エラインは偉いので
きゃっきゃうふふと頭をお花畑にして仲睦まじく腕を絡ませ合いながら、濁った金髪の青年と、女が楽しそうにお茶会をしている。
周りから目かくしするように作られた一角は、薔薇が咲き誇る庭園であり、今はちょうどその薔薇の見頃の季節だ。
薔薇のつたが幾重にも巻き付くアーチには、ピンクから黄色へと中央から花びらのいろを変化させる美しいバラが咲いている。緑の艶やかな荊棘が、くねり、絡み合う様は妖艶である。
人が入り込まないようにと一段高くなった生垣には、さまざまな色の薔薇が植えられており、一際目立つ大輪の薔薇はわずかに首をもたげて風に揺られている。
イキイキとした植物の匂いに混じる薔薇の芳しい香りが、昼の陽気を格段に素晴らしいものへと進化させている。
薔薇の庭園の中央に位置するこじんまりとした広場に位置する白く丸いテーブルの上にはアフタヌーンティーを色取るさまざまな菓子や、可愛らしいサイズや軽食が並べられている。
「あら殿下。皆さまのおっしゃる通りにこちらにいらっしゃったんですね」
あたたかい陽気の中、細い道をやってきた女は、開口一番そう言った。
「おっふ、こんな辺鄙なところでどうしたんだ? エライン」
あきらかに動揺を隠せない様子を見せた男は、隣にいた女の絡みついていた腕をさ、とどかせる。
女はそんな男の仕草が気に入らないと、あからさまに機嫌を損ね、二人の逢瀬に割り込んできた女を睨みつけた。
「いえ、皆様が殿下が女人とお茶会をしていちゃついてる、と言うので、まさかそんなことはないだろうと確認しにきたのですよ」
近くに咲いた白い薔薇に目を留め、うすらと微笑みを浮かべた女は美しかった。しかし、その完璧な美しさはただならぬ恐怖を植え付けるものでもある。
「みんな、とは、誰かな?」
ここにいることは準備をしてくれた従者しかいない。しかしその従者はそれこそつきっきりで男に侍っており、1秒たりとも離れたことはない。
つまり、アリバイがある。
他の誰にも気づかれていないはずだ。
「? みんなはみんなですよ。万物全てです」
女はさも当たり前のように言うと、ふらふらと薔薇の間を彷徨って飛び回る蝶々を見つめる。蝶は挨拶するように女の前を何度か輪を描いて飛ぶと、また花を探して去っていく。
「万物全て……」
その途方もなさに、男はぼんやりと言葉を繰り返す。
「で、殿下はその女人と……浮気してるのですか?」
ここで否定すれば、浮気相手の女は無礼打ちされ、二度と陽の目を見られない。
しかしここで肯定すれば、殿下ともども無礼打ちされ、二度と陽の目をみられない。
女の辿る結果は変わらない。
ならば、自分だけでも助かりたいと願ってしまうのが生き物としての性ではないだろうか?
ちらり、と男は隣に並んで座る女に視線を寄せた。
幼い顔立ちの女である、讃えるならリス。くりくりとした目が印象的で、撫でくりまわしたいような気持ちを抱かせる。
一度は好意を寄せた女ではあるが、自身の命と比べれば女の命は吹き飛ぶように軽い。
この国の王の息子であるがゆえに殿下などと呼ばれているが次期王ではない。
この国の王になるのは一番の強者である。
今この国で一番強いのはエラインである。
というより、エラインは生まれてこの方一番強い。
魔力量とか筋肉量とかそんなものはすべて超越している。
彼女のことを聖女などと呼ぶものもいたが、そんななまぬるい存在ですらない。
神の再来。始祖のはじまりの女神の生まれ変わり。
成人するまでは王の座につきたくないというエラインの言葉のおかげで父はまだ王のままだが、それもあと一年の話だ。
金色の髪をふわふわと揺らし、ウェーブのかかった髪は毛先にいくにつれて、茶色に変化している。
透明感のある肌は、化粧を施してもなお透き通るように真白で人間味が薄い。
緑色の瞳は丸く、長く伸びたまつ毛もあいまって不気味にも見える。整いすぎた黄金比出てきたその顔は、美しいが故か恐怖感を煽る。
人間と同じ造作でありながら色彩は極彩色で形成され、その唇は驚くほど赤かった。
「ちち、ちがうこれは! 浮気などでは! 断じて!」
「? ではその女はなんですか?」
「あ、ぁ……この女は……」
「エライン様! 私殿下を愛しているのです! 浮気などではありません! これは真実の愛!」
いきなり立ち上がり大声を出してエラインにくってかかった女は勇猛果敢ではあったが、同時に世界でいちばんの阿呆であり、怖いもの知らずでもあり、とどのつまり愚者でしかなかった。
「あら、うるさい」
エラインが眉を顰めると、目の前で大きな声を出していて女は、一瞬でかき消えてしまった。
死ぬわけでもない。ただの消滅。
もともと存在していなかつたかのような、物理法則を無視したその行いに、男の目は点になり、顔色は花嫁衣装よりもさらに純白になった。
「うるさい虫でしたね」
その言葉で、女を消し去ったのがエラインであることが確定した。
「あ、ああ……そうだな……」
もはや頷くしか術がない。
神話の世界の女神同様に、エラインは盲目的であり、一途で、獰猛だった。恋をすれば一直線。
エラインがみそめたのがたまたま殿下という肩書きを持った自信だっただけでその相手は誰でもよかったのだ。
彼女が赤といえば、白い薔薇も赤く塗るしかない。
血の気の失せた青白い顔でわははとやけっぱちに笑い目の前の紅茶をぐびぐびと飲み干し、もう一つあったカップの手付かずの紅茶もごくごくと飲み干した。
マナーもなにも残っていない殿下の仕草に、エラインは瞳孔を細めて、うふふと鈴を転がすような呪いじみた美しい声で声を立てて笑う。
つまりのところ、殿下などという肩書きは本来ならばとうに無くしてしまっていいものであったが、この人外の女を人間側に保っておくための、方便である。
姿形は美しく完璧な淑女のそれをしたエラインは、軽く小首を傾げると、殿下は2人分もお菓子屋お茶を飲むのですね。そんなに細いのに……この菓子も2人分はありますものね、人は見かけによらないですね。
などと言いながら、隣に並べられていた椅子に腰掛けた。
目下人類すべてによってスケープゴートにされているといっても過言ではない殿下とよばれる男は隣に座った女の体温のなさにびくりと身体を揺する。
大好きなはずの豊満な胸も、細くくびれた腰も畏怖を抱かせるものになってしまっている。
「婚約が嫌だったら言ってくださいね。すぐに婚約破棄いたします。まぁ、そのあと人間すべて焼き尽くしますのであまり意味はないかもしれないですが……」
人間全ての範疇に自身のことも入っているであろうあたりが一番に恐ろしい。
殿下と呼ばれる男は、身体中に冷や汗をかきながらどうにかして顔の筋肉を動かした。
「そんなことあるわけないだろう? こんなにも素敵な人と婚約、いや結婚出来るなんてぼかぁ幸せものだよ」
いまや自分の言葉には人類すべての生命が乗っかっている。
以前は王族として民のことを慮っていただけあり、一応の責任感はもっていた。
女神の愛はいつも苛烈だ。
愛されたものはそれを受け入れるか、愛を拒んで殺されるかの二択しかない。
まだ死にたくない一心で、男は精一杯笑顔を作る。
男にはいつか女神が自分に飽きて他の人間を愛でてくれることを祈るしか出来ない。
描写の練習をしようとしていた




