SS.戦犯ちゃんの任務
こちら、X(旧Twitter)の「戦犯ちゃん」を、如何に純粋な人間として描けるかという二次創作になっております。
X版は以下になります。
https://x.com/woodennut27/status/1742567776924106939?s=46&t=Qw0vhHux1fiLShJTf93dvw
「総員、傾注!」
少し開けた森の中。私は整列した小隊員に対して声を張り上げた。統率の取れた我が小隊は「休め」の号令で即座に足を肩幅に開き、手を身体の後ろで組む。
「皆、今日までご苦労だった」
凛々しい顔つきの兵士たちが、誇らしげに、寂しげに私に視線を向ける。その表情のどこかには、ほんの少しだけホッと安心したものも混じっていた。
「我々は職務を全うした」
特殊工作部隊。我々の“俗称”だ。
我々に国籍はない。我々に祖国はない。我々に法はない。────我々に命はない。
我々は祖国のプロパガンダのために設立された部隊。我々は隊員全員が前線で戦死した事になっているゾンビ。それが、我が小隊だ。
「数々の国際犯罪。数々の戦争犯罪。諸君はそれらを乗り越え、祖国のために立派な戦犯に成り下がった」
小隊を見渡せば、皆バラバラの隊服。敵である連合各国の軍服を身に纏い、けれどもその心だけは祖国にある。
「誇り高き戦士たちよ。祖国に捧げる最期の命令だ!」
皆分かっている。祖国のためとは言え、全員が極刑を免れないB・C級戦犯。祖国の誇りにかけて、我々は人知れず工作し、人知れず死ななければならない。
「銃を抜け!」
各人が自らの顳顬にハンドガンを突きつける。それぞれがそれぞれの軍服に合った拳銃。皆、バラバラの銃だが、しかし皆の心は揃っていた。
「祖国のために!」
私は彼らに向け、心からの敬意を込めて敬礼をする。今までの軍籍で最も美しい敬礼だと思った。事実、そうだったのだろう。私は、私の部下たちに大いなる感謝と尊敬を送った。
「「「祖国のために!」」」
突き抜ける銃声。全員が完璧に揃ったタイミングでトリガーを引き、そして同じように倒れていく。
私はそれを、敬礼したまま見送った。後始末は、隊長である私の役目だ。
「……」
風の音。鳥の声。噎せ返るような鉄の匂い。嗚呼、皆誇りに散った。
「……ッ」
視界が歪む。何かが頬を伝う感覚。私は敵国の軍服の袖で涙を拭う。
彼らを弔わねばならない。我々はここに存在してはならないゾンビ。彼らは敵にも祖国にも発見されてはならない。祖国のために、彼らの遺体は隠滅せねばならない。
「皆……ご苦労であった」
私は事前に掘っていた穴へと隊員を一人ひとり埋めていく。全員の名を呼びながら、全員に感謝しながら、全員に別れを告げる。
これが終われば、私も自死しなければならない。ただその程度、近くの渓流に身を投げれば済む事だろう。私は身分も国も名前も無い彼らを、最期まで忘れる事はない。
「……私も逝かねばな」
穴を埋め、落ち葉を撒き、草を散らす。隠蔽工作はこの程度で良いだろう。早々にこの場を離れねば、敵に見つかる可能性がある。たとえ山奥と言えど、リスクは避けるべきだ。
「では、私もそちらに向かう」
森の中、足元の彼らに向けて私は最期の敬礼を済ませる。きっと天国ではないだろう。けれども、この小隊に配属された時点で皆覚悟は済ませている。問題ない。地獄に行くのは皆同じだ。
くるりと身体の向きを変え、走り出す。敵の軍服を纏い、敵の小銃を抱え、只管に森の奥へと。
枝を掻き分ける。木の根を飛び越える。倒木を潜る。暗い森の中、獣たちの気配を避けながら移動する。地形は頭に入っている。目標地点までもう直ぐだろう。
長かった任務の完了も近い。今までの事を思えば、よくもまぁ生き残ったものだ。
プロパガンダのためとは言え、敵も味方も軍人も一般人も何も関係なく殺し、犯し、陵辱してきた。非道と呼ばれる行為を自ら進んで行い、敵の軍服をこれでもかと見せびらかしながら遂行してきた。全ては祖国のために、私は、我々は、気高く任務を熟した。
だからだろうか。私は少し、油断していたのかも知れない。
────カッ!
炸裂する閃光。爆裂と衝撃で感覚器官が悲鳴を上げる。
何も見えない。何も聞こえない。左右も上下も分からず、私は気付けば地面に平伏していた。
「────!」
「……──」
「──、────。──……っ!」
人の声だろうか。鳴り響く耳鳴りの奥で、何かが聞こえる。
腕が掴まれる。何かが身体にのしかかる。重い。痛い。苦しい。怖い。なんだこれは。
「────の──だ──。──え────」
「こ────、────……。ま──か──」
暗い。耳が痛い。私は一体、どうなっているのだろうか。
「恐────の戦ぱ────だ。連────」
「──ッ!!」
「落ち────! ────と同────ぞ!」
無理やり立たされる。十全に回復し切っていない視界が、まだ五月蝿い耳鳴りが、けれども少しずつ収まり、そして状況の把握に脳が取り掛かる。
「このおん────ッ!」
「……────判行き────。それまでは殺────」
「──ぜです──、──! ──は隊長のむ──!」
「黙──ッ!」
嗚呼、そうか。私は……捕まったのだな。
「護送──。命れ──」
「……はい、────」
私は全てを悟った。作戦の失敗と、私の未来を。
────嗚呼、済まない。
────私は直ぐに地獄へは行けないらしい。
────けれども、私も少しだけ足掻いてみるよ……