決闘! ライカ対ギルマ 3
僕の防御スタイルはバリアを張る防御魔法の応用で、体を強固に守るもの。
どこまで何を防げるかなんて試したことないから、正直ギルマの拳を防げるとわかっていたわけじゃない。
たぶん、精神的なものかもしれない。絶対に防いでやるって決めてからは、ギルマの拳が迫ることに恐怖はしなかった。
そして、実際にギルマが拳を痛めるほどに強固な防御スタイルとなった。
すでに痛めている拳をさらに痛め、全力の一撃を防いでこっちには余裕とは言えずとも少しは耐えらえる時間もある。
この時点でギルマは僕がこの防御スタイルを維持できない状態になるまで待つほかなかった。
なのにだ、なのに、ギルマは何度も僕に拳をぶつけた。
拳からは血を吹き出し、鈍い音を立てながら何度も蹴り、頭突きをして血を流し、あらゆることをすべてやっても、決して止めることはなかった。
「な、なんでやめないんだ!」
「こんなはずない! 推薦でやってきてこの前まで情けなかったのに! ちょいと練習しただけで超えられるはずがねぇ! 俺の半年はそんなに甘くねぇ!!!」
僕と、同じだったんだ。
経験と努力でここまで来ていたんだ。
喧嘩を売ってきたのは自身の強さの証明もあっただろうけど、推薦で途中から入ってきた奴に負けたら、今までの努力が無駄になると思えてしまったんだ。
強い自分であれ、自信を絶やすな、恐れるな、負けるな。
自分が自分を認められるボーダーラインを下回るなと、常にストイックに自分を奮い立たせてきたんだ。
なにせ、自分より強いお兄さんが近くにいるんだから、同じ兄弟としてプレッシャーもあっただろう。
フーカのほうを見た。
すると、その表情は悲しむような、憐れむような、何とも言えないもの。
そして、僕と目が合い、小さくうなずいた。
フーカはわかっているんだ。僕が何をしたいかを。
このままずっと防御スタイルを維持することはできない。
拳を受けるほどにそこを強固にしようとするから、魔力の消耗は増える。
だけど、ギルマは諦めない。このままじゃ拳が壊れてしまう。
もう、ギルマに言葉をかけても意味がない。
ギルマの拳が完全に壊れる前に終わらせるには、僕が防御スタイルを維持できなくなるよりも先に、勝利することなんだ。
「俺はァ! 兄貴を超えるんだッ!!」
「……ごめん、僕の勝ちだ」
僕は防御スタイルを解き、拳を突き出す。
先にギルマの拳が僕を捉えたけど、悲しいことにその拳はすでにとても弱弱しいものだった。この前やこの戦いの最初のような衝撃はみじんも感じさせない。もう、骨が折れているのだろう。ただ風の流れに腕が、拳が振り回されているだけなんだ。
これだけずっと攻撃を受けてきた。
それにアクアやフーカ、それにギルマの魔法を見てきた。
見て、受けて、学ぶ。
これが僕の魔法使いとしての形だ。
放った拳はギルマの腹にめりこみ、同時に拳から放たれた風の渦がギルマを壁へと叩きつけた。
かなりの衝撃がギルマを襲ったことだろう。
だけど、ギルマはまだ立っていた。
気絶をしたまま。
「君が率先して攻めてくるタイプでよかった。もし、君が勝ちだけに貪欲だったら、僕はここに立ってなかったと思う」
ただ、なんとも後味がよくない。
ギルマには勝利できる瞬間があったんだ。
防御スタイルの僕に攻撃をせず、魔力切れを待つかカウンターを狙うか。
そうしなかったのはきっと、彼がとてもまっすぐな人だからだ。
――
医務室に運ばれたギルマをアーキュさんが治療した。
拳はボロボロだったがギルマは魔力を利用し骨をぎりぎりでつなぎ止め、ぐちゃぐちゃになるのを防いでいたというのだ。
寝ているギルマの姿を見て、僕は素直な疑問をアーキュさんにぶつけた。
「アーキュさん、魔力って何なんですか?」
「面白いことを聞くね。哲学のお話でもしたいのかい? そういう年頃だろうけど」
「違いますよ。魔力は料理で言うなら食材って例えられますよね。あくまでそれ自体では意味がなく、魔法にしてあげないといけないって」
「それはわかりやすくするための例えさ。魔力はエネルギーだよ。爆発的な勢いで噴射すれば推進力となり、時にはほかの人へ託し魔力を補給し、魔力を攻撃のエネルギーの転じさせ強烈な攻撃を放つ。魔力とは無限の可能性を秘めたこの世界のエネルギーなのさ」
「体系的に魔法を教えられているのに、魔力は無限の可能性がある。だったら、魔法の研究をしている人たちは終わりのない研究をしているっことですか?」
アーキュさんは僕の言葉を聞きひとしきり笑うと答えた。
「少年、ロマンだよ」
「ロマン?」
「論理的でも、いくら合理的でも、どれだけ夢想的でも、いわばロマンを追い求めているんだ。言葉はあくまで他人が理解できるように表現してあげているに過ぎない。本当に無限か、その先を求めてるのはロマン以外の何物でもないよ」
「でも、だって、魔法は体系的に教わっていて、それでも学園でも大人でも各々独自の魔法を生み出す。こんなのやっぱり途方もなさすぎます」
ちょっとした恐怖だ。
今までうまく感じることのできなかった魔力が、とても身近な存在になり、明かりをつけたり、火をともしたり、風を発生させたり、体を強くしたり、物を浮かせたり。
僕の体の中でも生み出されている魔力が、無限の可能性でまだ誰もしっかりと解明できてないなんて、恐怖を覚えても仕方がない。
「すべてを理解できるなんて傲慢だよ。みんな大してわかっちゃいないのに」
「でも理解しようとするのは正常なはず」
「理解しようとすることと理解することは天と地ほどの差がある。理解しようとするのは道を歩むことで、理解することは目的地へ着くこと。私たちは限られた人生の中で、いまできることをするだけだなのさ」
「一個人でできることはたかがしれていると?」
「天才は自身を天才と理解した瞬間、凡人になるのさ。目的を見失うからね。果てがあるのかないのか。そういう時の方が人は力を発揮できる。完璧や完全なんてのはないのさ」
アーキュさんは達観している。
これもまた経験の差なのか。
僕の知らないをもの見ているからなのか。
そんな僕の思考を読んだようにアーキュさんは言った。
「今この瞬間に疑問を解決しようとしちゃあいけないよ。それは無駄なことだ。そんなことよりも君はその素晴らしい観察眼と魔力コントロールでいろんなものを見て真似るといい」
「真似る……ですか。でも、独自の結果を生み出すことは魔法使いにとって有益なはず」
「誰も真似できないことをしても有益にはならないよ。真似て学んで再現して、実はみんなやればできることなんだって教えることは、一人にしかできないすごい魔法よりもよっぽど優秀さ。君にはその力が優れている」
「真似ることが僕の才能?」
「そう捉えてもいいねぇ」
確かに僕はアクアやフーカやギルマを真似た結果、今回の勝利することができた。
もし、真似ずに独自で何かを生み出し勝とうとしたなら、到底一週間でギルマを倒すことはできなかったと思う。
誰かが生み出した魔法、技術を、その人が生み出した苦労を短縮して真似て応用した。
今思えば、姫様を助けた時、理想的な姿や憧れをまねた結果に助けるという選択ができたのかもしれない。
「さて、そんな君にうってつけの立場があるんだが、目指してみる気はないかい?」
「僕にうってつけ?」
「真似て学んで再現して、それを誰かに教えることができるなら、誰もが君に対して憧れと尊敬を持つことだろう」
「もしかしてそれって?」
「ふふっ、君は魔道師を目指しなさい」
魔道師、優秀な魔法使いが魔道者となり、その中でも限られた人しかなれない存在。
「僕になぜ魔道師を勧めるのですか?」
「先見の明というやつだよ。私が感がよくてね。もしかしたら、君をここへ推薦した人間は、君の魔力の異常を理解していたのかもしれないよ」
漠然と誰かの憧れになりたいと思っていた。
決めてはみたけどまるで濃霧の森を歩くような不安な気持ちもあった。
だけど、今の話を聞いて、一気に視界が広がった気がする。
道は険しいが、簡単に進むことはできないが、それでも見えている。
いまはそれで十分だ。