猪突猛進の魔法使いギルマ 1
一年男子寮の部屋は意外とこじんまりとしていた。
一人一部屋で大きなベッド、おそらくいい木材を使っている机、洒落た照明。
ただ、僕は暗い部屋の中で明かりをつけずに窓から差し込む月明りで学園からもらった手引書を読んでいた。
いきなりだった。
鍵をかけてない不用心なところは反省すべきだったけど、唐突に扉を開けられた。
「お前が新しい生徒か。ってなんで真っ暗なんだよ!」
僕はぽかーんとその生徒を眺めていた。
逆立った金髪にちょいとガタイのいい一年男子。
言葉遣いが荒い。
「なんだぁ? その表情は。目に前髪がかかってんじゃあねぇか。こんな自信のないやつが推薦だなんてよぉ。この学園もどうかしてんじゃねぇのかあ?」
「僕に言われても困るんだけど」
ギリギリのところで敬語を使わずに済んだ。
正直内心驚いていて心臓の鼓動が早まっているのがわかる。
なだめてさっさと帰ってもらおう。
「俺はギルマ。勝負しな!」
この瞬間、簡単に帰ってくれないことが確定してしまった。
ここでひよってしまったらおそらく下に見られる。かといって勝負できるような力はない。どうすべきか……。
「……僕と勝負しないほうがいいよ」
「はぁ?」
「なんで明かりをつけなかったか。僕はね、ちょいと魔力を使うだけで、この部屋一つ吹き飛ばすことなんて簡単なんだよ」
「へぇ~、おもしろいじゃんか」
面白いとはいいつつもその表情は最初よりも緊張が現れているのがわかる。
本来ならみんなこの学園に入るために勉強したりそれなりの技術を身に着けていることが前提なのに、それらを全部すっ飛ばしてここにいる僕は異質に見えているハズなんだ。
そこからギルマが僕に勝負を仕掛けてきた理由は、推薦で来た奴だろうとぶっ飛ばせる力が自分にあると証明したいから。ならば、その自信を揺らがせる。
うまくいけば引いてくれるかもしれない。
「要は魔力の使い方が下手ってことだろ。そんなんでよくここに入れたな」
「下手だから学ぶ」
「素質がねぇやつが学んでも意味ねぇよ」
「だったら、吹き飛ばそうか。君の部屋ごと。正面の部屋でしょ」
「……」
ギルマという男子生徒は賢くはないようだ。
僕がギルマの部屋がわかったのは向かいの部屋の扉が開いているから。
確信はなかったけど当たっている。
ギルマはなぜわかったという疑念の表情だ。
「ギルマ、やめなよ。新しい子いじめちゃだめなんだから」
男子寮なのにやけに可愛らしい声が聞こえた。
ギルマの後ろから現れたのはクリーム色のふわりと肩甲骨まで伸びた髪が特徴的な生徒だ。身長もやけに低い。男子寮にいるということは男子なのだろうけど、言われなければ女の子にしか見えない。
直後、ギルマの言葉に僕は雷に打たれたような衝撃を受けることになる。
「兄貴、こいつ推薦だぜ。気にならないのかよ」
「あ、兄貴!? え、ちょっ、まって! 兄貴って言った!? その子お兄さんなの?」
すると、兄貴と呼ばれた生徒は僕のほうに歩いてきて、僕の目を見つめながら言った。
「双子の兄だよ。僕がギルマのお兄ちゃんに見えないってことかな?」
それはとても威圧的なものだった。
見た目だけならギルマのほうがよっぽど野蛮なのに、この子の眼光はギルマと比べ物にならないほど鋭い。
「ご、ごめん。あまりにも可愛かったからギルマのお兄さんだなんて思えなくて」
素直にそう答えると意外な反応を示した。
「か、可愛い? ぼ、僕が?」
「ああ、だってギルマがあんなんだから」
「あんなんってなんだよッ!」
「見た目で勝手に決めつけてごめん」
「い、いいよぉ。弟が迷惑かけてごめんね。すぐに部屋に戻すから」
ギルマは納得がいかず僕の方へ近づこうとした瞬間だった。
「戻れ!」
ギルマに手をかざした瞬間、強烈な風でギルマを部屋へと吹き飛ばし扉を閉じた。
「つ、強いんだな……」
「僕は弟のギルマと同じで風の魔法が得意だからね。困ったことがあったらなんでも言って」
「名前は? 僕はライカだ」
「僕はフーカ。よろしくね」
愛らしい笑顔だが男の子なんだよなぁ。
――
翌日、午前中の授業を受けた後のことだ。
食事を終えて次の授業までの時間を潰そうと木陰の下で休んでいた。
そこへギルマがやってきたのだ。
「よぉ、ライカぁ~。俺と勝負しろ!」
「名乗ったっけ?」
「兄貴から聞いたぜ」
「ああ、あの可愛いお兄さんか」
「兄貴を馬鹿にするのか!!」
「馬鹿にしてない。可愛いくていいじゃないか。それとも何。君はお兄さんが可愛いと言われるを嫌っているのかな。それは君こそお兄さんを馬鹿にしてることに繋がるよ」
「……ち、ちげーよ。可愛いこと自体は構わねぇ。それを馬鹿にするように使うやつらもいるんだ。でも、お前はそうじゃないってことはわかったぜ。……ってんなことは置いといて、俺と勝負しろ!」
今は外で逃げられる理由もない。
いよいよ相手しなきゃいけないかもしれない。
「そっちが来ないなら俺から行くぞ!」
「待って、学園の手引書に書いてある。決闘や力比べ、生徒同士の戦いはお互いの同意がなければ成立しないって」
ギルマは振り上げた拳を止めた。
フーカはギルマと比べればまじめな方だと思う。
おそらくあの威圧の眼光を使って止めたこともあるはず。
だから、ルールというものには大きく逆らえない。
フーカがそうしているはずなんだ。
「だったらどうすんだ。推薦でここに来といて力を隠したまま五年間を過ごすのかよ」
逃げれば逃亡者という烙印を押されかねない。
ここはやるしかないのかもしれない。
玉砕覚悟で。
「わかった。やるよ。だけど、ここだとカフェで過ごしている人たちの迷惑になる。少し離れよう」
人気の少ない場所に移動してギルマと向かい合う。
いつかはやらなくちゃいけない。
これは決してポジティブな考えじゃない。
逃亡者よりも敗北者のほうがまだましだと思ったからだ。
損を少しでも減らすため。
「よし、始めるぜ!!」
ギルマの動きは僕が想像しているよりもかなり洗練されているように思えた。
実際の格闘術を見たことがないからあくまで思えるだけ。
たぶん達人からすればまだまだ甘いのだろうけど、今の僕には雲泥の実力の差を思い知るには十分。
気づけば青空が視界いっぱいに広がっていた。
まばらな雲は時間なんて気にしないのだろう。
ゆったりと風に揺られ空を舞っている。
そして、僕も空を舞っている。
直後、鈍い衝撃が背中や首に走り、情けなさで泣きたくなりそうなんだが、そのまま気絶した。