わった。

 事情聴取は終わったが、1階の状況を確認してなかったので藤堂夫婦は1階へ向かう。

 離れの玄関に一番近い10畳間が居間らしい。

 中央にテーブルが置かれているが、間宮淳の言う通りテーブル上のコップと水差しが倒れ液体が溢れている。

 また10畳間のタンス脇の畳上に、着物と帯等が散乱している。

 そして、家屋西側に2本引きサッシ戸があり、枯山水が一望できる形となっているが、サッシ戸脇の畳上に黒色のビニール袋が置いてあり、その上に猫の遺骸がある。

 間宮淳が述べていた様にボウガンの矢が首の後ろから前に向けて刺さっている。

 まだ腐ってはいないようだ。

 藤堂夫婦は、間宮家の離れを一通り見て回ると今度は、広い敷地をつぶさに見て回り、更に間宮方の隣近所を見て回ると、間宮方離れに戻って来た。

 すると離れで間宮淳と母親の間宮夏子が言い争っていた。

 間宮淳が

 「もうすぐライブがあるんだ。練習したいんだ。」

と言うと母夏子が

 「何もお祖母ちゃんが亡くなった日にまですることない じゃない。家に居なさいよ」

と言い返すのが聞こえた。

 間宮夏子は藤堂夫婦に気付いたらしく

 「刑事さんからも何か言ってやって下さい。事件があっ たのに、バンドの練習に行きたいって言い張ってるんで すよ。」

 そして再度、間宮夏子は間宮淳の方を振り向くと

 「悪いことって続くものなの!家に居なさい!」

と苦言を呈した。

 が、藤堂夫は

 「それじゃあ、こうしましょう!行きは私達が送ってい きましょう。流石に何時間かかるか分からないんで帰り は無理ですが、帰りは携帯から家に電話してもらって迎 えに来てもらうと言うのはどうでしょう?少なくとも交 通事故とかの可能性はだいぶ減るはずです。」

と提案したのだった。

 結局はその提案で話はまとまった。

 藤堂妻が運転席、夫が助手席に座ると、間宮淳が助手席の後ろの後部座席へ座った。

 すると運転席の窓をノックして叩いてきた者がいた。

 中西検事だ。

 中西検事も「一緒に行きたい」とのことだった。

 特に断る理由もなく、4人で匝瑳高校へ向かうことになった。

 匝瑳高校は高台の上にあるが都内の高校と違って敷地は広く感じられた。

 間宮淳が車両を降りると、藤堂夫も車から降りて

 「俺も案内してよ。演奏見てみたい」

等と言い出した。

 藤堂妻は、再び、「たわごと祭り」が始まりそうな嫌な予感がしたが捜査のペアとして1人で行かせることはできず、車から降りる。

 検事も興味津々な顔で車から降りてきた。

 間宮淳は、どこへ行くかと思いきや、高校2階の音楽室へ入って行った。

 間宮淳に聞いたところ、音楽室は月水金曜日に吹奏楽部が使い、火曜と木曜だけ間宮らのバンドが使っても構わないとされているとのことだ。

 音楽室の中には3人いた。

 ドラムの鈴木、ベースの高木、ボーカルの茅島である。

 3人とも間宮の姿を見ると

 「遅かったじゃないか、早く始めようぜ!」

と駆け寄る。

 ベースの高木とボーカルの茅島が

 「そう、そう、来ないかと思った。なんかあったの?」

と言うと間宮は

 「いやあ、今日、家で事件があってさあ、刑事さんに  今、送ってもらったんだ」

として藤堂夫婦を指し示す。

 3人とも

 「えええ〜」

と声を出し

 「刑事さんなんだあ」

と言ってはしゃぎだした。

 最初、

 「ドラムの鈴木です。」

と、ちょっと小太りの男子が頭を下げて藤堂夫に近付いてきた。

 藤堂夫は

 「いやあ、友達に新聞記者はいるけど俺自身書いたこと なくって…」

と言いだしたので妻が

 「コラムじゃねえよ!ドラムだ!」

と早速のツッコミを入れる。

 次いで、少し痩せていて眼鏡をかけた男子が

 「ベースの高木です。」

と頭を下げたが藤堂夫は

 「いやあ、クリーンアップを任されたことはあるんだけ ど、ピッチャーは……」

と言い出す。

 「誰も野球の話してねえ!エースじゃなくてベース   だ!」

とツッコむ。

 最後、ちょっと茶髪がかった髪をした女の子が

 「ボーカルの茅島です。」

と挨拶すると藤堂夫は、またしても

 「いやあ、匝瑳って言うほど田舎じゃないと思うよ!」

と意味不明なことを言い出すが、即座に妻が

 「誰もローカル言ってねえ〜!ボーカルだボーカル!」

とツッコンだ。

 藤堂夫は怒涛の「たわごと祭り」をやりだしたのだ。

 3人とも笑っていたが、間宮淳は顔をひきつらせている。

 藤堂夫は茅島に対して

 「いやあ、茅島さん、声大きねえ!ってこの音楽室、防 音設備しっかりしてるのかな?」

と尋ねる。

 すると茅島は

 「大丈夫だよ、ここ大きな声で歌っても外にはあんまり 聞こえない。前に試しに、この音楽室の中で悲鳴上げて みたけど、外には聞こえなかったみたいで誰も来なかっ た」

と答える。

 藤堂夫が

 「へえ、悲鳴上げてみたの?」

と更に尋ねると

 「私、この淳と付き合ってるんだけど、バンドの練習で 夜遅くに帰宅することもあるから『試しにやってみろ  よ』って言われたんだ。淳、心配性だから……」

と顔を赤らめて答えたのだった。

 藤堂夫は満足したのか、検事と妻に振り返って

 「それじゃあ、邪魔しちゃいけないんで、そろそろ、お 暇しましょうか?」

と言ってきた。

 藤堂夫は妻にバンドのメンバーの人定事項を確認させると捜査車両方向とした。

 捜査車両へ向かう途中、藤堂妻の携帯電話にピコーンとラインメールの着信音が響いた。

 藤堂妻が携帯電話のラインメールを確認していると藤堂夫が

   あともう一息だ

と呟いていた。

 藤堂妻は、その呟きを聞き逃しておらず、

 「ねえ、あんた、もう一息って、こういうこと?」

と言って着信したラインメールを夫に披露した。

 ラインメールは藤堂妻の同期で、匝瑳警察署で生活安全課にいる田沢という女性警察官からの

   たか子、匝瑳署に来るんだね?

   ところで、今回のうちの事件、猫がボウガンで殺さ  れてたって聞いたけど、明日その手の前歴があって、  再び通報があった奴を取調べるんだあ。

   大沢和彦って奴!

   もし、何か聞きたいことがあれば聞いておくけど…

との内容だった。

 藤堂夫はかじりついてメールを見入っている。

 次いで妻は

 「大場さんの時のジャイアンルール、私にも適用される んでしょ?」

と尋ねてきた。

 藤堂夫が

 「ジャイアンルール?」

と言って聞き返すと藤堂妻はドヤ顔で

 「大場さんのお母さんの実力は大場さんの実力でもある っていうルールだよ!」

と説明する。

 そして

 「私が同期から得たこの情報は、あんたの実力でもある ってこと!」

と付け足した。

 藤堂夫は

 「いや、しかし……あれって、ジャイアンルールって言 うの?」

と質問するが

 「自分の実力は俺のもの、他人でも家族の実力であれば 俺のものってちょっと変則的だけどジャイアンルールっ て言えるよ!」

と言って夫の質問を退けたのだった。

 藤堂妻が時々披露する謎理論だ。

 藤堂妻はラインメールを検事にも披露する。

 検事の食い付きは半端なかった。

 検事は

 「これって、下手したら、被疑者じゃない?捜査本部で 事情聴取した方がいいんじゃない?」

と捲し立ててきた。

 が藤堂夫は

 「モーマンタイ!」

と最近テレビでやっていた映画の再放送を見て覚えた英語以外の外国語を披露したのだった。

 そして藤堂ら一行は、一旦、間宮方に戻り、中西検事を車両から降ろすと、藤堂夫が妻に言った。

 「今日はもういいだろう。帰ろう。米山補佐に電話し て!」

そして藤堂妻が米山補佐に電話して状況を伝えるが米山補佐は

   電話をかわれ

と言ってきたらしく、藤堂妻は夫に携帯電話を差し出す。

 藤堂夫が電話に出ると

 「ご苦労さん、明日、9時から匝瑳警察署で捜査会議  だ。遅れるなよ!」

等と言ってきた。

 藤堂夫は、若干首を傾げると

 「これって、捜査本部の帳場を立ててやる程の事件じゃ ないんじゃないですか?」

と言いだした。

 米山補佐は、それを聞いてハッハッハッーと笑い出したが

 「まあ、いいじゃないか。今年は事件発生のペースがそ れほどでもないし……一部で、密室殺人事件かとか不可 能犯罪かとか噂になってたけど、安心した。捜査会議は 当然、3班と合同だからな。じゃあな」

と言って電話は切れたのだった。


 事件発生日当日4月30日午後3時に千葉県警察本部において記者会見が行われた。

 一部マスコミには

   密室殺人らしい

とか

   不可能犯罪の可能性がある

等の不穏な噂が流れていたため、記者会見場は騒然としている。

 記者会見場には朝霧と冴島の両名が来ていた。

 警察本部側からは米山補佐と捜査3班の中田補佐が会見席に座っている。

 先ず中田補佐から

   4月30日午前7時30分ころ

   住所  千葉県匝瑳市匝瑳100番地

   職業  農業

   氏名  間宮清子   75歳

が自宅2階寝室内で刺殺され、家族により発見されたことが発表された。

 また

   凶器がサバイバルナイフであること

そして

   5月1日より捜査本部の帳場が立つこと

も発表され、その後、記者側の質問タイムとなった。

 ベテラン記者、朝日の緑川が、まず手を挙げ質問する。

 「何か、一部情報では密室殺人じゃないかって言う話が 出てますが、被疑者の侵入方法、逃走方法等分かれば教 えて下さい。」

といきなり核心をつく質問だ。

 中田補佐は額の汗を拭きつつ

 「目下、捜査中です。」

とだけ答えた。

 その場にいた記者は全員思った。

   便利な言葉だ

と……

 もちろん警察としては「密室殺人です」とか「逃走方向逃走方法等一切不明です」とは言いづらいだろう。

 映画や刑事ドラマじゃあるまいし、警察は何をやってるんだと言われるのが目に見えているからだ。

 そんな中、冴島と朝霧の読日ペアに視線が集まる。

 読日は捜査員にスポットを当てて特集まで組んだ新聞社だ。

 しかもスクープを連発した状況から、「いい子ぶってないで、お前らも警察にかみつけよ」という視線であることは分かった。

 今後も藤堂関連の記事を書きたい読日は、正直、警察とケンカしたくないが、記者連中と仲違いするのもマイナスだ。

 この場で何もしないわけにはいかないと判断した冴島は意を決して挙手する。

 中田補佐は

 「それじゃあ、読日さん」

と冴島を指差した。

 冴島は

 「読日の冴島です。この場に米山補佐がいるということ は捜査1班も、この事件を取り扱うっていうことでいい ですか?」

と質問する。

 米山補佐は

 「そうだよ。1班と3班の合同だ。」

と答えるが冴島は続いて

 「藤堂班長は事件についてなんて言ってますか?」

と尋ねた。

 もちろん、読日以外の記者は、読日で藤堂の特集記事を掲載していることを知っている。少し記者連中の間からどよめきが起こった。

 米山は別にいいだろうと思い

 「あいつは『この事件は捜査本部で体制を作ってやるま でもない』って言ってたよ」

と正直に答える。

 途端、冴島はプワッハッハッハーと吹き出して笑い出し

 「藤堂班長らしいですね!」

と言うと続いて

 「それじゃあ、あとこれだけ聞きます。第一発見者につ いては被害者の身内の家族とだけ資料に書かれています が、氏名等を明らかにしていないと言うことは未成年の お孫さんですね?高校生の方ですかね?」

と質問した。

 正直、他社の記者達は

   読日なら核心に迫った質問をするのでは……

と期待していたが質問はありきたりのもので、拍子抜けした感は否めなかったが、この質問で米山は固まってしまった。

 明らかに顔色が変わったのだ。

 他社の記者は

   なんだ、なんだ、何かあるのか

と小声で話し出した。

 冴島は、自分が捜査一課の捜査員時代に藤堂と一度だけ合同捜査をしたことがある。

 その時の被疑者は、事件の第一発見者で、現場で藤堂が米山に電話して同じセリフ『この事件は捜査本部でやるほどの事件じゃない』を言っていたので第一発見者が気になったのだ。

 第一発見者を疑えと言うのは捜査の常識と言えば常識だが、当時、誰も第一発見者を疑っていなかった。

 そのため、敢えてした質問だったが、米山は固まってしまった。

 当然、米山もその事件に関わっている。

 今日は事件発生の報道発表で、藤堂は、いつも第一回目の捜査会議で被疑者を名指しするから、まだ今回の被疑者について藤堂の名指しは無いはずだが……と訝しがった。

 そう、米山も冴島が刑事時代のことを思い出してしまったのだ。

 藤堂が同じセリフを言ったからと言って今回もそうだとは限らないが、可能性はあると言うか、可能性は高いと言えるのではないかと思ったのだ。

 事件の状況は米山も知っている。

 藤堂が現場から帰った後、現場も見ているし、関係者の事情聴取もした。

 ただ、第一発見者である間宮淳のみ事情聴取できなかったが……

 もし冴島の質問に素直に『被害者の孫の高校生』と答えれば、冴島は更に突っ込んで聞いてくるのではないか、その質問によっては第一発見者の未成年の高校生が、この場にいる他の記者連中に容疑者のように映ってしまうかもしれないと米山は想像した。

 だから固まったのだ。

 しかし、米山補佐が固まっていると、隣にいた中田補佐が

 「冴島、それぐらい察せるだろ、高校生の方だよ」

と答えてしまった。

 が、冴島からの二の矢の質問はなく、冴島は軽く笑っていた。

 米山は中田補佐を

   元自分の部下だと言うのに、甘く見過ぎだ

と思い、睨みつけたが中田補佐は気付かない。

 この後も記者会見は続いたが、米山を戸惑わせるような質問は一切なかった。

 記者会見が終わった後、朝霧は冴島に尋ねた。

 「あの質問なんだったの?明らかに米山補佐の顔色変わ ってたけど」

冴島は

 「多分、米山補佐も私と同じことに気付いたんでしょ  う。藤堂班長が『捜査本部でやるような事件じゃない』 と言うことは、被疑者が第一発見者の可能性が高いの。 つまり本部員が入らないでも普通に捜査して犯人に行き つく事件だからってこと。第一発見者を疑えってのは捜 査の基本だから……だけど今回の事件、第一発見者は未 成年の高校生だから固まってしまったってところでしょ う。まだ1回目の捜査会議はしてないはずだから藤堂班 長の被疑者名指しはされていないと思うけど、米山補佐 はその可能性に気づいてしまったのよ。」

と説明した。

 朝霧は

 「なるほど、そういうことか?でも中田補佐は平気で話 してたよね。」

と言うと

 「あの補佐は鈍いのよ、米山補佐と比べたら明らかに格 下だわ」

と辛辣なコメントをする。

 朝霧は

 「こりゃあ、ひょっとしたら、スクープにつながるかも しれないね!」

と笑顔になったのだった。


 翌日5月1日午前9時から、捜査本部の会議が始まった。

 匝瑳警察署の3階道場にパーテーションで区切られた簡易の捜査本部が設けられた。

 匝瑳警察署から地域課員20名、刑事課員7名、他課4名の31名、匝瑳警察署の隣接署から24名、機動捜査隊から12名、刑事総務課から12名、捜査一課から24名の総勢103名の体制だ。

 捜査一課の24名は、「捜査1班」12名と「捜査3班」12名である。

 また殺人事件の捜査本部ということで担当検事である中西検事が同席している。

 匝瑳警察署長と捜査一課の補佐である捜査1班の米山と捜査3班の中田が挨拶した後、米山から事件の概要についての説明がなされた。

 その後、捜査1班の藤堂から捜査方針と捜査の割り振りについて指示がなされることになったが、先ず検事の中西が挙手して話し出した。

 「千葉地検の中西です。私は今回の事件は合鍵が文字通 り『鍵』だと思っています。間宮方の離れの合鍵を作っ た人物を洗って下さい。侵入経路及び逃走経路が現在ま で不明ですが、それを解く鍵にもなると思っています。 それと今日、匝瑳警察署で動物虐待の常習者の取調があ るとのことです。場合によっては、こちらの本件に関わ ってくると思います。誰か捜査員を向けて下さい。私は まだ若輩者ですが、必死に食らいついていく所存ですの でよろしくお願いします。」

と挨拶した。

 藤堂妻は、

   まだ20代なのにしっかりしてるな

と感心しきりである。

 藤堂夫は検事が話した『合鍵が鍵』という文句に1人喜んでご満悦である。

 相変わらずの小物である。

 続いて米山補佐が、筆頭班長の藤堂に向かい、いつもの様に尋ねた。

 「藤堂、犯人像について何か言うことはあるか?」

と……

 すると藤堂夫は、例によってズバッと言い放った。

 「いやあ、今回の事件はそもそもが捜査本部の帳場を立 てる程の事件じゃないと思っていたくらいの話です。犯 人は間宮淳です。」

藤堂妻は、何となく分かっていたが匝瑳警察署員、捜査3班の面々は呆然としている。

 ここで、事件現場ではなんやかやと話しかけるものの、捜査会議ではいつも沈黙を守っていた永田班長が口を開く。

 永田班長は

 「藤堂班長、今回の事件は俗に言う密室殺人という事  件、不可能犯罪にも思えるんですが……」

 藤堂夫はすぐさま答えた。

 「密室殺人?そんなんあるかあ!!!」

そして

 「不可能犯罪?犯人が間宮淳以外不可能という犯罪   だ!!!」

と言い切った。

 藤堂の言動を理解すると、捜査会議を行なっていた匝瑳警察署3階道場は、どよめきが起こり、騒然となった。

 そして今回も藤堂は、とどめのセリフを言い放った。

 「じっちゃんの名にかけて間違いありません!」

捜査1班の面々からは笑いがこぼれたが捜査3階の面々はいまだに呆然としている。

 中西検事も呆然としている。

 しかし、ゆくゆくは検事総長になるのではと言われるだけあって、中西検事はすぐ気を取り直すと

 「被疑者だという根拠を教えてもらっていいですか?」

と質問する。

 今回も、藤堂夫は高らかにほざきだした。

 「あの間宮淳という男は、高校生の分際で、この俺様の 事情聴取に対して『ジェームス・ボンド』とか『ターミ ネーター』とか『アダムとイブ』とか質問をはぐらかす 回答をしくさったんだ。あの性格の悪さは被疑者に間違 いない。」

と……

 捜査会議は例によってハチの巣をつついたかのように大騒動となった。

 藤堂妻にとっては、ツッコミどころが多過ぎたので、逆に沈黙に徹することにした。

 中西検事はまたしても、驚愕で呆然としてしまっている。

 藤堂妻は、中西検事を見て

   そちゃあ、そうだろうな

とかわいそうになった。

 中西検事はここでもすぐに気を取り直す。

 藤堂妻に向かって

 「藤堂さんの奥さんの方に、根拠の方、聞いてもいいで しょうか?」

と尋ねてきた。

 そう、中西検事は、前任の志村検事から

   藤堂夫婦の取り扱いについて

説明を受けていたのだ。

 藤堂妻は、前回、前々回と同じ展開だったので予想していた。

 藤堂妻は、席を立つと

 「これは、うちのくそジジイと一緒に捜査したことから の私の判断ですが……」

と前置きして

 「やはり被疑者は間宮淳です。他の家人の証言を信用す るなら、間宮淳しか被疑者たり得ません。うちのくそジ ジイの言う通り、あいつ以外は犯行不能だと思います。 よく『第一発見者を疑え』と言いますが、典型的なパタ ーンと言えるでしょう。だから、うちのくそジジイも捜 査本部を立てるほどじゃないと言ったんです。」

と話し出した。

 前回、前々回同様、捜査会議は騒めきだした。

   やっぱり間宮淳か?

   まだ高校生だぜ!しかも匝瑳高校だぜ!

   でも、いったい、どうやったんだ?

などの声が聞こえる。

 そして藤堂妻が

 「先ず、朝7時30分ころの悲鳴ですが、この悲鳴は、 被害者のものではありません。そう考えると全て辻褄が 合います。被害者の部屋には、ラジカセと大きなスピー カーが何個もありました。あれは事前に録音していたも のを音量最大にして再生しただけの話です。そして悲鳴 聞いて駆け付けた体で、離れの屋内に入り、そこで隠し 持っていたサバイバルナイフで殺したということです。 だから悲鳴があった時にはまだ被害者は生きていたので す。というか、寝室で寝ていました。耳栓をして……」

と話したところで、中西検事が尋ねる。

 「じゃあ、1階の荒らされた痕は?」

それには

 「1階の状況は単なるカモフラージュです。前日の夜  に、合鍵で中に入り、1階の状況を作り上げたので   す。」

と答えると、すぐさま中西検事は

 「何のために?」

と聞いてきた。

 藤堂妻は

 「そこが重要です。間宮淳は、自然な形で、つまり一緒 に駆けつけた者が1階の状況に気を取られるという状況 を作りたかったのです。そして自分が自然な形で第一発 見者になりたかったのです。もちろん、被害者に一番に 駆け付けて殺すためです。間宮淳の怖いところはここで す。計算づくでこれをやり切りました。母親はおっとり しているから、離れには来ない。父親は慌て者だから離 れには真っ先に来たが、集中力があるので居間の異変に 気づいてそこで留まってしまった。妹は怖がりだから居 間にある猫の死骸で足止めできたのです。更に言えば、 父親が慌て者であるが故、居間には目もくれず真っ先に 2階の寝室に向かった場合に備え、猫の遺骸は黒色ビニ ール袋の上に置いたのだと思います。テーブルの状況と 着物の散乱だけなら、誤魔化しは効くという計算です。 猫の死骸はビニール袋に入れてサッシ戸の外、つまり庭 に出そうと思っていたと思います。」

と続ける。

 また

 「最初の悲鳴は、間宮淳のバンド仲間の女性の声だと思 われます。間宮淳の提案で悲鳴を出す練習をしたそうで す。それを録音したのでしょう。それと合鍵ですが今年 の1月10日に離れの玄関にある鍵の紛失騒ぎがあっ  て、間宮淳が見つけたという話がありました。おあつら え向きの話です。この時、合鍵を作ったのでしょう。自 宅から数時間で往復できる業者をあたる必要がありま  す。」

更に

 「今回、間宮淳は何故か『密室殺人』にこだわった節が あります。何をどう思ってこだわったのか不明ですが、 『密室殺人』にこだわった故、逆に自分以外が犯人では あり得ないという状況を作ってしまっています。私に言 わせれば匝瑳高校で成績優秀とはいえ、バカとしか言い ようがありません。」

と申し添えた。

 前回、前々回同様、道場は静まり返った。

 皆、藤堂妻の話に聞き入っているのだ。

 それから藤堂妻は夫の方を向いて

 「私は、今言った感じだと思うけど、どこか変なところ はある?」

と尋ねる。

 藤堂は

 「今言った通りだよ。後は大沢和彦の話だな、それによ っては今週中に逮捕できるかもしれない。」

と告げると、再び、道場はどよめいた。

 藤堂妻は

 「うん、分かった。動物虐待を取調べるの私の同期だか ら、いい話したら、そのまま調書巻くよ。」

と答える。

 中西検事は「なるほど」と言って頷き何やら考え込んでいる。

 そして

 「昨日の藤堂さんの事情聴取は作戦だったの?」

と尋ねてきた。

 藤堂夫が

 「はっ?」

と聞き返すと

 「ほら、間宮淳の事情聴取の時、敢えて変な話をして煙 に巻いてたじゃない!ターミネーターとかジェームスバ ンドとか言って!何か動揺を誘ったとか?」

等と言い出した。

 藤堂夫は

 「まあ、そんなところです」

と答えたが、藤堂妻は真実を知っている。

 あれは単なる「たわごと祭り」だ。

 検事に良いように解釈されたから、それに乗っかったか?

 小物はしょせん小物なんだから、見栄張ったってしょうがないのに……

 内心呆れる藤堂妻であった。

 と、ここで藤堂妻は、会議の責任者である米山補佐に

 「3分だけ時間もらえますか?」

と尋ねた。

 米山補佐は

 「いいよ」

と即答したが

   どうしたんだろう

と首を傾げている。

 藤堂妻は、捜査員全員に向き直り告げた。

 「捜査1班班長の藤堂は、私の夫になりますが、今回は 正直、最大のピンチと言えます。夫は家族が家族を殺す という犯罪が苦手です。タブーと言っていいくらい   に……、捜査感覚は誰にも負けないくらいずば抜けてい ます。そう、天職じゃないかと思えるほどに……が、そ れには理由があります。殺人事件捜査は夫にとって自分 や家族が食べていくために必要なものですが、家族殺し の事件には本来関わりあいたくありません。通常、殺人 事件捜査と言うと、動機が重要な要素になりますが、夫 は家族を殺すという動機に関わり合いたくないと思って いる節があります。逆に動機に関わらずとも、被疑者を 突き止められるようにとのことで今まで捜査感覚を磨い てきたと思います。私は夫の能力を高く評価していま  す。今回の家族殺しという事件、皆さんの協力で早く終 わりにしてほしいのです。」

と……

 捜査会議の行われていた道場は一瞬シーンと静まり返ったが、すぐさま、あちこちで

   大丈夫!後は任せろ!

との声が響く。

 米山補佐も驚いている顔つきだ。

 当の本人、藤堂夫は?というと

 「バレつった?バレちゃあ、しょうがねえ!」

と小さい声で呟き、開き直っていた。

 第一回捜査会議当日の捜査進展は目覚ましいものがあった。

 懸案の動物虐待の被疑者大沢和彦は

   事件前日の4月29日、野良猫をボウガンで撃った  ことを認めたばかりか、それを目撃した匝瑳高校の男  子に脅され、猫の遺骸を渡した

旨を供述した。

 次いで、藤堂妻が匝瑳高校から借り受けたアルバム用の写真を提示したところ

   間宮淳の顔写真

を引き当て

   この男に猫の遺骸を渡した

旨申し立てたのだ。

 当然、藤堂妻は供述調書を2通作成した。

   猫の遺骸を渡した状況   1通

   猫の遺骸を渡した相手の面割り調書   1通

である。

 翌日5月2日には被害者間宮清子の遺体解剖が行われ

   体内から睡眠薬が検出

された。

 藤堂夫曰く

 「間宮淳が理由をつけて飲ませたんだろう。眠れないか ら耳栓をする祖母だから容易だっただろう」

とのことだ。

 また5月3日には

   合鍵を作った業者も判明した

が流石に顔までは覚えていないとのことだったが匝瑳高校の制服を着ていたことは覚えており捜査1班の中村班長が供述調書を作成した。

 そして間宮淳の逮捕状を取得するためということを秘して

   間宮淳の彼女にして、バンド仲間である茅島から   も、間宮淳に言われて悲鳴を上げる練習をした

という内容の供述調書にサインさせた。

 ここまで来たところで中西検事が口を出す。

 「ありがとうございます。これで勝負できます。エック スデイは警察さんの都合で結構です。決まったら教えて 下さい。」

と言ってきた。

 しかし米山は、すぐさま

 「5月7日でどうでしょう。」

と即答した。

 中西検事は笑いながら

 「分かりました。そうしましょう。」

とのことで話はまとまった。

 殺人事件の捜査本部事件で被疑者逮捕着手に1週間程度しかかからないのは稀だ。

 もちろん、藤堂夫婦は大喜びだ。

 しかも、舞の通う小学校からも通知が届き授業参観日は5月13日と決まったのだ。

 5月7日午前7時05分より間宮宅の捜索差押が開始された。

 間宮宅の間宮淳の部屋からは

   離れの合鍵

   睡眠薬

   茅島の声が録音されたカセットテープ

等が押収され、本人から

   祖母に、付き合っている彼女と別れるように言わ   れ、また、知らないうちに、彼女本人に「別れるよう  に」と詰め寄ったことが分かり殺そうと思った

との言動も得られた。

 しかし、この動機を聞いた後も、藤堂夫は

   お前の血は何色だ

と呟くのみであった。


 5月13日、授業参観日当日、藤堂夫婦は吾妻小学校1年1組の教場で舞を見守っていた。

 授業は国語の時間で、事前に作ってもらった作文を発表するという内容だ。

 先生が

 「作文、発表する人?」

と挙手を求めると、ほぼ全員が挙手する。

 そこで

 「じゃあ、舞ちゃん、発表して!!」

と告げる。

 藤堂夫婦に緊張が走る。

 作文のお題は『私の家族』だ。

 舞は自分の作文を大きな声で読み上げた。

   わたしのかぞく

   わたしのお母さんと父ちゃんはけいさつかんです。

   わるいひとをつかまえるのがしごとです。

   お母さんは、びじんでりょうりがじょうずで、かっ  こいいです。

   父ちゃんは、かっこいいけどしょうぎがよわいで   す。

   このあいだ、まいにとってさいだいのピンチがおと  ずれました。

   父ちゃんが、わるいひとにけんじゅうでうたれたの  です。

   でも、お母さんが「ハリセン」というぶきでわるい  ひとにをやっつけてくれました。

   お母さんはさいきょうです。

   わたしはかぞくがだいすきです。

   あと、もうすこしでおとうとができます。

   かぞくがふえるのです。

   たのしみです。

 内容を読み上げると藤堂夫は何故か両目に涙を浮かべていた。

 藤堂妻は

   この間まで家族殺しの事件で疲れていたからな!

   今回は見なかったことにしよう。

と思ったのだった。



 




 





 

   






 

 


 






 






 




















 












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