猪突猛進の魔法使いギルマ 2
医務室で目覚めると目の前に見知らぬ女子の顔があった。
「えっと、何をされているのですか」
「君を見ていた。実に興味深いからね」
「あなたは?」
その女子は小さく笑うと近くの椅子に座った。
ウェーブのかかった茶色の髪。制服の上からマントではなく白衣を着ている。ゆったりと話す不思議な雰囲気の生徒だ。
見た目は二年か三年くらいか。
「ギルマがここへ君を連れてきたんだ。どうせ勝負でも売られたんだろう」
「何もできずにやられましたけどね」
「いいや、君は一矢報いたのだよ」
「どういうことですか?」
「彼の肩はまるで爆風を浴びたようにやけどが出来ていた。無論、私の手にかかればすぐに治癒できたけど、残留魔力を調べてみたらこれが面白くてね」
とても楽しそうに笑ったのちに軽く自己紹介をしてくれた。
名前はアーキュ。驚いたことに制服を着ているが生徒ではなく研究者であり医務室の管理をまかされている一人のようだ。普段は研究室に籠っているが今日は寝るためにここにいたらしい。
ちなみに制服を着ているのは趣味だという。
「残存魔力のこともう少し詳しく聞いていいですか」
「その前に、君はいままで魔法や魔力を使ったことは?」
「ほぼないです。使ったら爆発するんですよ。だから両親は僕に魔力を使わないでいいように育ててくれて」
「では、なぜここへ来たんだい? 一応推薦とは聞いているけど、誰に何をして、または何を見せてここに来れた?」
僕が姫様から推薦状をもらった時、そこには姫様からもらったことは誰にも言わないようにと書かれてあった。このことを知っているのは僕と両親。それと姫様本人とその場にいた世話係のおじいさんくらいだろう。
「お金持ちの人を、偶然助けたんです」
「へぇ~。確かに、当たりどころが悪ければモンスターでも殺せそうだねぇ。で、残留魔力の話だったかな。面倒だから一度で理解してよ」
この世界のすべての生命には魔力が存在する。
その中でも人間は自ら魔力の放出量や性質をコントロールし、そこから魔法というものへと発展させた。
料理で言うなら魔力は材料で、魔法は料理に例えられる。
魔力というものは根源的にはみな同じなのだけど、人間は魔力の性質を変化させることができるため、詳しい人が分析すればそれが何の用途に使われたか、どんな魔法を使用したかがざっくりとわかる。
使用した後に使用した対象や場所に残るのが残留魔力だ。
「君の残留魔力はめちゃくちゃだ。爆発を起こそうとしたわけではない。結果的に爆発をしたんだよ」
「結果的に?」
「君は田舎育ちの知恵なしだからわかりやすく教えてあげる。仮に色で例えるなら、炎の魔法は魔力が赤、水の魔法なら魔力は青、雷の魔法なら魔力は黄色。まぁ、実際にそう見えてることも多々あるけどね。でも君の残存魔力はいろんな色が混じってぐちゃぐちゃ。調和してない。調和しないで主張するから、めちゃくちゃな色になる。それが爆発だね」
「それってどうにかできないんですか」
「できなくはない。魔力コアの異常を治せばいい。だけど、したところでどうする? 別にさっさとこんなところやめて魔力を使わない仕事に就けばいい」
今まで両親に大切に育てられて、魔力や魔法を使わなかったけど、憧れがないと言えばウソだ。町の土着神は元々は人で、多くの仲間の力を借りて神となって戦いを勝ち抜いたと言われてる。
そんな伝説を本で見てからはどうにかして魔法が使えないかってずっと考えてきた。
きっと、母さんも父さんも、僕があまり強く魔法に憧れないように、魔力をうまく扱えないことに絶望しないように考えてくれたんだと思う。だけど、姫様の推薦状は無下にはできない。
これはチャンスだ。
やるならここしかない。
「僕は魔法が使いたいです!」
「いいよ」
直後、胸の中心を何かが突き抜けたような強烈な衝撃、声も出ないほど痛みが走る。
呼吸もおかしい。
体が動かない。
汗がひどい。
体温が異常な早さであがっている。
なんとか視界にとらえることができたのは、アーキュさんが僕に馬乗りになり胸を指で突いた姿だ。
「君は今までぬるま湯の人生を送ってきた。そんな君がこれからこの学園の生徒と同じように過ごすなら、彼ら彼女らが行った努力を一身でこの瞬間に味合わなければならないよ」
叫びたいのに叫べない。
息もできない。
痛みは治まるどころかどんどん強くなっていく。
血管の中を炎が踊るようだ。
アーキュさんは触れそうなほどに顔を近づけて言った。
「まだ終わらない。もっと、もっと、もっ~~~と痛くなる。やめるか、続けるか。一瞬だけ声を出せるようにしてあげるから答えてね」
すぐにでも早くこの苦痛から解放されたい。
これなら普通に過ごすほうがましだ。
だけど、ここでやめたらどうなる?
一生後悔するに決まってる。
何より、やられっぱなしは悔しい!!!
「続けてください!!!!」
「いいよ」
さらに強烈な苦痛が僕の全身へと伝わる。
――
午後の授業は受けられなかった。
幸いにも学園の授業は自由選択性。自分に合った授業があったらその教室にいって自由に受けられる。退室も自由。評価基準は学年テストで定められたボーダーラインを超えること。
実技もあるのだから一年目のテストで僕は落とされたことだろう。
だけど、今は違う。
「どうだい、今の気持ちは?」
暗くなった医務室を月明りが照らしていた。
まるで、祝福するように。
「生まれ代わったような不思議な気分です」